世界のホラー文化において、日本の<妖怪>というのは、かなりユニークな存在です。海外の<化け物>の場合、その正体は、恨みを持ってモンスター化した元・人間か、悪魔という展開がしばしば。一方、<妖怪>の場合、その正体は自然現象や物、動物、人間そのものではなく感情ということが多いです。森羅万象、すべてに魂が宿ると考える日本らしい存在だなと、しみじみ感じ入ってしまいます。
文化性の違いもあってか、妖怪が登場する作品を挙げるとなると、大半は日本のものになります。あまりに有名すぎる水木しげるさんの『ゲゲゲの鬼太郎』はもちろんのこと、京極夏彦さんの『豆腐小僧シリーズ』や畠中恵さんの『しゃばけシリーズ』。二〇二五年度後期の朝ドラ『ばけばけ』を連想する方も多いでしょう。ユーモア、切なさ、懐かしさ、所々でじっとりした怖さを感じさせるのが、妖怪作品の特色です。そんな中、どちらかといえば怖さに振り切れてはいるものの、この方の妖怪作品も大好きなんですよ。今回ご紹介するのは、三津田信三さんの『妖怪怪談』です。
こんな人におすすめ
妖怪が登場するホラー小説に興味がある人
いつの間にか現れる<存在しないはずの一人>の謎、老夫婦のもとに預けられた少年が垣間見たもの、老人が若き日に見た<白いもの>の正体、ひと夏の冒険中に少年たちが味わう恐怖、神隠しの怪異譚に秘められた戦慄の真実・・・逃れられない恐怖の数々を描く妖怪ホラー小説短編集
三津田信三さんと言えば、日本特有のじめじめ陰鬱ホラーやミステリーの第一人者。「怪奇現象かと思いきや、その正体は人間で・・・」というパターンも多いのですが、本作は物理一切無視の一〇〇%ホラーです。座敷童や河童等々、日本古来の妖怪が各話のテーマなのですが、これらの話にしばしば漂うユーモラスさやほのぼの感は皆無。収録されているのは、怪異に目を付けられた人間が、訳も分からず怖い目に遭う体験談(という設定)ばかりです。そうそう、和製ホラーはこうでなくっちゃ!
「第一話 なぜかいるもの」・・・語り手の男性曰く、彼は「正体不明の相手が、いつの間にかその場に紛れ込んでいる」という現象に何度か出くわしてきたらしい。紛れ込んだ相手が何者で、どこから来てどこへ行ったかは今なお不明だ。そんなある日、男性は小学校の同窓会に参加するのだが・・・・・
テーマは座敷童。「棲みついた家は栄える」「子ども達の中にいつの間にか紛れ込み、一緒に遊んでいる」等々、妖怪の中でも親しみやすい存在として描写されがちです。ですが、この話に出てくる<ナニカ>はやたら不気味であり、こんなものに何度も遭遇する語り手はひたすら哀れ。おまけに、この語り手、なんと自分が<いつの間にかその場に紛れ込んだナニカ>になるという経験をするのですが・・・これだけだと何を言っているのかよく分からないかと思うので、ぜひ本編を読み、主人公の不安と恐怖を味わってほしいです。
「第二話 獺淵の記憶」・・・その夏、少年は一人で家族のもとを離れ、今まで一度も会ったことがない祖父母の家で暮らすことになった。なぜこんな生活を送ることになったか理由が分からない上、極端に無口で厳格な祖父とはいつまで経っても馴染めない。だが、ひょんなことから知り合った男の子と一緒に遊ぶようになって・・・・・
テーマは河童。状況からして、主人公が知り合った少年が河童なのかな?と推測できるのですが、その後の展開はショッキングすぎました。幼くしてこんなものを見てしまった主人公の、今後の精神状態が心配・・・ここの衝撃度でつい忘れそうですが、<祖父母宅の表札に、まったく知らない名前が書いてある>→<一人で駅に到着した時、呼びかけてきた老人を祖父と思い込んでいたが、誰かから祖父母と紹介されたわけではない>→<この老夫婦、一体誰?>という流れ、よく考えると超怖いです。
「第三話 白女」・・・老人が語る、かつて体験した怪異譚。数十年前、伐採の出稼ぎに来た彼は、一人の年寄りと親しくなった。ある夜、小屋で年寄りと食事を共にすることになるのだが、不気味な出来事の後、年寄りは忽然と姿を消してしまう。まさか、山の怪異に引き込まれてしまったのか。若き日の老人は震え上がるものの、恐怖はそれで終わりではなく・・・
テーマは雪女。日本の怪談中、トップクラスの美形として出てくることが多い妖怪ですが、三津田ワールドにそんな美麗な怪異は登場しません。作中、<よく分からない白いもの>として描かれる怪異は薄気味悪いことこの上なし。おまけにこの怪異、語り手の老人にロックオンしたと思しき描写が続き、想像すると泣きそうでした。終盤の展開は、『まんが日本昔話』トラウマ回と名高い「十六人谷」を彷彿とさせます。
「第四話 蓑着て笠着て来るものは」・・・家族の事情により、語り手の少年は、海辺の町に住む親戚に預けられた。新天地での暮らしには今一つ馴染めないものの、幸い、同じく都会から預けられた男子中学生と親しくなる。この町には、盆の最初の夜、海から来たナニカが町中を練り歩くため、住民は決して外を見てはならないという決まりがあった。そんなの迷信に決まっている。二人は肝試し気分でナニカの正体を見てやろうと計画し・・・・・
テーマは鬼。第二話もそうですが、三津田信三さんは「子どもが訳あって親元を離れ、なじみのない土地で一人過ごす」というシチュエーションがお好きみたいですね。もちろん、話ごとに切り口は違うので、新鮮な恐怖を味わえます。この話の場合、ポイントは海にまつわる怪異だということ。幼少期の怪奇現象からは逃れられても、日本のあちこちに海は存在し、近づくたびに語り手を恐怖に陥れます。海にあんなものが浮いているのを見た日には・・・私なら貧血起こして倒れるかもしれません。
「第五話 最終話 やがて神隠し」・・・・・全国から収集された、神隠しにまつわる奇談の数々。一見無関係に思えたそれらに、やがて繋がりが見えてくる。果たしてこれは一体何を意味するのか。著者は一つの考察を打ち立てて・・・・・
テーマは神隠し。神隠しに関する怪談が複数語られます。ふむふむ、と読み進めるうち、なんとなく既視感を感じてくると思いますが・・・あー、そういうことね(汗)各話との繋げ方が上手く、ゾッとさせられました。本作の収録作品は、物語序盤にテーマとなる妖怪に関する蘊蓄や考察が語られます。どのエピソードも興味深いのですが、私はこの神隠しにまつわる話が一番面白かったです。
三津田信三さんのホラーを取り上げる時は毎回言っているのでいい加減しつこいと思われそうですが、本作は徹頭徹尾、ホラーです。相手は理屈の通じない怪異であり、因果関係も不明のまま。謎解き要素を期待していると肩透かしを食らうと思うので、くれぐれもご注意ください。
伝聞形式の怪談って超怖い度★★★★★
最終話の仕掛けがお見事!度★★★★★






