はいくる

「誰かが見ている」 宮西真冬

雑誌やインターネットの悩み相談コーナーを見ていると、しばしば<マウンティング>という言葉を目にします。本来は馬乗りになって相手を押さえ込む状態を指しますが、昨今は<自分の方が周囲より幸福>とランク付けし、それを主張するという意味で使われることが多いです。ファッション業界を舞台にしたドラマ『ファーストクラス』に登場したことがきっかけで広まり、流行語大賞にもノミネートされましたね。

我が身と他人を比較することは、必ずしも悪いことではありません。場合によっては、比較することで発奮したり、頭が冷えたりすることもあるでしょう。ですが、自分の方が幸せだと優越感を抱き、他人を見下すようになれば、それは傲慢というものです。今日ご紹介するのは、宮西真冬さん『誰かが見ている』。女性のマウンティングの怖さを味わえました。

 

こんな人におすすめ

女性目線の心理サスペンスが読みたい人

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私の幸せはどこにあるんだろう---――不妊治療までして授かった我が子に愛情を抱けず、追い詰められていく千夏子。新婚の夫とのすれ違いに悩む結子。仕事への不満から、結婚に望みを懸ける春花。誠実な夫と可愛い娘に囲まれ、理想的な生活を送るように見える柚季。それぞれに秘密を抱えた四人の人生は、千夏子が出来心でブログに嘘を書いたことから予想外の方向に動き出す。もつれ合う人間模様の末に、彼女たちが見出したものとは・・・・・

 

『友達未遂』でファンになった宮西さんのデビュー作です。『友達未遂』は、カリスマ性に満ちた女生徒を中心に、個性溢れる少女たちが悩み苦しむ姿を描いていましたが、本作の登場人物はいい意味で没個性的で、要するに<普通>。どの女性たちのキャラクターにも隣りに住んでいそうなリアリティがあり、どんな読者も、誰か一人には感情移入してしまうと思います。

 

主要登場人物は四人。パート主婦の千夏子は、夫とも子どもともうまく向き合うことができず、鬱屈したものを抱えています。アパレル店長の結子は、新婚の夫が急に自分を避け始めたことに苦しんでいます。保育士の春花は、ぎすぎすした職場に嫌気が差し、好きになれない男との結婚に逃げようとしています。そして、夫や娘と円満な家庭生活を送る柚季は、過去に大きな葛藤を抱えたことがありました。

 

この四人、特に千夏子、結子、春花の欝々とした日々の描写が嫌になるくらいリアル!私は自分が子育て中ということもあり、中でも千夏子に感情移入しまくりでした。姑や保育士(春花とは違う人)など、千夏子の周りにいるのが嫌な奴ばかりなこともあり、彼女の章は読んでいて苦しかったです。そんな日々に疲れ切った千夏子は、ふとしたきっかけで仲良くなった柚季の生活を羨み、出来心で柚季一家の写真を<我が家の様子>としてブログに掲載するのですが・・・・・四人の中で一番消極的な千夏子の行動が、後に事件を引き起こすというのが何とも皮肉です。

 

で、この事件が起きる上で重要となるのが、前書きでも触れたマウンティングです。登場人物たちはそれぞれの立場に不満を抱き、自分が持たないものを持つ者を妬み、一方で見下し、心の安定を得ようとします。千夏子は、ブログ読者の結子から「子どもだって欲しいのに、夫から避けられている」と相談されたことで、「私の方がこの人よりずっと幸せだ」と安堵します。保育士の春花は、陰湿な先輩保育士のことを「これから結婚も出産もできそうにないババアのくせに」と内心でこき下ろしています。それを根暗だと非難するのは簡単ですが、人間はそうそういつもポジティブではいられないもの。彼女たちの本音にゾワゾワすると同時に、「こういう風に思うことってあるよな・・・」と身につまされる思いでした。

 

面白いのは、作中に登場する男性陣が決して一歩的な加害者ではない点です。序盤、千夏子の夫の信二は、保育園や親戚間での付き合いに疲弊する妻に「幸せだって言ってたのに、まだ何か欲しいものあるの」と冷たく言い放ちます。また、結子の夫・創は、夫婦として関係を深めていこうと訴える妻から逃げ、家に帰ることさえなくなります。最初の内、彼らには本当にイライラさせられますが、読み進めるにつれ、実は男性は男性なりに葛藤を抱え、苦しんでいたことが分かります。この辺りの描き方はとても丁寧かつ公平で、素直に「これから幸せになれますように」と願うことができました(一部、本当のろくでなしもいますが・・・)。

 

途中までは、追い詰められていく登場人物たちの心理描写がひたすら苦しいのですが、最後はそれぞれ活路を見出せて良かったです。ジャンルとしてはサスペンスになるのでしょうが、終盤、ちょっとしたビックリが仕掛けられているところもミステリー好きとしては嬉しいですね。ただ、欲を言うなら、あの陰険な保育士は痛い目に遭ってほしかったなぁ・・・

 

隣りの芝生は青く見える度★★★★★

本音をぶちまけることも大事だよ度★★★★☆

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コメント

  1. しんくん より:

    宮西真冬さんを気に行って頂いたようで嬉しいです。
    女性の心の叫び、理解しようとしない男の心理~まさに平行線のようなそれぞれの関係に共感してしまいますが、意外な形で良い終わり方になるラストは良かったです。

    1. ライオンまる より:

      宮西さん、見事にハマってしまいました。
      一体どう決着するのかと思いましたが、予想以上に前向きなエンディングで一安心。
      でも、美穂先生にはもう少し痛い目に遭ってほしかった気がします。

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