サスペンス

はいくる

「ブードゥー・チャイルド」 歌野晶午

生まれ変わり、輪廻転生、リインカーネーション。生き物が死後に再び肉体を得てこの世に戻ってくるという考え方は、世界中に存在します。この思想を信じるか否かでは意見が分かれるのでしょうが、私自身はかなり信じている方。実際、偶然や勘違いでは片づけられない事例もたくさんあるようです。

想像の余地が多いにあるテーマだからか、生まれ変わりをテーマにした創作物はたくさんあります。私のお気に入りは恩田陸さんの『ライオンハート』と北村薫さんの『リセット』。生まれ変わって大切な人と巡り合う奇跡に胸が熱くなりました。この二作品は、生まれ変わりの切なさや喜びを描いているので、今回は少し趣の異なる作品を取り上げたいと思います。歌野晶午さん『ブードゥー・チャイルド』です。

 

こんな人におすすめ

・生まれ変わりに興味がある人

・どんでん返しのある本格ミステリが好きな人

続きを読む

はいくる

「予言の島」 澤村伊智

<予言>という単語を聞いて多くの人が思い浮かべるのは、かの有名な<ノストラダムスの大予言>でしょう。<一九九九年七か月、空から恐怖の大王が来るだろう>という一文が<一九九九年に人類は滅びる>と解釈され、一時期、テレビや雑誌もその話題で持ちきりでした。かくいう私も、ハラハラドキドキしながら特集雑誌を買い求めた一人です。

こんな風に何かと世間の注目を集める<予言>ですが、これをテーマにした小説となると、あまりお目にかかったことがありません。関係者の中に預言者を名乗る人間がいるケースはありますが、大抵は詐欺まがいの手を使う小悪党というのがお約束。<未来を見通す>という能力の性質上、あまり大々的に取り上げると何でもありのハチャメチャ小説になってしまうからでしょうか。ですが、この小説に出てくる<予言>は一味違いました。澤村伊智さん『予言の島』です。

 

こんな人におすすめ

クローズド・サークルを扱ったホラーサスペンスが読みたい人

続きを読む

はいくる

「緋色の囁き」 綾辻行人

ミステリーにおけるトリックの一つに、<叙述トリック>というものがあります。一部の情報をわざと曖昧に記述し、読者に思い込みや先入観を抱かせてミスリードを誘うトリックのことです。男性かと思われた人物が実は女性だったり、同じ時代を生きる登場人物たちの物語と見せかけて、実は片方は数十年前の人物だったりと、色々な仕掛け方がありますね。

このテーマを得意とする作家さんといえば、折原一さん、歌野晶午さん、乾くるみさんなどが有名です。そしてもう一人、忘れちゃいけないのが大御所中の大御所が綾辻行人さん。社会派ミステリーが人気を集めていた時代に<新本格>という新たなジャンルを生み出した偉大な方です。綾辻さんといえば『館シリーズ』が有名ですので、今回はちょっと趣向を変えて『緋色の囁き』を取り上げたいと思います。

 

こんな人におすすめ

・叙述トリックが仕掛けられたミステリーが読みたい人

・少女の残酷さを描いた作品が好きな人

続きを読む

はいくる

「魔女たちのたそがれ」 赤川次郎

<魔女>と聞くと、どういう存在を連想するでしょうか。恐らく、黒い服を着てホウキにまたがった女性を思い浮かべる人が多いと思います。実はこれは日本的な発想であり、発生の地であるヨーロッパではもっと多種多様な意味を持つ存在であるとのこと。男性だっているし、年齢も年寄りから少年少女まで様々です。数多くの学説があるようですが、まとめると<人知を超えた力で災いを為す存在>ということでしょう。

ここ最近はJ・K・ローリングの『ハリー・ポッターシリーズ』をはじめ、勇敢な若者が魔法を使って悪を倒す物語が主流な気がします。もちろん、それはそれで面白いのですが、語源を考えると、妖しく不気味な存在の方が正統派<魔女>のはず。というわけで、今回はこの小説を取り上げたいと思います。赤川次郎さん『魔女たちのたそがれ』です。

 

こんな人におすすめ

閉鎖的な村を舞台にしたホラーサスペンスが読みたい人

続きを読む

はいくる

「こうして誰もいなくなった」 有栖川有栖

一口でミステリーと言ってもそこには様々なジャンルがあり、人それぞれ好みが分かれます。刑事が地道な捜査で真相を暴くモダンなものが好きな人がいれば、時刻表トリックが駆使されたトラベルミステリーが好みだという人、殺人鬼が暴れ回るホラー寄りの作品に目がないという人もいるでしょう。私はといえば基本的にどんなジャンルも好きなのですが、一番心惹かれるのは吹雪の山荘や絶海の孤島を舞台にしたクローズド・サークル作品です。

この手のジャンルで最も有名なのは、アガサ・クリスティの『そして誰もいなくなった』ではないでしょうか。陸地から遠く離れた孤島、どことなく不気味な童謡、その歌詞通りに殺されていく招待客たち・・・この設定を見ただけでワクワクしてきます。超有名小説なので影響を受けた作品もたくさんあるのですが、今回はその中の一つを取り上げたいと思います。有栖川有栖さん『こうして誰もいなくなった』です。

 

こんな人におすすめ

ホラー、ミステリー、ファンタジーなど、バラエティ豊かな短編集が読みたい人

続きを読む

はいくる

「鬼の跫音」 道尾秀介

<鬼>という言葉を聞くと、頭に角を生やし、口から牙がむき出しになった猛々しい姿を想像する人が多いと思います。意外かもしれませんが<鬼>の語源は<隠(おぬ)>が転じたものであり、本来は<姿が見えないもの>という意味なんだとか。能楽で鬼が<人が孤独や憎悪などから怨霊と化したもの>として描かれるのは、案外、この辺りに理由があるのかもしれません。

現代を生きる身としては、角を生やして棍棒を振り回す鬼よりも、何らかの理由で鬼になってしまった人間の方が恐ろしいです。この短編集の中には、鬼になった、あるいはならざるをえなかった人間がたくさん登場します。道尾秀介さん『鬼の跫音』です。

 

こんな人におすすめ

人間の怖さをテーマにしたホラーミステリが読みたい人

続きを読む

はいくる

「泥棒猫ヒナコの事件簿 あなたの恋人、強奪します」 永嶋恵美

映画・ドラマ・漫画・小説などの創作物をよく見たり読んだりする人なら、どこかで一度はこの文句を見聞きしたことがあると思います。「この泥棒猫!」文字通り、物を盗んでいく猫のことですが、実際は<人の夫や恋人を奪う女性>に対して使われることが多いですね。

字面からして分かるように決していい意味ではなく、好印象を持つ人はまずいないでしょう。私自身、小説で泥棒猫タイプの女性キャラを見るとイライラムカムカする方なんですが、この作品を読んで考えが少し変わりました。こんな泥棒猫なら友達になりたいな。永嶋恵美さん『泥棒猫ヒナコの事件簿 あなたの恋人、強奪します』です。

 

こんな人におすすめ

ライトな雰囲気のサスペンス小説が読みたい人

続きを読む

はいくる

「ダブル」 永井するみ

悲しいかな、この世には嫌なもの、受け入れられないものが溢れています。かくいう私自身、けっこう好き嫌いが多い方でして、嫌だと感じるものは色々あります。例を挙げると、虫、肉の脂身(霜降りとか本当に無理!)、ぶつぶつした穴の集合体などでしょうか。

しかし、いくら嫌だからといって、この世から排除できるとは思っていません。これが<誘拐殺人><放火>などのように明確な<悪>ならともかく、私個人の感覚で虫や脂身をすべて消し去るなど不可能ということくらい弁えています。そこを弁えず、不愉快なものを次々排除する人間がいたとしたら・・・・・一体どんなことになるか、想像しただけで恐ろしいですね。そんな恐ろしさを描いた小説がこちら、永井するみさん『ダブル』です。

 

こんな人におすすめ

女性目線でのサイコサスペンスが読みたい人

続きを読む

はいくる

「黒いシャッフル」 松村比呂美

あいつさえいなければ・・・誰しも一度や二度、そんな思いを抱いたことがあると思います。とはいえ、実際に憎い相手を<消す=殺す>決断をする人間は少数派。理由は色々あると思いますが、その一つは「殺してやりたいが殺人犯として逮捕されるのは嫌」というものでしょう。そこでフィクション界の登場人物たち(もしかしたら現実の人間も)は、自分が逮捕されずに済むよう、様々なトリックを駆使するわけです。そのトリックの一つに<交換殺人>があります。

殺意を持った複数の人物が、互いの標的を交換して殺害する交換殺人。実行者自身は標的に殺意を持っていないため動機の線から辿られることはなく、殺意を持っている人物が犯行時に強固なアリバイを作っておけば、警察も逮捕することはできません。ミステリーとしては面白いテーマですが、扱っている作品は意外と少ない気がします。ダイイングメッセージや見立て殺人などと比べると視覚的なインパクトに欠ける上、<裏切られるリスクを抱えてまで、なぜ交換殺人を行うのか>という疑問をクリアするのが難しいからでしょうか。最近読んだ交換殺人ものの小説と言えば、松村比呂美さん『黒いシャッフル』。上記の疑問を上手くさばいていたと思います。

 

こんな人におすすめ

女性目線のイヤミスが読みたい人

続きを読む

はいくる

「汝の名」 明野照葉

<演技>という言葉には、二つの意味があります。一つは、見物人の前で芝居や曲芸などを行ってみせること。もう一つは、本心を隠して見せかけの態度を取ること。前者の場合、行うシチュエーションは限られてきますが、後者はいたって日常的な行為です。

<見せかけの態度を取ってばかりの人間>と言うと、なんだか信用できないような気がしますが、本音と建て前があるのが世の常。物事を円滑に勧めるため演技することは、必ずしも悪とは言えません。しかし、あまりに演技が過ぎると、予想外の落とし穴が待ち受けているかも・・・・・この作品を読んで、そんな恐怖感を感じました。明野照葉さん『汝の名』です。

 

こんな人におすすめ

女同士の愛憎を描いたドロドロサスペンスが読みたい人

続きを読む