ミステリー

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「逆転ミワ子」 藤崎翔

物語の中に登場する作品のことを<作中作>といいます。例えば、登場人物達が創る小説や映画、読んでいる本、演じる劇などがこれに当たります。基本的にはオリジナル作品を指し、現実に存在する作品は<作中作>とは呼ばないようですね。

作中作が登場する物語で有名なものとしては、『千夜一夜物語』が挙げられます。残酷な王をなだめるため、シェヘラザード姫が毎夜面白い物語を語って聞かせるというのが大まかなあらすじで、『アラジンと魔法のランプ』『アリババと四十人の盗賊』『シンドバッドの冒険』等はすべてこの中に登場する作中作です。この作中作が面白いかどうかによって、本編の評価は大きく変わります。その点、今回ご紹介する作品は文句なしでした。藤崎翔さん『逆転ミワ子』です。

 

こんな人におすすめ

・本自体にトリックが仕掛けられた小説に興味がある人

・作中作が出てくる小説が好きな人

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「胡蝶殺し」 近藤史恵

人生において、「趣味は何ですか」と聞かれる機会って意外と多いです。私の場合、そう聞かれた場合の答えは、子どもの頃から「読書です」。その趣味を大人になるまで続けた結果、こういうブログまで始めてしまいました。人間、好きなものについて語ることは楽しいですし、ついつい熱が入ります。

それはプロの世界でも同様らしく、趣味の分野において、面白い作品を書かれた作家さんは大勢存在します。例えば、ボクシング愛好家の百田尚樹さんは『ボックス!』で、将棋ファンである芦沢央さんは『神の一手』で、臨場感溢れる世界観を作り出しました。どちらも、読みながら作者の対象への愛情をひしひし感じたものです。それから、この作品もそうでした。近藤史恵さん『胡蝶殺し』です。

 

こんな人におすすめ

歌舞伎界を舞台にした小説に興味がある人

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「みんなのヒーロー」 藤崎翔

ここ数年で、<ルッキズム>という言葉を聞く機会が激増しました。これは外見を重視する考え方のことで、<外見至上主義><外見重視主義>という言い方もします。一般的に使われるようになったのは最近のような気もしますが、実は日本でも昭和から存在した価値観です。

もちろん、脊椎動物である以上、見た目に左右されるのもある程度は仕方ないのかもしれません。無垢な赤ちゃんが薄汚れたオモチャに目もくれず、ピカピカでカラフルなオモチャに惹きつけられるのも学問的にはルッキズム扱いされるそうですが、これを責められる人はいないでしょう。要は、自分の中できちんと常識やモラルを持ち、折り合いをつけることが大切なのだと思います。そうでないと、この作品の主人公のようになってしまうかも・・・・・今回取り上げるのは藤崎翔さん『みんなのヒーロー』です。

 

こんな人におすすめ

小悪党目線のサスペンスミステリーが読みたい人

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「少女マクベス」 降田天

「時代は問わないから、海外の作家を一人挙げてみて」と聞かれた時、ウィリアム・シェイクスピアの名前を挙げる人はかなり多いと思います。シェイクスピアは一六世紀後半から一七世紀初頭にかけて活躍したイギリス人作家で、二〇〇二年の<百名の最も偉大な英国人>投票で第五位にランクインするほどの有名人です。それほど有名な偉人にも関わらず、現存する資料が少ないため、<実は作品はシェイクスピアではない別人が書いていた説><複数の作家が共同ペンネームでシェイクスピアを名乗っていた説>等々、面白い噂が色々ある人物でもあります。

こういう場合の常として、「著作のタイトルは知ってるけど、最初から最後まできちんと内容を知っている作品ってあんまりないなぁ」ということがしばしば起こりえます。シェイクスピアの場合、小説家ではなく劇作家であり、著作のほとんど戯曲であるため、余計にそうなのかもしれません。そもそも、いわゆる<文豪>と呼ばれる作家の有名作品って、なんとなく敷居が高く感じられることが多いですからね。そんな時、有名作品をテーマにした小説を読むと、ぐっと距離が近くなりますよ。今回取り上げるのは、降田天さん『少女マクベス』。物語自体の面白さもさることながら、『マクベス』という作品を考察することもでき、とても読み応えがありました。

 

こんな人におすすめ

・学園ミステリーが好きな人

・演劇の世界に興味がある人

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「作家刑事毒島の暴言」 中山七里

「こんな結末は読んだことがない」「予想を遥かに超えた奇想天外なストーリー」。物語を評する上で、これらの文言はしばしば誉め言葉として使われます。私自身、事前の予想を裏切られるビックリ展開は大好物。この話は一体どう落着するのだろうと、手に汗握りながらページをめくったことも一度や二度ではありません。

その一方、期待通りに進む王道の物語も面白いものです。それは、『水戸黄門』や『必殺仕事人』が今なお支持されることからも分かります。私の中では、このシリーズもそういう安定・安心枠なんですよ。中山七里さん『毒島シリーズ』第四弾、『作家刑事毒島の暴言』です。

 

こんな人におすすめ

・皮肉の効いたミステリー短編集が読みたい人

・『毒島シリーズ』のファン

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「ウバステ」 真梨幸子

もともとは、飲食店などを一人で利用する客を指す言葉<おひとり様>。それが二〇〇〇年代に入った頃から<一人で生きている自立した大人><同居人がおらず、一人で暮らす人>といった意味で使われるようになりました。流行語大賞にノミネートされたり、ベストセラー書籍のタイトルに使われたりしたこともあり、すっかり世の中に定着した感がありますね。

おひとり様という言葉自体は、男女共に使っていいものですが、比率で言えば女性に対して使われることが多いのではないでしょうか。それはフィクションの世界においても同様で、シングル女性の自立した生き方を応援する、前向きな<おひとり様>作品はたくさん存在します。でも、この方の作品の場合、あっさりといい話にはしてくれないんですよ。今回取り上げるのは、おひとり様の泥沼人間模様を描いたイヤミス、真梨幸子さん『ウバステ』です。

 

こんな人におすすめ

おひとり様の老いをテーマにしたイヤミスに興味がある人

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「仔羊たちの聖夜」 西澤保彦

この世には、様々な記念日や行事があります。大晦日、正月、ひな祭り、ハロウィン、バレンタイン。個人レベルなら誕生日や結婚記念日などもあるでしょう。こうした記念日には、プレゼントにごちそうなど、とにかく華やかできらきらしたイメージがあります。

反面、華やかであればあるほど、創作の世界ではしばしば血生臭く演出されることもあります。クリスマスなんて、まさにいい例ではないでしょうか。有名なスリラー映画『暗闇にベルが鳴る』や『ローズマリーの赤ちゃん』も、作中の季節はクリスマスシーズンでした。周りが賑やかで楽しげな分、登場人物達の恐怖や絶望が際立つのかもしれません。それからこの作品も、クリスマスが重要な要素なんですよ。西澤保彦さん『仔羊たちの聖夜』です。

 

こんな人におすすめ

・多重解決ミステリーが読みたい人

・『匠千暁シリーズ』が好きな人

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「難問の多い料理店」 結城真一郎

コロナ禍によって、これまであまり重要視されていなかったシステムや習慣に注目が集まるようになりました。例えば混雑した空間でのマスクの着用、手洗いうがいの徹底、オンラインでの会議や授業etcetc。コロナが第五類に移行した今もなお、すっかり社会に定着した感があります。

そんな<コロナによる需要増システム>の中の筆頭格は、ウーバーイーツではないでしょうか。もともとはアメリカ発祥のサービスで、一人分でも気楽にデリバリーを頼めたり、出前をやっていない個人店の料理を注文したりできるというメリットがあります。コロナで外出自粛やリモートワークが呼びかけられた結果、一気に日本での認知度が上がり、利用する店も人間も増えました。となると、創作の世界でもテーマにされるのがお約束というもの。今回取り上げるのは、ウーバーイーツが重要な役割を果たすミステリー、結城真一郎さん『難問の多い料理店』です。

 

こんな人におすすめ

安楽椅子探偵が登場するミステリー短編集が読みたい人

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「死蝋の匣」 櫛木理宇

<死蝋>という現象をご存知でしょうか。これは遺体が腐敗菌の繁殖を免れ、かつ、長期間に渡って外気との接触を遮断された結果、蠟状ないしチーズ状に変化したもののことを指します。時として意図せず遺体が死蝋化することもあり、最古のものとしては、紀元前四世紀に生きていた男性の遺体が死蝋となって発見されています。

死蝋化自体は単なる現象の一つなのですが、<遺体が蝋orチーズ状になる>というインパクトある性質のせいか、フィクションにおいては、禍々しい状況下で登場することが多いです。何しろ西洋には、絞首刑になった人間の片手を死蝋化させ、ロウソクをくっつけた<栄光の手>なる呪具が存在するぐらいですから、何かしら人知を超えたオーラのようなものを感じてしまうのかもしれません。この作品での死蝋の使われ方も、非常に衝撃的でした。櫛木理宇さん『死蝋の匣』です。

 

こんな人におすすめ

・猟奇殺人をテーマにしたイヤミスに興味がある人

・『元家裁調査官・白石洛シリーズ』のファン

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「魂婚心中」 芦沢央

かつて、漫画家の藤子・F・不二雄さんは、SFのことを<S(すこし)F(不思議)>と解釈しました。その言葉通り、この方の作品は『ドラえもん』に代表されるように、日常の中に不思議要素が混ざっていることが多いです。『スターウォーズ』のような壮大なSF叙事詩もいいけれど、身近なところから非日常を感じさせてくれる作品もまた面白いですよね。

日常の中に非日常が混じった作品は<エブリデイ・マジック>と呼ばれ、海外でも広く認知されています。一般家庭に魔女がやって来る『メアリー・ポピンズ』、森の中に不思議な生き物が棲むジブリ映画『となりのトトロ』、特殊な力を持ちながら一般社会に交じって生きる人々を描いた恩田陸さんの『常野物語』等々、名作がたくさんあります。今回取り上げる作品も、ジャンル分けするとこれに入るのかな。芦沢央さん『魂婚心中』です。

 

こんな人におすすめ

現実と少し違う世界のSF短編集に興味がある人

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