「最近疲れて病んでるんだよね」「あの人、ヤバいよ。壊れてるって」そんな会話を交わしたことがある人も多いのではないでしょうか。<病む>とか<壊れる>とかいう言い方は、気軽に使われることがけっこうあります。私自身、簡単に「めっちゃ病み気味なんだ」とか言っちゃう方かもしれません。
ですが、本当に<病んで><壊れた>人間がいた場合、この言葉はとても重くなります。それは、スティーブヴン・キングの『ミザリー』や五十嵐貴久さんの『リカ』などを読めばよく分かりますね。この短編集にも、それぞれの理由で壊れてしまった女性たちが登場します。柴田よしきさんの『猫と魚、あたしと恋』です。
こんな人におすすめ
女性中心の心理サスペンス小説が読みたい人
時を経て甦る過去の記憶、他人には決して理解できない癒しの時、去りゆく恋人に下された罰、他人を見下す者が食らったしっぺ返し、美しい花々の影に隠された狂気、傲慢さが招いた予想外の悲劇、化粧を通じて浮かび上がる思わぬ本音・・・・・何かを、誰かを、一途に思うあまり壊れていく女性たちを描いた恋愛サスペンス短編集
<壊れていく女性たち>と書きましたが、本作には『ミザリー』や『リカ』のように、人間離れした行動力を発揮する女性は登場しません。どこにでもいそうな、家庭や仕事に悩みを抱える普通の女性たちが主役です。そんな彼女たちが、ふとしたきっかけで闇を抱えていく描写にリアリティがありました。実際、心が壊れる瞬間というのはこんな感じなのかもしれませんね。
「トム・ソーヤの夏」・・・兼業主婦の雛子は、現在パート先の社員と不倫中。ある日、幼馴染の澄子が殺されたという知らせが届き、ショックを受けながら帰郷する。どうやら澄子も不倫していたようなのだが・・・
私が大好きな<子ども時代のあれこれが大人になって甦る>というエピソードです。雛子が回想する幼馴染たちとの友情が本当にきらきらと眩しい分、彼らが成長するにつれて現実に押し潰されていく様子が辛い・・・私は妊活で苦労した経験があるので、作中の出産に関する台詞が身に染みました。
「やすらぎの瞬間」・・・主人公・叶恵が勤めるブティックには、万引き常習犯の女性がいる。注意していたにも関わらず、またしても店内の物を盗まれてしまう。だが、彼女が盗んでいったのはあまりに奇妙な物で・・・・・
<マネキンが付けていたネックレス(金銭的価値なし)を引きちぎって盗む女性>という、不気味で不可解な存在から浮かび上がる人間模様が怖かったです。傍から見て無意味でも、当人にとっては意味のある行為だったんでしょうね。<やすらぎ>を見つけてしまった叶恵が今後どうなるのか、気になって仕方ないです。
「深海魚」・・・恋人から唐突に別れを告げられた香子。あれだけ愛し合っていたのに。あれだけ尽くしたのに。二人の仲がこれっきりだなんてあるはずない。香子は恋人の後を付け回すようになり・・・・・
香子目線で見ると、恋人は最低な自己中男。でも、一歩引いて考えてみると、香子のしていることってストーカーそのものなんですよね。交際中にしたって、ここまで完全に絶対服従されると、逆に男性側が引いちゃうのも分かるというか・・・先行き不安度では収録作品中随一でしょう。
「どろぼう猫」・・・ある時、<私>は元同級生の美樹とばったり再会する。冴えなかった学生時代と違い、別人と思うほど綺麗になった美樹に驚く<私>。後日、<私>の家の郵便受けに子猫が入れられるという事件が起き・・・・・
この本のヒロインたちは、基本的に全員負い目があったり壊れていたりするのですが、ここで出て来る<私>は特に共感度低い気がします。子供時代の美樹への態度も酷いし、大人になってもまったく成長していないし。今後、痛い目に遭っちまえ!と思う読者もたくさんいるのではないでしょうか。
「花のゆりかご」・・・結婚し京都で暮らし始めた亜矢子には密かな楽しみがある。それは、ベランダから近所の家の庭を眺めること。その家の庭では、いつも鉢植えの草花が見事に咲き誇っていた。そんなある日、その家の住民が殺されるという事件が起き・・・
花々の美しさと、その後起きる殺人事件の痛ましさのギャップが凄かったです。事件そのものもだけど、事件により浮彫になる人間模様が悲しくて・・・被害女性は、身内にとっては決して善人ではなかったかもしれないけど、亜矢子には安らぎを与えていたんですよね。二人が良き隣人になる未来もあったかもしれないと思うと、より切ないです。
「誰かに似た人」・・・ミル子は銀座のクラブで働くチーママ。妻子ある客の島津と愛人関係を結んでいる。ある時、ミル子は島津が女性の写真を携帯していることに気付く。その女性は、なんとミル子と瓜二つで・・・
愛人に妻や子どもがいることは構わない。でも、自分にそっくりな女と付き合うことは許せないというミル子の気持ち、身勝手なんだけど分かるなぁ。このミル子のキャラクター、なんだか可愛げがあって女性読者の共感を集めそうです。まあ、言うまでもなく不倫はダメなんですけどね。
「切り取られた笑顔」・・・優しい夫とともに幸せな結婚生活を送る奈美。最近の趣味は、自分のHPに寄せられた悩みの相談に乗ることだ。ある日、HPに不倫に関する相談が投稿される。いつも通り応えようとする奈美だが・・・・・
第四話の<私>と並ぶくらい、このエピソードの奈美も読者の反感を買うでしょう。何不自由ない結婚生活を送っているにも関わらず、頭にあるのは自分のことだけで、周囲への気遣いゼロ。そんな彼女が払った代償はあまりに大きいものでした。最後の告白からも分かる通り、彼女の周りに本当の悪人は一人もいなかったことが皮肉です。
「化粧」・・・平凡だったはずの莢子の結婚生活は、突如始まった姑との同居により暗転する。相談しようにも、夫はまともに取り合ってくれない。我慢を重ねた末、ついに限界に達した莢子は、姑にある一言をぶつけるのだが・・・・・
恐らく、収録作品中一番後味のいい話ではないでしょうか。暗雲立ち込める結婚生活を乗り越え、新たな道を切り開く莢子は逞しいし、終盤の姑とのやり取りもじーんとくるものがあります。<化粧>という行為を通し、単なる嫁姑問題ではなく女性の生き様を描くところがすごく巧いですね。
「CHAIN LOVING」・・・睡眠障害を抱える無職のケーナ。クラブ勤めのミサキとお喋りしたり、アルバイト男性との恋愛を空想したりするのが数少ない楽しみだ。そんな日々の中、ミサキが姿を消してしまい・・・
本作は<この短編集の中にあなたはいましたか?>というのがコンセプトだそうですが、私はこのエピソードのケーナが一番自分に近いと感じました。私自身、睡眠障害というほどではないものの、寝つきが悪かったり二度寝できないことが多く、そんな時は延々と何時間も空想し続けるんですよ。いつかここまで空想が広がったりするのかと思うと、少し怖いです。
本作を読む上で注意点を挙げるとすれば、タイトルと表紙の割に、収録作品はどれもこれも薄ら寒くなるような話ばかりということ。ちょっとユーモラスなエピソードも入ってはいますが、どちらかというとサイコホラー寄りだと思います。可愛いイラストから甘酸っぱいラブストーリーを期待していると衝撃を受けると思うので、ご注意ください。
壊れる可能性は誰にでもある度★★★★★
女性キャラクターの書き分けが見事!度★★★★☆
明けましておめでとうございます。
今年も読書ライフを楽しみたいですね。
題名とは裏腹に壊れていく女性にサイコホラーとはなかなか衝撃的ですね。
柴田よしきさんはノスタルジックな雰囲気の作品の中にもどぎついセリフとエピソードがあるので、こういう短編集もまた興味深いです。
むしろサイコホラーの中にノスタルジックと甘酸っぱい恋愛を入れているようなイメージですね。「トム・ソーヤの夏」「深海魚」が面白そうです。
あけましておめでとうございます!
今年もお互いに充実した読書ライフを送りましょう。
可愛らしいタイトルを裏切る、毒の効いた内容でした。
ただ、短編集なだけあって一話一話はさらりと読めるので、そんなに後味の悪さを引きずることはないと思います。