サスペンス、ホラー、ハードボイルドなどの創作物の場合、<なぜそういう状況になったのか>という設定作りが重要です。登場人物たちは日常とはかけ離れた世界に身を投じるわけですから、あまりにぶっ飛んだシチュエーションだと、読者が感情移入できません。例えばパニックアクション作品で<大災害>という設定を持ってくると、「確かに、こういう非常事態が起こったら、人間はこういう行動を取るかもな」と想像しやすいわけです。
こうした設定の王道パターンとして<復讐>があります。自分自身や大事な相手が傷つけられ、その復讐のため過酷な世界に身を投じる主人公。こういう状況は読者の同情を集め、主人公が道に外れた行いをしても「あれだけのことをされたんだから、気持ちは分かる」と共感されます。『巌窟王』や『嵐が丘』が今なお世界的名作として読み継がれているのは、そんな理由があるからかもしれません。最近読んだ小説も、一人の女性の悲しい復讐劇でした。秋吉理香子さんの『灼熱』です。
こんな人におすすめ
愛憎絡んだサスペンス小説が読みたい人
お前だけは、決して、決して、許しはしない---――愛する夫と幸せな日々を送る咲花子。そんな彼女の幸福は、夫の転落死によって終わりを告げる。その死には不自然な点が多々あったものの、容疑者だった男は釈放され、事故として落着。怒りに震える咲花子が選んだ道、それは顔と身分を変え、夫の仇である男の妻となることだった。良妻を演じながら、復讐の機会を虎視眈々と窺う咲花子だが・・・・・愛憎が胸を打つ、慟哭の心理サスペンス
作品を読むたびに思いますが、秋吉さんは陰鬱なテーマをさくさく読ませるのが上手いです。『聖母』然り、『ガラスの殺意』然り、その気になればページをめくるのが嫌になるくらい重苦しくできるテーマを、これだけ読みやすくまとめられるのは凄いと思います。読みやすいと言っても、登場人物の描写がすごく丁寧なため、決して軽くならないところも魅力ですね。
主人公・咲花子のもとに届いた、夫の転落死の知らせ。それだけでもショックの上、夫が知らぬ間にリストラに遭っていたこと、複数の詐欺事件に関わっていた疑惑があることを知らされ、心身ともに打ちのめされる咲花子。唯一の心の支えは、夫殺しの容疑者である医師・英雄が法の下で裁かれることでしたが、結局、殺人ではなく事故として片づけられ、英雄は無罪放免となります。絶望した咲花子は、ひょんなことから天涯孤独の女性の自殺に立ち会ったのを機に、彼女になりすますことを決意。整形手術で顔を変えて英雄に近づき、彼の妻となり、復讐のチャンスを狙うようになります。
あらすじを読んで察するかもしれませんが、本作はハードボイルド作品として見た場合、けっこう突っ込み所が多いです。<まともな医者なら、赤の他人の写真を持参して「この人そっくりに整形してください」と言われても聞かないだろ>とか<特殊訓練受けたスパイじゃあるまいし、普通の女性がろくに知りもしない相手になりすますのは難しいよね>とか。その辺りが気になる読者には、本作はリアリティがいまいち・・・と感じられるかもしれません。
ですが、咲花子の心理描写やスリリングな場面展開に注目すると、この作品の評価はグンと上がります。憎い男を愛するふりをし、妻として彼の世話をし、ベッドまで共にする咲花子の葛藤(セックスは我慢するが、終わった後に一緒にシャワー浴びるのは拒否というのがリアル!)。一緒に暮らす内、英雄の優しさや誠実さに触れ、湧き上がる「この人は本当に人を殺したりできるのか」という不安。英雄を信じてもいいんじゃないかと思い始めた矢先、予想外に事件の重要な手がかりを見つけてしまった時の緊張感。それらの描き方がこれ以上無理というほど丹念で、ハラハラドキドキしっぱなしでした。
あと、これも秋吉ワールドの特徴の一つですが、登場人物が絞ってあるところもいいですね。本作の場合、主要登場人物はヒロインの咲花子、前夫の忠時、復讐のため結婚した英雄、英雄の妹である亜希子の四人です。亜希子が心臓病を患っていること、忠時が生前関与していたとされる詐欺事件が人工心臓に関するものだったことが分かった辺りから、物語はどんどん加速していきます。最後の最後に明かされる真相は悲しく切ないもの・・・登場人物が少ない分、各人に感情移入しやすく、「できれば全員が幸せになってほしい」と願っていたので、終盤の展開は辛かったです。
レビューでよく「この作品を映像化してほしい」と書く私ですが、本作は映像というよりむしろ舞台が合うのではないでしょうか。前述した通り、登場人物が少ないですし、主人公の行動範囲が限られているので、派手さはない分、濃密な心理劇ができそうです。
もっと早く向き合っていたならば・・・度★★★★★
まさかあの事件と関係していたなんて!度★★★★☆
復讐の為にそこまでするか~と思うほど主人公の葛藤と覚悟が印象的でした。
意外な展開と真相にさすが秋吉ワールドだと感じましたが、題名ほどドロドロしていなかったと感じました。
それでもかなり深い濃密な心理劇でずっしりと来ました。
タイトルや表紙からもっと愛憎入り混じる復讐劇を想像していましたが、意外にさらりと読めました。
このヒロインに共感できるか否かで、作品の評価も変わりそうですね。
ラストのモノローグが切なかったです。