はいくる

「七月の鋭利な破片」 櫛木理宇

振り返ってみると、子ども時代の行事は圧倒的に夏が多かった気がします。日が長いこと、日没後も屋外活動がしやすいこと、冬と比べると感染症による体調不良者も出にくいこと等が理由でしょうか。暑すぎて真夏は外出すらままならない現代とは、ずいぶん違ったものだなと思います。

創作の世界においても、子どもないし子ども時代が絡んだ作品では、夏の行事が重要な役割を果たすことがしばしばあります。恩田陸さん『蛇行する川のほとり』では演劇祭準備のための夏合宿が、東野圭吾さん『レイクサイド』では避暑地でのお泊り夏期講習が、ミステリーの舞台となりました。夏のきらきらした眩しさと、絡み合う人間模様の生々しさが、いい対比になっていたと思います。今回取り上げる作品では、夏の林間学校での惨劇が描かれていました。櫛木理宇さん『七月の鋭利な破片』です。

 

こんな人におすすめ

子どもが絡んだサスペンスミステリーに興味がある人

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あの夏、あそこで起こったことは、一体何だったのだろう---――小学生の林間学校に男が乱入して男児一人を連れ去り、後に男児は遺体で発見、容疑者の男も死亡した凶悪事件。それから十四年の時を経て、青哉、武丸、凪、若葉の四人は集まった。彼らは、事件の犠牲者・乃江瑠と林間学校で同じ班だったメンバーだ。ぎこちないながらも和やかなひと時を過ごす四人だが、数日後、メンバーの一人である若葉が殺害された。あの夜はあんなに明るく元気だった若葉が、一体なぜ?まさか、十四年前の事件と何か関係しているのか。青哉らは不安に駆られ、それぞれの形で過去の事件と再び向き合うのだが・・・・・業と欲に翻弄される子ども達の運命を描いたサスペンスミステリー

 

櫛木理宇さん、最近筆が乗っていますね。本作に加え、人気シリーズ最新作の『拷問依存症』に、児童監禁事件を描いた『悲鳴』と、怒涛の新刊ラッシュ。刊行ペースが早い上、相変わらずクオリティも高く、ファンとしては嬉しい限りです。

 

中学教師の青哉は、幼馴染の武丸・凪・若葉と久しぶりに集合します。彼らは小学五年生の林間学校で、同じ班のメンバーでした。十四年前の林間学校の最中、近所で不審者として注目されていた男・須藤が宿泊施設に乱入し、子ども達に切りつけた上、青哉らと同じ班だった室井乃江瑠を拉致。その後、乃江瑠は殺害され、須藤も自殺するという大惨事が起きたのです。事件に対し、罪悪感や不安を抱いて生きてきた四人ですが、語り合ったことで少し気持ちが楽になり、再会を約束して別れます。ところが、間もなくして若葉が絞殺体で発見されました。あのメンバーで再会した途端に殺されるなんて、まさか、十四年前の事件と関わりがあるのか。混乱しながらも、どうにか状況を把握しようとする青哉達。ですが、真実は彼らの予想を遥かに超えたところにあったのです。

 

物語を構成するパートは二つ。一つは、成長した青哉達が再会し、若葉の死後、事件や私生活について思いを巡らせる現代パート。もう一つは、小学五年生の時に起きた林間学校での惨劇を描く過去パートです。事態が真相に向けて動くのは現代パートですが、インパクトという点では、過去パートの方に軍配が上がるでしょう。夏の眩しい日差しの中、トラブルもありつつ楽し気に過ごす子ども達と、そこで起きた血まみれの凶行。乃江瑠の拉致・殺害事件はもちろんですが、そこに至る前、大人の都合で振り回され、疲弊した子どもの描写も痛ましくて・・・中でも、事件当時、クラス担任だった六田さとえの身勝手さ、幼稚さは凄まじいの一言です。彼女は事件後、二十代の内に死亡したことが現代パートで早々に明かされますが、ざまあみろと思ってしまうレベルの醜悪さでした。成長した青哉が、試行錯誤しつつも教師という職業に懸命に向き合っていることが救いです。

 

なかなか新しいなと思うのは、事件で犠牲となった乃江瑠を、単純に<哀れな被害者>として描いていない点です。彼は彼で、歪な生育環境に在ることが察せられるのですが、それを補って余りあるほどの問題児ぶりに終始むかむかしっぱなし。物事の一から十まですべてに文句をつけ、他人の家庭の事情までネタにして悪口雑言をまき散らし、命の危険があるレベルの他害行為を繰り返すのですから、同級生がうんざりするのも無理はありません。ただ、誰の目にも明らかな形で蛮行に及び続ける乃江瑠に対し、当時の大人が毅然とした対応を取らなかったことも、また事実。例えば、現代パートで若葉殺人事件を捜査するベテラン刑事・岩割のように、老練で硬軟織り交ぜた対応のできる大人がいれば、何か違っていたのではないか・・・・・そんな風に思えてなりませんでした。

 

事件そのものの酷さに加え、小児性愛、モラルハラスメント、DV、ヤングケアラーと、悲惨な描写が多いため、万人受けするタイプの作品ではないでしょう。ですが、色々ありつつも青哉達が真っ当な大人として生きようとしていること、諸悪の根源は逃げ切ることなく捕まることもあり、櫛木作品の中では後味がいい部類だと思います。食えない岩割刑事はなかなか魅力的なキャラクターなので、いつか今道刑事辺りと共闘してほしいものですね。

 

大人も子供もみんな身勝手・・・度★★★★★

そこから成長できた青哉に拍手!度★★★★★

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