コメディ

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「芥川症」 久坂部羊

創作の世界には<パスティーシュ>という用語があります。これは一言で言うと、作風の模倣のことです。似たような用語に<オマージュ>があり、実際、日本では厳密な区別はない様子。ただ、色々なパスティーシュ作品、オマージュ作品を見る限り、前者は先行する作品の要素がはっきり表れているのに対し、後者は作家が先行作品を自分なりに読み取った上で作品化するので、「え、〇〇(作品名)のオマージュなの?」とびっくりさせられることが多い気がします。

パスティーシュとして真っ先に挙がるのは、清水義範さんの作品でしょう。作家歴四十年以上ということもあって著作は多いのですが、私的イチオシは英語教科書(!)のパスティーシュ作品『永遠のジャック&ベティ』。学生時代の英語教科書を読み、登場人物達の会話に対し「なんでこんな不自然な喋り方をするんだろう?」と思ったことがある方なら、間違いなく爆笑すると思います。それからこれも、粒揃いの傑作パスティーシュ短編集でした。久坂部羊さん『芥川症』です。

 

こんな人におすすめ

古典作品のユーモア・パスティーシュ小説が読みたい人

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「5分で読める! ひと駅ストーリー 冬の記憶 東口編」 このミステリーがすごい!編集部

暦の上では秋になり、店先に並ぶファッションアイテムも秋を意識したものが増えました。とはいえ、気候はまだまだ夏そのもの。半袖シャツも、帽子も、キンキンに冷えた飲み物も、当分手放せそうにありません。

私はけっこう夏好きな人間ですが、これほど暑いとやはりひんやりした冬が恋しくなります。季節としての冬が遠いなら、せめて小説で冬気分を味わうのも一つの手ではないでしょうか。そんな時はこれ。「このミステリーがすごい!」編集部による『5分で読める! ひと駅ストーリー 冬の記憶 東口編』です。

 

こんな人におすすめ

冬をテーマにしたバラエティ豊かなアンソロジーが読みたい人

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「お葬式」 瀬川ことび

クリエイティブな世界には、複数の名義で作品を発表されている方がしばしば存在します。理由は人それぞれでしょうが、一番は、名前に付きまとうイメージや先入観を払拭するためではないでしょうか。〇〇先生は恋愛漫画とか、△△先生はロックミュージックとか、色々イメージがありますからね。

もちろん、それは小説界においても同じ。乙一さんは<中田永一><山白朝子>、藤本ひとみさんは<王領寺静>等々、複数の名義で活動されている作家さんは多いです。この作家さんも別名義で活動中だということを最近になって知りました。瀬川ことびさん『お葬式』です。

 

こんな人におすすめ

ユーモラスなホラー短編集を読みたい人

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「あなたの本」 誉田哲也

昔、私は2ちゃんねる(現5ちゃんねる)が好きで、手持無沙汰な時間にちょこちょこ覗いていました。以前と比べると頻度が落ちましたが、唯一、<後味の悪い話>というスレッドのみ、今も定期的に進行をチェックしています。タイトルが示す通り、自分の知っている後味の悪い話を投稿するスレッドで、実体験・小説・映画・アニメなどジャンルは不問。イヤミス好きな私の心をくすぐる投稿も多く、ここでこれから読む本を見つけることもありました。

このスレッドを見ていてつくづく思うのは、「後味の悪い話を簡潔かつ面白くまとめるのって難しいな」ということです。もちろん、どんな話だって難しいんでしょうが、後味の悪い話の場合、内容が重苦しい分、だらだら文章を書き連ねると<読みにくい><中身が暗い>のダブルパンチでウンザリ度合も上がるというか・・・真梨幸子さんや櫛木理宇さんのようなどんより暗い長編イヤミス作品も大好きですが、コンパクトで切れ味鋭い短編イヤミスを見つけた時は嬉しさもひとしおです。今回は、そんな短くも後味悪い小説を集めた短編集を取り上げたいと思います。誉田哲也さん『あなたの本』です。

 

こんな人におすすめ

『世にも奇妙な物語』のような短編小説が読みたい人

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「10分間ミステリー」 『このミステリーがすごい!』大賞編集部 編

芥川龍之介賞、直木三十五賞、吉川英治文学賞、山本周五郎賞・・・・・文壇には様々な文学賞があります。インターネットなどを経て人気を集める作家さんや作品も増えてきましたが、それでもやはりこうした文学賞には価値があるもの。権威ある賞の受賞をきっかけにデビューした作家さんは大勢います。

そんな文学賞の中で、私が一番注目しているのは『このミステリーがすごい!』大賞です。二〇〇二年に創設された新しい賞ですが、海堂尊さんの『チーム・バチスタの栄光』や柚月裕子さんの『臨床心理』、中山七里さんの『さよならドビュッシー』など、受賞を機にスターダムの仲間入りをした人気作家さんも多いです。今回は、そんな『このミステリーがすごい!』大賞受賞作家さんがずらりと並んだアンソロジーをご紹介します。『10分間ミステリー』です。

 

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ショートショートが詰まった短編集が読みたい人

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「指名手配作家」 藤崎翔

芸能人が小説を書くケースは多いです。その際、「芸能人に小説が書けるのか」という批判が巻き起こるのはお約束。特に、その芸能人が華やかな経歴の持ち主だった場合、批判が激しくなる傾向にあるようです。

ですが、芸能人に小説が書けないと決めつけるのは偏見というものでしょう。文学史上の例を挙げると、『クリスマス・キャロル』などで有名な世界的文豪チャールズ・ディケンズは、役者としての顔も持っていました。現代日本にだって、優れた小説を書く芸能人、あるいは元芸能人は大勢います。その中で私のお気に入りは藤崎翔さん。最近読んだ『指名手配作家』も、スピード感に溢れていて面白かったです。

 

こんな人におすすめ

コメディタッチの逃亡劇が読みたい人

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「マジカルグランマ」 柚木麻子

創作作品を見ていると、「このキャラってステレオタイプだよね」と思うことがあります。たとえば<日本人>なら<努力家で慎み深く、自己主張が苦手>とか、<田舎者>なら<流行に疎く方言丸出しで喋り、お節介だが人情味がある>とか。現実には怠け者ではっきり物を言う日本人も、お洒落でクールな田舎者も大勢いるに決まっていますが、なんとなくこういうイメージが付いてしまっています。こういう固定観念やレッテルのことを<ステレオタイプ>と言います。

映画や小説などを創る上で、このレッテルは役立つこともあります。分かりやすいキャラクターがいた方が物語が盛り上がるという側面も確かにあるでしょう。ただし、一つのイメージがあまりに浸透することで、そのイメージ通りに動かない人達が嫌な思いをさせられるというマイナス面もあります。はっきり自己主張しただけで「日本人なのに我が強い」などと言われたら、誰だって不愉快な気持ちになりますよね。この作品を読んで、物事にレッテルを貼ることの意味を考えさせられました。柚木麻子さん『マジカルグランマ』です。

 

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シニア世代の奮闘記が読みたい人

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「うちの子が結婚しないので」 垣谷美雨

今や<婚活>という用語はすっかり一般的なものになりました。漢字にするとたった二文字ですが、そのやり方は様々です。インターネットの婚活サイトに登録したり、結婚相談所を介したり、大規模なパーティーに参加したり・・・最近は寺での座禅や農作業など、ユニークなイベントを利用した婚活も多いようですね。そんな婚活の中に<親婚活>というものがあります。

読んで字の如く、まず親同士が子どもの代理で見合いをし、結婚相手を探す<親婚活>。「いい大人の結婚に親がしゃしゃり出てくるなんて・・・」と思う人も多いでしょうが、結婚と生育環境が密接に結びついていることは事実です。相手の人となりを見極め、気持ちいい身内付き合いをしていくため、親の目を借りるというのは効果的な手段なのかもしれません。今回取り上げるのは垣谷美雨さん『うちの子が結婚しないので』。親の目から見た婚活の悲喜こもごもが楽しめました。

 

こんな人におすすめ

<親婚活>というものに興味のある人

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「中島ハルコはまだ懲りてない!」 林真理子

悩みを抱えた時の一番スタンダードな解決方法は、「誰かに相談する」だと思います。ネットで調べる・占いに頼る・趣味に没頭して気を紛らわせる、などの方法もありますが、これだと正確性に欠けたり、根本的な問題解決にならなかったりしますよね。信頼できる誰かと向き合い、悩みを打ち明ければ、たとえ解決策が見つからなくても気持ちが軽くなるものです。

となると次なる問題は「相談相手として誰を選ぶか」ということです。両親や配偶者など、確実に頼れる身内がいる人はいいでしょう。ですが、そういった身内を持たない人もいますし、場合によってはその身内が悩みの種だったりするケースもあります。恋人や友達にしたって、性格や能力その他諸々によっては、「好きだけど、的確な助言をくれる相手ではない」ということだってあり得ます。でも、この人が知人ならば、悩み相談する相手を迷わずに済むんじゃないでしょうか。林真理子さん『中島ハルコはまだ懲りてない!』に登場する中島ハルコです。

 

こんな人におすすめ

コミカルで痛快な人間模様が読みたい人

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「中島ハルコの恋愛相談室」 林真理子

読む本を選ぶ上で、あまり関係ないように見えて実はすごく重要な要素、それは「表紙」です。表紙によって物語の質が変わることはありませんが、魅力的な表紙の本は人の目を引き寄せるもの。「表紙につられて手に取ってみたら、予想以上に面白かった!」ということだってあるでしょう。

かくいう私自身、表紙に惹かれて本を選んだ経験は数えきれないほどあります。中でも、恩田陸さんの『麦の海に沈む果実』、近藤史恵さんの『タルト・タタンの夢』、村山由佳さんの『野生の風 WILD WIND』の表紙は、その作家さんにはまるきっかけとなったこともあり、今もはっきりと覚えています。そう言えば、この作品の表紙もけっこうインパクトありますね。林真理子さん『中島ハルコの恋愛相談室』です。

 

こんな人におすすめ

すっきり爽快なエンタメ小説が読みたい人

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