ヒューマン

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「あいにくあんたのためじゃない」 柚木麻子

図書館に入庫された新刊の予約は、一種の戦争だと思っています。人気のある作家さんの最新刊や、映像化された話題作などは、図書館HPに新刊情報が載ると同時に予約が殺到。あっという間に何百人もの待機リストができることも珍しくありません。私はこの手の予約戦争に遅れがちなので、パソコン画面前で何度も「あーあ」とため息をつきました。

しかし、<予約人数が多い=なかなか順番が回ってこない>かというと、必ずしもそういうわけではありません。たくさん予約が入るような人気作は、図書館側も在庫を多めに仕入れる可能性が高いです。その上、たまたま読破・返却が早い人達が続けば、意外にさっさと順番が回ってくることもあり得ます。この本も、たくさんの予約者がいたにも関わらず、びっくりするほど早く手元に届き、嬉しい驚きでした。柚木麻子さん『あいにくあんたのためじゃない』です。

 

こんな人におすすめ

スカッと痛快なヒューマンストーリーが読みたい人

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「オルゴォル」 朱川湊人

子どもが家から離れ、旅をする。ジュブナイル作品の王道とも言えるシチュエーションです。旅先での出来事を経て子どもが成長していく様子は、文章で読んでも映像で見てもワクワクするものですよね。このジャンルには、スティーブン・キングの『スタンド・バイ・ミー』をはじめ、名作がたくさんあります。

ただ、現代社会で子どもだけの旅を決行するとなると、それなりの理由付けが必要となります。恩田陸さんの『上と外』では主人公兄妹が外国のクーデターに巻き込まれますし、宮部みゆきさん『ブレイブ・ストーリー』の主人公は異世界に行ってしまいました。こういう特殊な設定の物語もとても面白いのですが、今回はもっと現実寄りの作品を取り上げようと思います。朱川湊人さん『オルゴォル』です。

 

こんな人におすすめ

子ども目線の旅物語に興味がある人

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「泥棒猫ヒナコの事件簿 別れの夜には猫がいる」 永嶋恵美

現代には、エンターテインメントが溢れています。漫画に小説、ドラマ、映画、ゲームetc。漫画一つ取っても、紙媒体もあれば電子書籍もありと、その数はまさに無数。この分だと、三年後、五年後には、きっとまた新しい娯楽が誕生していることでしょう。

これだけ数が多いと、当然ながら、詳しい分野と疎い分野が出てきます。私の場合、このところドラマに触れる機会がめっきり減りました。お気に入りの小説や漫画について調べた時、「え、これって映像化していたんだ!しかもとっくに放映終了してる!」と驚くこともしばしば・・・この作品も、知らない間にドラマ化されていたと最近知りました。永嶋恵美さん『泥棒猫ヒナコの事件簿 別れの夜には猫がいる』です。

 

こんな人におすすめ

・後味の良いサスペンス短編集が読みたい人

・『泥棒猫ヒナコの事件簿シリーズ』のファン

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「つきのふね」 森絵都

私が子どもの頃、オカルト界隈では<ノストラダムスの大予言>が有名でした。最近は名前が出る機会もめっきり減ったので一応解説しておくと、これはフランスの医師兼占星術師であるノストラダムスが書き残した予言のこと。実物は相当な量の詩集なのですが、日本ではその中の第十巻七十二番『一九九九年七の月、空から恐怖の大王が来るだろう』という一文がやたらと広まり、「一九九九年の七月の世界へ滅亡するんだ!」という騒ぎになったのです。実際のところ、ノストラダムス自身は世界滅亡に関する記述は何一つ残しておらず、そもそも詩の和訳が間違っているという指摘すらあるものの、ホラー好きとしては印象深いブームでした。

一時期はテレビで大真面目に特番が組まれるほど人気を集めただけあって、ノストラダムスやその予言が登場するフィクション作品も多いです。ものすごく記憶に残っているのは、さくらももこさんの漫画『ちびまる子ちゃん』の中の一話「まる子ノストラダムスの予言を気にする」。主人公達がノストラダムスの予言を信じ、怯え、「どうせ世界滅亡するのなら勉強なんてしなくていいや」と遊び惚けるようになるが・・・というエピソードで、予言を知った登場人物達のうろたえっぷりや、その後の現実的なオチのつけ方の描写がお見事でした。では、小説では何が印象に残っているかというと、『ちびまる子ちゃん』とは一八〇度違う作風ですが、これを挙げます。森絵都さん『つきのふね』です。

 

こんなひとにおすすめ

思春期の少年少女の戦いを描いた青春物語に興味がある人

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「三十年後の俺」 藤崎翔

万事においておっちょこちょいな私が、読む本を選ぶ上で気を付けているポイント。それが<改題>です。単行本から文庫化されたり、新装版が出版されたりする時、題名が変わるのはままあること。前の題名を連想させるような改題ならいいのですが、あまりにかけ離れた題名に変わっていると、「好きな作家さんの新刊だ!やった!」→「・・・と思ったら、前に読んだやつだった」というガッカリを味わうこともあり得ます。櫛木理宇さんの『少女葬』が、すでに読破済みだった『FEED』の改題だと知った時は悲しかったなぁ・・・

とはいえ、事前に内容をチェックしてさえいれば、改題は悪いことではありません。改題後の方がしっくりくるということだってあるでしょう。個人的には、真梨幸子さんの『更年期少女』は、改題後の『みんな邪魔』の方が好みだったりします。それからこの作品も、改題後の題名の方が好きなんですよ。藤崎翔さん『三十年後の俺』です。

 

こんな人におすすめ

ブラックユーモアたっぷりの短編集が読みたい人

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「墓じまいラプソディ」 垣谷美雨

<墓>という場所は、石器時代から存在していたそうです。当時はただ遺体を埋めた後に土を盛り上げておいただけのようですが、徐々に形式ができ、宗派による違いも生まれ、現在の形に至りました。故人の魂を労わると同時に、遺された人達の慰めとなる場所は、大昔から必要だったということですね。

しかし、このご時世、墓という存在がトラブルの種となることも珍しくありません。墓の維持管理には肉体的・精神的・経済的エネルギーが必要ですし、遺族が遠方在住の場合、墓参りするために一日仕事になってしまうこともあり得ます。そこで次第に<墓じまい>という方法が注目されてくるわけですが、これも簡単にはいかないようで・・・今回ご紹介するのは、垣谷美雨さん『墓じまいラプソディ』。墓じまいの悲喜こもごもがユーモアたっぷりに描かれていました。

 

こんな人におすすめ

お墓問題に関するユーモア・ヒューマンストーリーが読みたい人

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「被取締役新入社員」 安藤祐介

小説を読んでいると、しばしば「この話は映像化向きだな」と思うことがあります。動きが派手で、キャラクターの個性が強く、叙述トリック等、文章ならではの技法が使われていない小説がこう言われることが多いですね(一部例外あり)。「これは画面で見てみたい!」と思った小説が実写化された時の喜びは大きいです。

そして、小説の中には、最初から実写化ありきで執筆・刊行されたものもあります。その中の一つが、講談社とTBSが主催する<ドラマ原作大賞>。読んで字の如く、受賞作はTBSによりドラマ化されることが決まっています。今回取り上げるのは、ドラマ原作大賞第一回受賞作品、安藤祐介さん『被取締役新入社員』です。

 

こんな人におすすめ

前向きなお仕事成長小説が読みたい人

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「ぼんぼん彩句」 宮部みゆき

俳句というのは、とても奥の深い芸術です。たった十七文字という、詩の世界の中でも異例の短さで、風景や作者の心情を表現する。文字数が少ない分、一見簡単だと思えるかもしれませんが、十七文字という縛りの中で世界観を作り上げるのは至難の業です。日本での認知度の高さは言うに及ばず、近年では海外にまで俳句文化が進出し、英語で俳句を詠むこともあるのだとか。日本の伝統文化が世界に広まるのは、日本人として嬉しいことですね。

それほど有名な俳句ですが、俳句が大きく取り上げられた小説となると、私は今まであまり知りませんでした。松尾芭蕉や小林一茶といった有名な俳人が主人公の小説ならいくつかあるものの、それらは俳句そのものがテーマというわけではありません。なので、先日、この作品を読んだ時はとても新鮮で面白かったです。宮部みゆきさん『ぼんぼん彩句』です。

 

こんな人におすすめ

俳句をテーマにしたバラエティ豊かな短編集に興味がある人

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「最後の祈り」 薬丸岳

死刑のことを<極刑>と表現することがあります。意味は、それ以上重い罰がない究極の刑罰ということ。己の罪を命を以て償う死刑は、確かに<極刑>という言葉がふさわしいと思います。

ですが、よく考えてみれば、死が万人にとって究極の刑罰とは限りません。「もう死刑でいいや」と投げやりになる犯罪者もいるでしょうし、極端な例だと「生きていても面白くないことばかりだけど、自殺は面倒。死刑囚は三食付きで労役もないし、ぜひ死刑になりたい」と考える不心得者もいるようです。こうした考えの人間を望み通り死刑にしたって、それは果たして究極の刑罰と言えるのでしょうか。生を望み、死を恐れる者に対してこそ、死刑は<極刑>たりえるのだと思います。今回取り上げるのは、薬丸岳さん『最後の祈り』。死刑というものの意味について考えさせられました。

 

こんな人におすすめ

教誨師が登場する小説に興味がある人

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「幽霊絵師火狂 筆のみが知る」 近藤史恵

残念ながら私は画才に恵まれませんでした。子どもの頃から、図画工作や美術は苦手な教科の筆頭格。教室の後ろに自分の絵を飾られることが本気で憂鬱だったものです。

そんな私ですが、絵を見る方は結構好きです。正確には、絵そのものを見るというより、絵に関する背景やエピソードを知ることが好きなんですよ。ゴヤの<カルロス四世の家族>にはひっそりとゴヤ本人も描き込まれているとか、ダ・ヴィンチの<最後の晩餐>の向かって右側三人は「誰が裏切り者なんだ?」ではなく「今、キリスト先生が何て仰ったか聞き取れなかった!」と騒いでいるとか、夢中になって調べました。こうしたエピソードは、単に面白いだけでなく、画家の宗教観や死生観、当時の社会情勢などを知る手掛かりにもなるんですよね。今回ご紹介する作品にも、絵に込められた様々な思いや秘密が登場します。近藤史恵さん『幽霊絵師火狂 筆のみが知る』です。

 

こんな人におすすめ

・絵にまつわる不思議なミステリーが読みたい人

・市井の人々が出てくる時代小説が好きな人

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