サスペンス、ホラー、ハードボイルドなどの創作物の場合、<なぜそういう状況になったのか>という設定作りが重要です。登場人物たちは日常とはかけ離れた世界に身を投じるわけですから、あまりにぶっ飛んだシチュエーションだと、読者が感情移入できません。例えばパニックアクション作品で<大災害>という設定を持ってくると、「確かに、こういう非常事態が起こったら、人間はこういう行動を取るかもな」と想像しやすいわけです。
こうした設定の王道パターンとして<復讐>があります。自分自身や大事な相手が傷つけられ、その復讐のため過酷な世界に身を投じる主人公。こういう状況は読者の同情を集め、主人公が道に外れた行いをしても「あれだけのことをされたんだから、気持ちは分かる」と共感されます。『巌窟王』や『嵐が丘』が今なお世界的名作として読み継がれているのは、そんな理由があるからかもしれません。最近読んだ小説も、一人の女性の悲しい復讐劇でした。秋吉理香子さんの『灼熱』です。
こんな人におすすめ
愛憎絡んだサスペンス小説が読みたい人

雑誌やインターネットの悩み相談コーナーを見ていると、しばしば<マウンティング>という言葉を目にします。本来は馬乗りになって相手を押さえ込む状態を指しますが、昨今は<自分の方が周囲より幸福>とランク付けし、それを主張するという意味で使われることが多いです。ファッション業界を舞台にしたドラマ『ファーストクラス』に登場したことがきっかけで広まり、流行語大賞にもノミネートされましたね。
昔、私は2ちゃんねる(現5ちゃんねる)が好きで、手持無沙汰な時間にちょこちょこ覗いていました。以前と比べると頻度が落ちましたが、唯一、<後味の悪い話>というスレッドのみ、今も定期的に進行をチェックしています。タイトルが示す通り、自分の知っている後味の悪い話を投稿するスレッドで、実体験・小説・映画・アニメなどジャンルは不問。イヤミス好きな私の心をくすぐる投稿も多く、ここでこれから読む本を見つけることもありました。
昨今は近所付き合いが希薄な世の中だと言われています。私自身、生まれてから今まで何度か引っ越しを経験しましたが、隣近所と親しく付き合った経験は皆無。せいぜい顔を知っている程度だったり、最初から最後まで隣人と一度も顔を合わせないままだったことさえあります。
ふと、お気に入りの作家さんたちを思い浮かべてみて、あることに気付きました。「私が好きな作家さんって、小説家と脚本家を兼業していることが多いな」と。たとえばドラマ『放送禁止シリーズ』『富豪刑事』の脚本家であり、『東京二十三区女』『出版禁止』の作者でもある長江俊和さん。あるいは、『相棒シリーズ』で脚本を担当し、『幻夏』を書いた太田愛さん。もともと脚本家は小説家と兼ねることが多い職業ですが、映像作品を担当したことのある作家さんは、視覚的に映える描写力を持っている気がします。
ミステリーでおなじみのシチュエーションを挙げよと言われたら、一体どんな答えが出て来るでしょうか。私なら、<恐ろしい伝説が伝わる屋敷><とても日本とは思えないような洋館><迷路のように広い古城>辺りを思い浮かべます。俗に<館もの>と呼ばれるミステリーによく登場するシチュエーションですね。
桃太郎、かぐや姫、シンデレラ、眠れる森の美女・・・・・世界各国には様々な童話が存在します。一見、非現実的なフィクションと思われがちですが、童話には現実世界でも通用する教訓が込められているもの。だからこそ、何百年、何千年にも渡って各地で伝わり続けてきたのでしょう。
「嫁姑の仲よきはもっけの不思議」などという言葉もあるように、嫁と姑というのは多かれ少なかれ揉めるものと思われがちです。赤の他人の同性同士が身内になるという状況のせいでしょうか。もちろん、嫁姑関係が円満にいっている家庭もたくさんあるんでしょうが、小説やドラマの中には、確執を抱えた嫁と姑が大勢登場します。
子どもという存在は無邪気なもの、裏表なく素直なもの・・・そんなイメージを抱いている人は多いでしょうし、実際にそういう面もあります。しかし、油断は禁物です。無邪気さや素直さは、残酷さや遠慮のなさに繋がるもの。「なんでそんなことをしてしまったの」と大人を唖然とさせる子どもは、現実にも存在します。
芥川龍之介賞、直木三十五賞、吉川英治文学賞、山本周五郎賞・・・・・文壇には様々な文学賞があります。インターネットなどを経て人気を集める作家さんや作品も増えてきましたが、それでもやはりこうした文学賞には価値があるもの。権威ある賞の受賞をきっかけにデビューした作家さんは大勢います。