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「誰かの家」 三津田信三

創作の世界には、<メタフィクション>という手法があります。これは、フィクション作品を「これは現実ではなく、作り物ですからね」とあえて表現・強調するやり方のこと。例えば、作中に作者自身が登場したり、キャラクターに自分がフィクション世界の生き物であると自覚しているような言動を取らせたり、ページや画面のこちら側に向けて「君はどう思う?」と語りかけさせたりすることなどが、メタフィクションに当たります。フィクション世界に現実の人間が入り込んだり、キャラクターがこちらに語りかけたりするなど、常識から考えてあり得ません。そんなありえない状況をわざわざ作ることで読者・視聴者を「おっ!」と思わせ、物語を盛り上げるのが、メタフィクションの狙いです。

あらゆる創作物でよく見られる手法ですが、小説に限定して例を挙げると、登場人物達が自分を小説内のキャラクターであると自覚している東野圭吾さんの『天下一大五郎シリーズ』、作者本人が主人公を務める澤村伊智さんの『恐怖小説 キリカ』、物語自体が作中作だった綾辻行人さんの『迷路館の殺人』等々、名作がたくさんあります。どれも面白い作品でしたが、個人的にメタフィクション作品の第一人者といえば、真っ先に思いつくのは三津田信三さんです。今回は、その著作の中から『誰かの家』を取り上げたいと思います。

 

こんな人におすすめ

実話風ホラー短編集が読みたい人

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「船上にて」 若竹七海

読破した小説の量が多くなってくると、「一場面だけ覚えているんだけど、タイトルと作者名が思い出せない」「あの台詞が出てくるのって、どの作品だっけ」などということが起こり得ます。私の場合、こんなことは日常茶飯事。一番読書量が多かった十代の頃、タイトルをしっかりチェックしないことがしばしばだったせいでしょう。

こういう時、該当の作品を探すには、インターネットが役立ちます。台詞や主人公の名前を憶えていれば、Googleなり何なりで検索することでヒットするケースが多いです。先日、この作品も同様のやり方で見つけ出せました。若竹七海さん『船上にて』です。

 

こんな人におすすめ

皮肉が効いたイヤミス短編集が読みたい人

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「逃亡犯とゆびきり」 櫛木理宇

ミステリーやサスペンスにおいて、謎解き役というのはとても重要なポジションです。シャーロック・ホームズ然り明智小五郎然り、難事件をピシッと解決する探偵は格好いいもの。数多の作品で主役を張るのも納得です。

その一方、<謎解き役>ではなく<謎解きのヒントを与えるアドバイザー役>の方が存在感を放つ作品も一定数存在します。『羊たちの沈黙』のレクター博士と言えば、想像しやすいでしょうか。こういう作品の場合、意外と大事なのは、アドバイザー役がなぜ謎解き役にわざわざヒントを与えるのかという理由付け。ここが曖昧だと、ただのご都合主義に思えてしまうんですよね。その点、今回取り上げる作品はしっくりきました。櫛木理宇さん『逃亡犯とゆびきり』です。

 

こんな人におすすめ

悲惨な事件が出てくるサスペンス連作短編集に興味がある人

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「ばんば憑き」 宮部みゆき

一昔前、悪さをする悪霊や妖怪のことを<物の怪>と呼びました。この<物>とは<人間>の対義語で、超自然的な存在すべてを指すのだとか。ホラーになじみがなくても、ジブリ映画『もののけ姫』で名前を聞いたことがあるという方も多いのではないでしょうか。

今は<悪霊><怨霊><妖魔>などといった呼び方が広まったせいか、<物の怪>という言葉が出てくるのは、圧倒的に時代小説が多い気がします。最近の、怪異がスマホやパソコンを介して襲い掛かってくる作品も良いけれど、日本情緒たっぷりの時代ホラーも面白いものですよ。今回取り上げるのは、宮部みゆきさん『ばんば憑き』。鬱々とした和風怪談を堪能できました。

 

こんな人におすすめ

日本情緒溢れる怪談短編集に興味がある人

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「逆転ミワ子」 藤崎翔

物語の中に登場する作品のことを<作中作>といいます。例えば、登場人物達が創る小説や映画、読んでいる本、演じる劇などがこれに当たります。基本的にはオリジナル作品を指し、現実に存在する作品は<作中作>とは呼ばないようですね。

作中作が登場する物語で有名なものとしては、『千夜一夜物語』が挙げられます。残酷な王をなだめるため、シェヘラザード姫が毎夜面白い物語を語って聞かせるというのが大まかなあらすじで、『アラジンと魔法のランプ』『アリババと四十人の盗賊』『シンドバッドの冒険』等はすべてこの中に登場する作中作です。この作中作が面白いかどうかによって、本編の評価は大きく変わります。その点、今回ご紹介する作品は文句なしでした。藤崎翔さん『逆転ミワ子』です。

 

こんな人におすすめ

・本自体にトリックが仕掛けられた小説に興味がある人

・作中作が出てくる小説が好きな人

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「ミステリアス・クリスマス 7つの怖い夜ばなし」 ジリアン・クロス他著

先日、生まれて初めて七面鳥を食べました。味は結構淡泊だったけれど、脂身が少ないのでガッツリ食べても胃もたれしませんし、グレービーソースとの相性も良くてなかなか美味!「七面鳥はあまり日本人の口に合わないかも・・・」という噂を聞いていましたが、予想していたよりずっと気に入りました。

七面鳥は日本での生産量が少なく、鶏と比べると手に入りにくいこともあり、日本国内を舞台とした小説に登場する機会は少ないです。ではどこに出てくるかというと、私的登場率NO.1はイギリスが舞台、それもクリスマスシーズンを扱った作品だと思います。この作品もそうでした。イギリスのホラーアンソロジー『ミステリアス・クリスマス 7つの怖い夜ばなし』です。

 

こんな人におすすめ

海外のホラー短編集に興味がある人

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「口に関するアンケート」 背筋

「昔は普通にあったけど、近頃は見なくなったなぁ」と思うものって色々あります。読書界隈で例を挙げると、代本板と、本の背表紙裏に貼ってあった貸出カード。特に前者は、学生時代に散々利用したので、消えてしまった少し寂しい気もします。

この話題で私がもう一つ思い浮かべるもの、それは<ミニ文庫>です。文字通り小さな文庫本で、サイズはせいぜい胸ポケットに入る程度。短編が一~二話収録されている程度のボリュームですが、とにかく持ち運びしやすいので、移動中の読書に重宝しました。神坂一さんの『スレイヤーズシリーズ』や、高橋克彦さんの『幻少女』といった印象に残る作品もたくさんあったなぁ。最近、久しぶりにミニサイズの文庫を読む機会があり、なんだか懐かしかったです。今回取り上げるのは、背筋さん『口に関するアンケート』です。

 

こんな人におすすめ

仕掛け満載の短編ホラーが読みたい人

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「戸村飯店 青春100連発」 瀬尾まいこ

単に私の読書傾向の問題なのかもしれませんが、ここ最近読んだ作品の中で物語の鍵を握るのは、母娘ないし姉妹でした。女性同士の場合、掴み合い殴り合いの大乱闘になる可能性が低い(かもしれない)分、水面下でのドロドロを描きやすく、イヤミスやホラーにハマるからかな?と考えています。

とはいえ、当たり前の話ですが、男性同士だって確執が生まれることは多々あります。真保裕一さんの『お前の罪を自白しろ』では父と息子が、東野圭吾さんの『手紙』では兄と弟が、切っても切れない縁の上で苦悩する人間ドラマを繰り広げました。どちらも映像化された有名作品なので、ご存知の方も多いと思います。それから、知名度という点ではこの二つより低いかもしれませんが、これもお気に入りの作品です。瀬尾まいこさん『戸村飯店 青春100連発』です。

 

こんな人におすすめ

兄弟が織りなす青春小説に興味がある人

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「胡蝶殺し」 近藤史恵

人生において、「趣味は何ですか」と聞かれる機会って意外と多いです。私の場合、そう聞かれた場合の答えは、子どもの頃から「読書です」。その趣味を大人になるまで続けた結果、こういうブログまで始めてしまいました。人間、好きなものについて語ることは楽しいですし、ついつい熱が入ります。

それはプロの世界でも同様らしく、趣味の分野において、面白い作品を書かれた作家さんは大勢存在します。例えば、ボクシング愛好家の百田尚樹さんは『ボックス!』で、将棋ファンである芦沢央さんは『神の一手』で、臨場感溢れる世界観を作り出しました。どちらも、読みながら作者の対象への愛情をひしひし感じたものです。それから、この作品もそうでした。近藤史恵さん『胡蝶殺し』です。

 

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歌舞伎界を舞台にした小説に興味がある人

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「みんなのヒーロー」 藤崎翔

ここ数年で、<ルッキズム>という言葉を聞く機会が激増しました。これは外見を重視する考え方のことで、<外見至上主義><外見重視主義>という言い方もします。一般的に使われるようになったのは最近のような気もしますが、実は日本でも昭和から存在した価値観です。

もちろん、脊椎動物である以上、見た目に左右されるのもある程度は仕方ないのかもしれません。無垢な赤ちゃんが薄汚れたオモチャに目もくれず、ピカピカでカラフルなオモチャに惹きつけられるのも学問的にはルッキズム扱いされるそうですが、これを責められる人はいないでしょう。要は、自分の中できちんと常識やモラルを持ち、折り合いをつけることが大切なのだと思います。そうでないと、この作品の主人公のようになってしまうかも・・・・・今回取り上げるのは藤崎翔さん『みんなのヒーロー』です。

 

こんな人におすすめ

小悪党目線のサスペンスミステリーが読みたい人

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