サスペンス

はいくる

「トゥインクル・ボーイ」 乃南アサ

サスペンスやホラーにおける子どもの役割は、大抵二分されます。登場人物達に未来や希望を感じさせる清涼剤的存在か、子ども特有の残酷さや凶暴さを発揮する恐怖の対象か。どちらも面白いですが、イヤミス大好きな私としては、後者の子どもに惹かれてしまいます。

とはいえ、いつもいつも映画『オーメン』のダミアンのように超自然的な力で大人を殺害していく子どもばかりでは食傷してしまうというもの。冷酷さや大胆さだけでなく、幼稚さや浅はかさがあってこその子どもです。そんな子どもの恐ろしさを描いた作品といえばこれ、乃南アサさん『トゥインクル・ボーイ』です。

 

こんな人におすすめ

子どもが抱える闇をテーマにした短編集が読みたい人

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「ボーダレス」 誉田哲也

本好きなら恐らく誰もが持つ娯楽、それが本屋巡りです。当たり前の話ですが、本屋は見渡す限り本、本、本。新刊コーナーをチェックしたり、気になる本をめくって内容を確認したりするだけで、時間はあっという間に潰れます。コロナ禍ではどうか分かりませんが、以前は店内の各所にソファやテーブルが設置され、購入前に座ってゆっくり読むこともできました。初めて本屋で閲覧席を見た時、ここは地上の楽園かと思ったことを、今でもよく覚えています。

そして、本屋巡りの楽しみの一つに、特設コーナーの存在があります。季節や社会情勢、大きな賞の受賞など、その時々の状況に応じてテーマが設けられ、相応しい本が集められた特設コーナー。書店員さんが工夫を凝らした演出も多く、ここで読みたい本を見つけることも多いです。今回ご紹介する本も、とある本屋の特設コーナーで見つけました。誉田哲也さん『ボーダレス』です。

 

こんな人におすすめ

群像劇から成るサスペンスが読みたい人

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「殺人依存症」 櫛木理宇

本の内容と、その本を読むタイミングというのは、密接な関係があります。例えば、大きな物事に臨む時はスカッとする勧善懲悪ストーリーがいいとか、落ち込んでいる時は悪人が出てこないハートフルコメディがぴったりとか。たかが本、されど本。読書には人の気分を左右する不思議な力があるものです。

実は私、この読書タイミングの見計らい方がものすごく下手。ずいぶん昔の話ですが、所用で飛行機に乗らなくてはならないというのに、直前になってアメリカ同時多発テロに関する本を読んでしまい、貧血起こしそうになりながら搭乗したのは懐かしい思い出です。最近も、読むタイミングを誤ってしまったせいでキツい思いをしました。櫛木理宇さん『殺人依存症』です。

 

こんな人におすすめ

人間の怖さをとことん描いたサスペンスが読みたい人

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「死んでもいい」 櫛木理宇

これは小説に限った話ではありませんが、この世には<万人受けするジャンル>と<そうでないジャンル>の二種類があります。前者はコメディやヒューマンストーリー、後者はイヤミスやホラー。好みはあるにせよ、ユーモラスなほのぼの小説を読んで吐き気を催す人は少ないでしょうが、イヤミスやホラーだとそれがあり得ます。

しかし、だからといって取っつきにくいジャンルを避けまくるのはもったいないと思います。後味悪かろうがグロテスクだろうが、面白い作品は面白いもの。読んでみたら意外と好みだった、ということもあり得ない話じゃありません。そこでお勧めは短編小説。陰鬱な小説を何百ページも読むのはきつくても、ボリュームが少ない短編ならけっこうさっくり読めてしまうこともありますよ。イヤミスは怖そう、でも興味はある・・・という方は、この作品で様子見してみてはどうでしょうか。櫛木理宇さん『死んでもいい』です。

 

こんな人におすすめ

人間の暗黒面を描いたイヤミス短編集が読みたい人

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「OJOGIWA」 藤崎翔

古今東西、数多く存在する<心中>の形の中で、<ネット心中>の異質さは際立っています。そもそも<心中>とは、引き裂かれそうな恋人同士があの世で結ばれることを願ってとか、家族が生活苦から逃れるためとか、そこに何らかの個人的な感情が絡むもの。一方、ネット心中の場合、縁もゆかりもない人間達が「一人で死ぬのは嫌だから」という動機で集まり、一緒に死ぬもの。当然、お互いに対する深い愛憎はありません。インターネットが発達し、何の接点もない人間同士が簡単にコミュニケーションを取れるようになったからこそ現れた心中方法です。

世相を反映しているとも言えるネット心中ですが、それが登場する小説となると、私はあまり読んだことがありませんでした。ぱっと思いつくのは、樋口明雄さんの『ミッドナイト・ラン!』くらいでしょうか。なので、この小説を見つけた時は「おおっ」と思いました。藤崎翔さん『OJOGIWA』です。

 

こんな人におすすめ

スピーディなエンタメ・サスペンス小説が読みたい人

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「隣はシリアルキラー」 中山七里

<シリアルキラー>という言葉が使われ出したのは、一九八四年、捜査関係者がアメリカの連続殺人鬼テッド・バンディを指して言ったことが始まりだそうです。意味は、何らかの心理的欲求のもと、長期間に渡って殺人を繰り返す連続殺人犯のこと。<serial=続きの>という言葉が示す通り、複数の犠牲者を出すことがシリアルキラーの定義とされています。

シリアルキラーが小説に登場するパターンとして一番多いのは、<犯行を繰り返す殺人鬼vs犯人と戦う善人>ではないでしょうか。トマス・ハリスの『羊たちの沈黙』はこの典型的なケースですし、貴志祐介さんの『悪の教典』や宮部みゆきさんの『模倣犯』などもこれに当たります。今回取り上げる作品もそのパターン・・・と思っていたら、ちょっと予想外の展開を迎えました。中山七里さん『隣はシリアルキラー』です。

 

こんな人におすすめ

連続殺人が出てくるサスペンスミステリーが読みたい人

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「虜囚の犬」 櫛木理宇

相手の人となりや行動を表現するための比喩として、しばしば動物が用いられます。「ライオンのような雄姿だ」となれば<勇ましく堂々とした態度>、「まるでねずみのような奴」なら<こそこそと卑しい様子>となるでしょう。実際にその動物がそういう性質かどうかは、それこそ個体差もあるのでしょうが、動物が持つイメージというのはあると思います。

では、<犬>はどうでしょうか。犬は忠誠心や家族愛が強く、命を賭して主人を守ることさえある頼もしい存在。反面、強者に服従する性質から、「あいつ、犬みたいに尻尾振りやがって」等、力に屈する態度の喩えとして用いられることもあります。この作品を読んでいる間、私の頭には鎖に繋がれ屈服させられる犬の姿がずっと浮かんでいました。櫛木理宇さん『虜囚の犬』です。

 

こんな人におすすめ

洗脳をテーマにしたイヤミスが読みたい人

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「ナルキッソスの鏡」 小池真理子

この世には数えきれないほどの主義・傾向がありますが、その中でも<ナルシズム>の認知度の高さは群を抜いていると思います。これはギリシャ神話に登場する美少年・ナルキッソスが、泉に映る自分の姿に恋したエピソードに由来し、自分自身を強く愛する精神状態と指すとのこと。あまりによく知られた用語なので、「あの人ってナルシストだよね」「今の言い方、ナスルシストっぽかったかな」等々、日常会話に登場する機会も多いです。

そして、<自分を強く愛する>という特徴が描写しやすいからか、ナルシストが登場する作品もたくさんあります。『ちびまる子ちゃん』の<花輪クン>のように、コミカルな自分大好き人間として描かれることが多い気がしますが、語源であるナルキッソスが自分を愛するあまり死を遂げたことを考えると、本来のナルシズムとはもっと真摯で頑ななもののように思います。今回ご紹介するのは、小池真理子さん『ナルキッソスの鏡』。あまりに深く自分を愛した者の運命が印象的でした。

 

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人の狂気をテーマにしたサイコサスペンスが読みたい人

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「バベル島」 若竹七海

私は短編小説が大好きでよく読みますが、その上で、一つ問題があります。短編小説の場合、アンソロジー等に収録される可能性が高く、短編集発売の情報に期待していたらすでに読んでいた、ということがあり得るのです。優れた短編は何度読んでも面白いものですが、それでも、初めて読んだ瞬間の驚きはもう得られません。

その点、最初に<文庫オリジナル>とか<単行本未収録作品集>とか書いておいてもらえると、がっかりする心配がなくて安心ですね。過去にブログでも紹介した今邑彩さんの『人影花』などがいい例です。それからこの作品も、<単行本未収録作品を集めた>としっかり書いてあるのでがっかりせずに済みました。若竹七海さん『バベル島』です。

 

こんな人におすすめ

ホラーミステリー短編集が読みたい人

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「神さま、お願い」 花房観音

自分で言うのもなんですが、私はけっこう信心深い人間です。祖父母の家によく出入りしていたせいもあるのか、里帰りするとまず神棚と仏壇に手を合わせますし、厄年や大きな旅行に出かける時は必ずお祓いをしてもらいます。神仏に手を合わせる。簡単な動作ですが、なんだか落ち着いた気持ちになってきます。

日本は神仏と距離の近い国であるものの、神社やお寺がテーマになった小説はそれほど多くない気がします。ぱっと思いつくのは三島由紀夫氏の『金閣寺』ですが、あれは神仏の力をテーマにしているわけじゃないし、かといって神秘のパワーで神々が大暴れする!みたいな小説はあまり読まないし・・・と思っていたら、いい作品を見つけました。花房観音さん『神さま、お願い』です。

 

こんな人におすすめ

人間の悪意を描いたホラー短編集が読みたい人

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