はいくる

「あなたの本」 誉田哲也

昔、私は2ちゃんねる(現5ちゃんねる)が好きで、手持無沙汰な時間にちょこちょこ覗いていました。以前と比べると頻度が落ちましたが、唯一、<後味の悪い話>というスレッドのみ、今も定期的に進行をチェックしています。タイトルが示す通り、自分の知っている後味の悪い話を投稿するスレッドで、実体験・小説・映画・アニメなどジャンルは不問。イヤミス好きな私の心をくすぐる投稿も多く、ここでこれから読む本を見つけることもありました。

このスレッドを見ていてつくづく思うのは、「後味の悪い話を簡潔かつ面白くまとめるのって難しいな」ということです。もちろん、どんな話だって難しいんでしょうが、後味の悪い話の場合、内容が重苦しい分、だらだら文章を書き連ねると<読みにくい><中身が暗い>のダブルパンチでウンザリ度合も上がるというか・・・真梨幸子さんや櫛木理宇さんのようなどんより暗い長編イヤミス作品も大好きですが、コンパクトで切れ味鋭い短編イヤミスを見つけた時は嬉しさもひとしおです。今回は、そんな短くも後味悪い小説を集めた短編集を取り上げたいと思います。誉田哲也さん『あなたの本』です。

 

こんな人におすすめ

『世にも奇妙な物語』のような短編小説が読みたい人

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とある家の女たちに脈々と受け継がれる哀しい血、原始人たちが見た世界の秘密、天使を名乗る女性に恋した少年の運命、父の書斎で見つけた謎多き本、少年が胸に抱いた初恋の行方、各地を放浪して生きる男がたどり着いた終焉の場所、地球で働く異星人の笑いあり涙ありの奮闘記・・・・・この結末をあなたは見破れるだろうか。驚きと裏切りが詰まった短編小説集

 

誉田哲也さんの名前を聞くと、映像化もされた『姫川玲子シリーズ』や『ジウシリーズ』などを思い浮かべる人が多いのではないでしょうか。それらに比べると知名度はやや劣るかもしれませんが、私はこの歯切れの良さが大好きです。後味の悪い話が多いものの、合間にコミカルだったりハートフルだったりする話が挟まれているのも嬉しいですね。

 

「帰省」・・・憧れだった東京で、惨憺たる暮らしを送る幹子。DV癖のある彼氏に付きまとわれ、風俗で働かされた挙句、諍いの末に彼氏を階段から突き落としてしまう。心身共に限界に達した幹子は田舎に逃げ帰ることにするのだが・・・・・

幹子の東京での暮らしや彼氏の態度があまりに酷くて気が滅入るのですが・・・そんなのを吹き飛ばすくらい、お祖母ちゃんが凄すぎる(笑)このお祖母ちゃんの行動が思い切り良すぎて痛快な感じがするものの、実は重大な問題を残したままなんですよね。明らかに負の連鎖が続いていきそうだし、この一家の未来を想像すると不安しかないです。

 

「贖罪の地」・・・森で暮らす二人の男と一人の女、一人の少年。狩りをしながら生きる四人を見つめる視線があった。やがて彼らの間に子どもが生まれた時、事態は大きく動き出す。実は彼らはある役目を負わされていて・・・・・

誉田さんにしては珍しく、ややSF風味なエピソードです。原始人視点で話が進むため不明瞭な部分が多く、レビューサイトなどでも賛否が分かれているようですね。とはいえ、得体の知れない不気味さはしっかり伝わってきました。はっきりしない部分が多い分、少ない手がかりから真実をあれこれ考察する楽しみがありますよ。

 

「天使のレシート」・・・コンビニの女店員に恋する主人公。ある時、ふとしたきっかけで彼女とゆっくり話す機会を得た主人公は、舞い上がるあまり自分の将来の夢を打ち明ける。だが、話を聞いた彼女は急に顔色を変え・・・

まさに王道を行く後味の悪い話!善意の行動が裏目に出る展開といい、迎えた結末の救いのなさといい、間違いなくイヤミス好きのツボにはまるでしょう。序盤の雰囲気が瑞々しく甘酸っぱい分、読後感の悪さが際立ちます。<天使>という清らかな存在をこんなに皮肉なものにしてしまうとは、誉田さん、さすがです。

 

「あなたの本」・・・幼い主人公は、父の書斎で<あなたの本>と書かれた本を見つける。そこには、主人公誕生から今日までの日々が書かれていた。その後、折に触れて本を読みながら成長していく主人公だが、今より未来のページは決して読まないようにしていて・・・

後味の悪さ一位が「天使のレシート」なら、ラストの裏切られた感一位はこのエピソードではないでしょうか。この手の未来が分かるツールが出てきた場合、多くの登場人物がそのツールを使ってズルしようとしますが、この主人公はとても誠実で真面目。超自然的な力を使って未来を知るなんてできないと、決して現在より先のページを読もうとはしません。そんな真面目さが何一つ報われないラストがショッキングでした。

 

「見守ることしかできなくて」・・・小学生の時、スケート場で偶然出会った少女に恋した主人公。その後、少女と同じ中学に通うことになり、彼女が有名なスケート選手だと知る。一緒にスケートをしようと約束する二人だが、運悪く主人公の家が火事になってしまい・・・

収録作品の中で一番後味のいい話です。途中から文章がなんだか変だなと思ったら、まさかそういうことだったとは・・・すごく切ないものの、少年の恋心があまりに一途で胸が温かくなりました。少女の滑りを見守る描写にもすごく熱が入っているので、スケートファンならぐっとくるものがあるのではないでしょうか。

 

「最後の街」・・・世界各地を放浪して暮らす元ミュージシャンの主人公。そんな日々の中、この世の果てがあるという噂を聞いた主人公は、そこを目指すことにする。果てに着く前にある最後の街で出会った商店主は、主人公を止めようとするのだが・・・

これまた好き嫌いが分かれそうなエピソードですね。ただ、この不条理さが堪らなく好きだと主張する読者も多いと思います。一体この世の果てとは何なのか、そこに行きついた者がどうなったのか、最後までよく分からない展開がなんとも不気味。この世の果ての描写の気色悪さがインパクト大でした。

 

「交番勤務の宇宙人」・・・地球の駐在員に選出され、意気揚々と赴任してきた主人公。<諸星>という名前と警察官の身分を与えられた主人公だが、地球での日々は予想外の出来事の連続だった。右往左往する主人公は、なんと偽札事件と関わることになり・・・

いやー、面白かった!宇宙人目線で見た日本人の国民性が面白いことこの上なしです。ていうか、これってたぶんウルトラマンのパロディですよね?宇宙人が目立たず地道に働くという流れから考えると、缶コーヒーの長寿CMシリーズの方が近いかな。『ジウシリーズ』の登場人物がちらっと出てくるところも嬉しいです。

 

読みながら誰かの作風を彷彿とさせると思っていましたが、解説を読んで納得。誉田さん、最初に好きになった作家が星新一さんだそうです。なるほど、このバラエティ豊かさや、意外な結末に持っていく構成は確かに星新一。分量もちょうどいいし、初めて読む誉田作品にはぴったりだと思います。

 

サスペンス、ヒューマンストーリー、SF、ホラーとなんでもあり度★★★★★

ラスト数行の衝撃が凄い!度★★★★☆

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コメント

  1. しんくん より:

    コンパクトで切れ味鋭いイヤミス短編集とは興味を惹かれます。
    ストロベリーナイトのような凄惨なミステリーもあれば、ヒューマンドラマもある誉田哲也さんのいろいろな作風が楽しめそうです。
    「交番勤務の宇宙人」まさにウルトラマンを思い出します。

    1. ライオンまる より:

      引き出しの多い誉田さんの筆力がこれでもかこれでもかと発揮されていました。
      このバラエティ豊かさは、短編集でしか味わえませんよね。
      後味の悪い話が多い分、ラストの宇宙人エピソードで明るく笑えて気分転換できます。

  2. しんくん より:

    まさに後味の悪い話にSF~世にも奇妙な物語のようでした。
    「天使のレシート」「あなたの本」はまさにそれでした。
    「交番勤務の宇宙人」はBOSSのCMのイメージのようでまさにウルトラマンそのままのパロディーでした。
     後味悪くても読後感が良いのが不思議です。

    1. ライオンまる より:

      宇宙人のエピソードは、ドンピシャであのCMを連想させますよね(^^)
      あれをラストに持って来たことで、作品全体の読後感がぐんと良くなったと思います。
      「贖罪の地」の訳分かんない感じもけっこう好きです。

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