メリークリスマス!今年もクリスマスがやって来ました。この時期は街のあちこちにクリスマスツリーやリースが飾られ、クリスマスソングが流れます。キリスト教徒でなくても、なんとなくウキウキする人が多いのではないでしょうか。
そんな雰囲気のせいか、クリスマスをテーマにした小説は、心温まるヒューマンストーリーが多いです。チャールズ・ディケンズの『クリスマス・キャロル』はもちろん、有川浩さんの『キャロリング』や伊坂幸太郎さんの『クリスマスを探偵と』、百田尚樹さんの『聖夜の贈り物』など、どれも希望と未来のある名作でした。たぶん、こういうヒューマンストーリーを取り上げるサイトは山ほどあると思うので、ここではあえてブラックな作品を取り上げたいと思います。ジェフリー・ディーヴァーの『クリスマス・プレゼント』です。
こんな人におすすめ
どんでん返しのあるミステリー短編集を読みたい人
強盗に襲い来る思わぬ運命、精神科医のもとを訪れた謎多き患者、絶世の美女が抱える深刻な悩み、悪徳警官が思いついた許されざる犯罪、三角関係が拗れた末の悲劇、法の裁きを下そうとする検事の密かな計略、愛する娘を守ろうとする父親の戦い・・・・あなたはこの罠を見破れるか。<どんでん返しの魔術師>が贈る十六の謎と驚き
ジェフリー・ディーヴァーの名前を聞いたことがなくても、一九九九年にデンゼル・ワシントンとアンジェリーナ・ジョリー主演で映画化された『ボーン・コレクター』の原作者だと言われれば、ぴんとくる人も多いのではないでしょうか。あれは緊迫感溢れる濃密なサスペンス映画でしたが、本作は切れ味鋭いミステリー短編集。ボリュームが少ないにも関わらず起承転結がびしっと決まった展開はさすがですし、どの話のどんでん返しにもびっくりさせられます。中でも特に印象的だった話をいくつかご紹介しますね。
「ウィークエンダー」・・・ドラッグストアに押し入った二人組の強盗。ところが片方がドジを踏んで警官と客を射殺してしまい、やむなく人質を取って逃走することに。これからどうするか悩む強盗に、人質の男性がある問いかけをして・・・・・
こ、怖すぎる(汗)この人質男性、やたら冷静な態度からしてただ者ではないと予想できるのですが、まさかそういうオチだとは・・・・・強盗犯への語り掛けもものすごく巧妙で、つい聞き入ってしまう気持ちも分かります。ハッピーエンドと思わせてからの惨劇エンドが鳥肌モノでした。
「サービス料として」・・・精神科医のハリーのもとを、一人の女性患者が訪れる。曰く、夫が自分を発狂させようと企んでいるという。セレブリティ相手の仕事を物足りなく感じていたハリーは、彼女の症例に強く興味を抱き・・・・・
富裕層ばかり相手にしているハリーが、惰性で仕事するお気楽医者かと見せかけて、意外な慧眼ぶりを発揮してくれました。これぞまさにプロの仕事。展開が二転三転する様子は収録作品中一番かもしれません。これは短編ですが、そのまま膨らませて長編作品にもできそうな濃密さです。
「ビューティフル」・・・誰もが羨む美貌を持って生まれたキャリー。ところが本人は、外見ばかり注目される人生に嫌気が差している。おまけにストーカーまで現れ、始終付け狙われる始末。悩んだ末にキャリーが選んだ道とは。
世にストーカーを扱った小説は山ほどあれど、こんな解決方法を取る主人公はそうそういないんじゃないでしょうか。前半、華やかすぎる容姿に悩むキャリーの描写がやたら丁寧だなと思いましたが、このラストに結ぶためだったんですね。まあ、本人は幸せそうだし、これも一つのハッピーエンドなのかな。
「見解」・・・保安官助手の二人組は、ある時、武装強盗事件を担当することになる。事件の目撃者は、二人の元同級生のネイト。昔から内向的なネイトをいじめてきた二人は、ネイトを利用してある悪巧みを実行しようとするのだが・・・・・
いやー、気分すっきりした!よく考えてみると悪事が行われているんですが、保安官助手コンビが性悪すぎるせいで、めちゃめちゃ後味良いです。いい年して、いつまでも人を外見でしか判断しないから痛い目に遭うんですよね。最後の述懐が妙に穏やかなところがクールです。
「三角関係」・・・愛するモーと幸せな暮らしを送るピート。だが、モーがダグという男を連れてきたことから生活が変わっていく。モーはただの友人だと言うが、新しい男に決まっている。ピートは騙されたふりをしながら、ダグと二人きりになる機会を狙い・・・
翻訳小説という特徴が一番生かされたエピソードではないでしょうか。このトリックは、日本が舞台だと、不自然さが際立ちそうな気がします。ありふれた三角関係と思いきや、最後ですべてがひっくり返る構成は実に巧妙。今後も決して平穏にはいかなさそうな雰囲気もいいですね。私はこの話が一番好きです。
「釣り日和」・・・家族と平和に暮らすアレックスの趣味は、一人で釣りを楽しむこと。怖い映画を見た娘からは一人で外出しちゃダメだと止められるが、宥めて出かける。ところが釣り場で不審な態度の男と出くわして・・・・・
冒頭の幸せいっぱいな家族の様子と、人気のない釣り場の静けさ、そこで出会った男の不気味さのギャップが凄いです。最初に出て来る娘がものすごく健気な分、この子を泣かせる展開になってくれるなよ思いましたが・・・オチはこう来たか!ある意味で平易かつキレのあるオチが印象的です。
「被包含犯罪」・・・間違いなく犯罪者であるにも関わらず、証人を買収したことで無罪の証拠を手に入れた被告人。そんな被告人に対し、検事はある質問をする。それは一見、事件にも何の関係もない質問に思えたが・・・・・
切れ者検事に座布団百枚!咄嗟にこんな手を思いつき、圧倒的不利な状況をひっくり返すだなんて、もはや天才の域じゃないでしょうか。被告人の所業や態度が最悪な分、すべてが逆転する展開に拍手喝采です。この検事のキャラクターがすごく好きなので、そのうちシリーズ化してくれないかなと期待しています。
「クリスマス・プレゼント」・・・リンカーン・ライムのもとに持ち込まれた一つの依頼。それは、母親が行方知れずなので探してほしいというものだった。よく聞いてみると母親と連絡がつかなくなってまだ数時間であり、調査の必要なしと考えるライムだが・・・
四肢麻痺の安楽椅子探偵<リンカーン・ライムシリーズ>の一話です。とはいえ、シリーズ未読の読者でも問題ない内容なのでご心配なく。タイトルから聖夜に相応しい心温まる話かと思いきや、収録作品中トップクラスに暴力的なエピソードでびっくり。ライム氏のキャラ、やっぱり好きだなぁ。
「ひざまずく兵士」・・・規律ある家庭を築く父親には、一つの悩みがあった。それは、愛娘に付きまとうストーカーがいること。ある日、我慢の限界に達した父親は直談判を試みるも、なんとストーカーは何者かに殺害されていて・・・・・
最終話にふさわしい、ブラックなエピソードです。前半、自分を完璧な家庭人だと自負する父親の語りに若干違和感を感じるのですが、それが終盤でこう生かされるとはね。オチを知ってからもう一度読み直すと、すべてが逆転して見えて面白いです。最後の一行がなんとも意味深!
海外作品の面白さは翻訳者の腕に左右されるところもありますが、本作はその意味でも文句なしです。ディーヴァー氏の長編作品が面白いことは世界的に知られているものの、短編集の数はさほど多くないので、これから増えてくれればいいなと思います。
この短さでこの面白さは凄すぎる!度★★★★★
最後の最後まで裏切られる度★★★★★
海外~特にキリスト教の欧米諸国ではクリスマスは日本以上に聖なるイベントだと思いますが、ブラックな作品とは深い闇がありそうです。
これも面白そうです。
海外作品の場合、作者本人の筆力だけでなく、翻訳者の文章との相性もあるのですが、本作はその点でも文句なしでした。
どの話もラスト1~2ページでどんでん返しがあり、「おおっ」と唸らされました。
ディーヴァーの短編集は、日本では本作の他にもう一作出版されているので、そちらの感想もいずれアップするつもりです。