ラブロマンス

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「帝冠の恋」 須賀しのぶ

かつて、中国の思想家・荘子は言いました。「ものは見方によってすべてが変わる」。まったくもってその通りで、同じ物事でも、どういう立場から見るか、どういう人間の口で語られるかで、解釈が変わってきます。時には白と黒が反転することさえ珍しくありません。

創作の世界において、これは特に歴史関係の分野でよく表れると思います。大河ドラマ『麒麟がくる』では、<織田信長を討った逆賊>と評価されがちな明智光秀を主役に据え、その強さや聡明さを丁寧に描きました。また、鈴木由紀子さんの『義にあらず---吉良上野介の妻』では、赤穂浪士人気の影で悪役扱いされる吉良上野介の妻目線で、忠臣蔵事件が語られます。もちろん、当事者達がとっくに亡くなっている以上、何が真実かは分からないわけですが、それでもなお「この人達は本当にこう思っていたんだろうな」と思わせるだけの説得力がありました。今回取り上げるのも、しばしば敵役として描写されがちな女性を主人公にした小説です。須賀しのぶさん『帝冠の恋』です。

 

こんな人におすすめ

19世紀ヨーロッパを舞台にした歴史ロマン小説に興味がある人

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「5分で読める! ひと駅ストーリー 冬の記憶 東口編」 このミステリーがすごい!編集部

暦の上では秋になり、店先に並ぶファッションアイテムも秋を意識したものが増えました。とはいえ、気候はまだまだ夏そのもの。半袖シャツも、帽子も、キンキンに冷えた飲み物も、当分手放せそうにありません。

私はけっこう夏好きな人間ですが、これほど暑いとやはりひんやりした冬が恋しくなります。季節としての冬が遠いなら、せめて小説で冬気分を味わうのも一つの手ではないでしょうか。そんな時はこれ。「このミステリーがすごい!」編集部による『5分で読める! ひと駅ストーリー 冬の記憶 東口編』です。

 

こんな人におすすめ

冬をテーマにしたバラエティ豊かなアンソロジーが読みたい人

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「とける、とろける」 唯川恵

人間の三代欲求は、<食欲><睡眠欲><性欲>と言われています。これを緊急度合という基準で考えると、強いのは睡眠欲、食欲、性欲の順なのだとか。人は睡眠欲や食欲が満たされないと、いずれ体力が尽きて死んでしまいますが、性欲は満たされなくてもすぐ死ぬことはありません。子孫繁栄にしたって、人工的な手段を使えば、欲求云々を抜きにしても可能と言えば可能です。そう考えると、これは確かに正しい順位なのでしょう。

ですが、これはあくまで<緊急性>を基準とした話。<緊急ではない=なくていい>というわけではないのが、この世の不可思議なところです。人類最古の職業は売春業と言われているだけあって、生物と性欲との間には切っても切り離せない関係があります。今回は、そんな性愛の奥の深さをテーマにした作品をご紹介します。唯川恵さん『とける、とろける』です。

 

こんな人におすすめ

女性目線の官能小説に興味がある人

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「ため息の時間」 唯川恵

小説にせよ漫画にせよ映画にせよドラマにせよ、フィクションの世界での恋愛は、女性メインのストーリーになりがちです。男性より女性の方が恋愛のあれこれに対する関心度合が高く、読者・視聴者として取り込みやすいからでしょうか。そして、メインターゲットが女性である以上、女性中心の物語にした方がより共感を呼ぶのかもしれません。

ですが、当たり前の話ながら、男性だって恋をします。それは小説内でも同じで、金城一紀さんの『GO』、村山由佳さんの『天使の卵』、盛田隆二さんの『ありふれた魔法』などでは、恋に落ちた男性の悲喜こもごもが丁寧に描かれていました。そう言えば、この方にも男性の恋愛をテーマにした作品があるんですよ。唯川恵さん『ため息の時間』です。

 

こんな人におすすめ

愛に翻弄される男達の短編集が読みたい人

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「月蝕楽園」 朱川湊人

「恋愛にルールなんてない」「恋する気持ちを咎めることは誰にもできない」。小説内において、禁じられた恋に苦しむ登場人物達がしばしば口にする台詞です。まったくもってその通りで、好きという気持ちを否定したり、命令で動かしたりすることは不可能です。

ですが、人間が社会生活を営む生き物である以上、社会に受け入れられ祝福される恋愛と、そうでない恋愛があることはどうしようもありません。中年男が少女に恋をし、破滅していく様を描いたウラジミール・ナボコフの『ロリータ』などがいい例でしょう。今回ご紹介する作品にも、決して祝福されないであろう恋愛がたくさん出てきました。朱川湊人さん『月蝕楽園』です。

 

こんな人におすすめ

許されざる愛をテーマにしたダークな短編集が読みたい人

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「天に堕ちる」 唯川恵

好意を抱く、心惹かれる、ときめく、思いを寄せる・・・誰かに恋愛感情を抱く表現は色々ありますが、一番一般的なのは<恋に落ちる>という言い方だと思います。この表現の由来は不明ですが、理性ではどうにもならない心理状態にすっぽりはまる様子が<落ちる>と言い表されるのかもしれません。実際、恋が原因でのっぴきならない状態に陥ってしまった人は現実にも大勢存在します。

当然、容易く抜け出せない恋愛をテーマにした小説も数えきれないほどあります。辻仁成さんの『サヨナライツカ』、東野圭吾さんの『夜明けの街で』、山本文緒さんの『恋愛中毒』など、三十代以上の男女を主人公にした、どちらかというと大人向けの作品が多いですね。今回ご紹介する小説にも、どうにもならない恋の沼にはまりこんでしまった男女が出てきます。唯川恵さん『天に堕ちる』です。

 

こんな人におすすめ

泥沼のような恋愛模様を描いた短編集が読みたい人

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「逢魔」 唯川恵

本は好きだから国語も好き。でも古典は苦手・・・という人って多いのではないでしょうか。かくいう私もそうでした。何と言っても文体が違いますし、<音きこゆ>だの<さう思へ>だのといった文章を訳するだけで一苦労。学生時代の古典の先生が結構怖かったこともあり、作品を楽しむより授業を無事終えられるかどうかばかり気にしていました。

それが変わったのは、大和和紀さんの『あさきゆめみし』を読んだことがきっかけです。概ね原作の『源氏物語』に忠実ながら、現代でも分かりやすいオリジナルの描写やエピソードが挟まれていたことで、物語の世界観をすんなり受け入れることができました。この頃から段々と「古典も面白いじゃん!」と思い始めましたし、古典を下敷きにした創作物への興味も生まれました。今回ご紹介するのも、古典をモチーフにした小説です。唯川恵さん『逢魔』です。

 

こんな人におすすめ

・男女の愛憎をテーマにしたホラーが好きな人

・古典をアレンジした小説に興味がある人

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「放課後の音符(キイノート)」 山田詠美

「学生時代の内、一番楽しかったのはいつ?」と聞かれたら、私は「高校時代」と答えます。中学時代はぎすぎすしていて大変なことの方が多かったし、大学時代は格段に自由が増えた分、密度は薄まったかな、というのが正直な感想。その点、高校時代はそれなりに濃密ではあったけど、中学校ほど息苦しくなく、振り返ってみると楽しい思い出の方が多いです。

中学生ほど子どもではないけれど、まだ大人には程遠い。高校時代を扱った小説は、そんな不安定さをテーマにしたものが多いです。ジャンルも幅広く、部活動を題材にしたものなら平田オリザさんの『幕が上がる』や誉田哲也さんの『武士道シックスティーン』、ミステリーなら今邑彩さんの『そして誰もいなくなる』や辻村深月さんの『名前探しの放課後』、ホラー寄りなら秋吉理香子さんの『暗黒女子』や恩田陸さんの『六番目の小夜子』などなど、映像化された作品も少なくありません。当ブログではミステリーやサスペンス系の作品を取り上げることが多いので、今回は少し趣向を変え、恋愛小説をご紹介したいと思います。山田詠美さん『放課後の音符(キイノート)』です。

 

こんな人におすすめ

女子高生の恋愛模様を読みたい人

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「10分間ミステリー」 『このミステリーがすごい!』大賞編集部 編

芥川龍之介賞、直木三十五賞、吉川英治文学賞、山本周五郎賞・・・・・文壇には様々な文学賞があります。インターネットなどを経て人気を集める作家さんや作品も増えてきましたが、それでもやはりこうした文学賞には価値があるもの。権威ある賞の受賞をきっかけにデビューした作家さんは大勢います。

そんな文学賞の中で、私が一番注目しているのは『このミステリーがすごい!』大賞です。二〇〇二年に創設された新しい賞ですが、海堂尊さんの『チーム・バチスタの栄光』や柚月裕子さんの『臨床心理』、中山七里さんの『さよならドビュッシー』など、受賞を機にスターダムの仲間入りをした人気作家さんも多いです。今回は、そんな『このミステリーがすごい!』大賞受賞作家さんがずらりと並んだアンソロジーをご紹介します。『10分間ミステリー』です。

 

こんな人におすすめ

ショートショートが詰まった短編集が読みたい人

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「偽りの森」 花房観音

私が初めて京都を訪れたのは、高校の修学旅行の時です。あまり滞在時間が長くなかったため、清水寺や三十三間堂といった有名な観光地を数カ所回っただけですが、凛とした情緒溢れる佇まいが強く心に残りました。東京や大阪とはどこか違う雅やかな雰囲気、それこそが京都の魅力だと思います。

あの独特の雰囲気のせいか、京都を舞台にした小説は繊細さと濃厚さ、両方を併せ持つものが多い気がします。『源氏物語』などまさにその代表格ですし、映画化もされた渡辺淳一さんの『愛の流刑地』、サスペンスホラーの金字塔である貴志祐介さんの『黒い家』等々、ねっとりとした人間模様が迫ってくるような作品ばかりです。というわけで今回は、京都を舞台に濃密な愛憎劇が展開される小説をご紹介します。花房観音さん『偽りの森』です。

 

こんな人におすすめ

京都を舞台にしたドロドロの人間模様に興味がある人

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