一説によると、人類最古の職業は売春だそうです。実際にどうだったかは意見が分かれているようですが、相当に古い時代から存在した職業だということは事実の様子。人間の三大欲求である性欲に結び付いていること、体一つあれば就業可能なことがその理由なのかもしれません。
日本の場合、少なくとも万葉集の時代から売春が行われていたという記録が残っています。その時々で呼び方や就業形態は変わってきたようですが、現代では<女郎><遊女>という呼称がよく知られています。運と才覚に恵まれれば、花魁として上り詰めてお大尽すら袖にすることも、裕福な男に身請けされて贅沢三昧することも可能だった彼女達。と同時に、自由もなく借金漬けとなり、ひたすら体を酷使した挙句に働けなくなれば野垂れ死ぬしかなかった悲しい女性達です。今回は、そんな遊女たちの運命を描いた作品を取り上げたいと思います。宮木あや子さんの『花宵道中』です。
こんな人におすすめ
遊女たちの切なく悲しい物語に興味がある人

物語が幸せな結末を迎える<ハッピーエンド>、主要キャラクターが不幸になる<バッドエンド>、傍から見れば不幸だけど当事者は満足している<メリーバッドエンド>、これまでのすべてがリセット・一からやり直しとなる<世界再編成エンド>・・・・・物語には、様々な結末があります。このエンディングが素晴らしいか否かで、作品の評価が決まると言っても過言ではありません。
フィクション界隈において、私が好きなジャンルはホラー、イヤミス、サスペンス。昔からずっとそうで、周囲で片山恭一さん『世界の中心で、愛をさけぶ』が流行るのを横目に、私は五十嵐貴久さんの『リカ』を読んでいたものです。人目が気になって仕方ないお年頃だったので、あらすじを教えてと友達に言われ、口ごもったこともあったっけ。
図書館には<開架>と<閉架>の二種類があるケースが多いです。<開架>とは、図書館利用者が自分で書棚の間を行き来し、自由に本を取り出して読むことができる利用方式のこと。<図書館>という言葉を聞いて多くの人が思い浮かべるのは、こちらの形でしょう。
かつて、中国の思想家・荘子は言いました。「ものは見方によってすべてが変わる」。まったくもってその通りで、同じ物事でも、どういう立場から見るか、どういう人間の口で語られるかで、解釈が変わってきます。時には白と黒が反転することさえ珍しくありません。
暦の上では秋になり、店先に並ぶファッションアイテムも秋を意識したものが増えました。とはいえ、気候はまだまだ夏そのもの。半袖シャツも、帽子も、キンキンに冷えた飲み物も、当分手放せそうにありません。
人間の三代欲求は、<食欲><睡眠欲><性欲>と言われています。これを緊急度合という基準で考えると、強いのは睡眠欲、食欲、性欲の順なのだとか。人は睡眠欲や食欲が満たされないと、いずれ体力が尽きて死んでしまいますが、性欲は満たされなくてもすぐ死ぬことはありません。子孫繁栄にしたって、人工的な手段を使えば、欲求云々を抜きにしても可能と言えば可能です。そう考えると、これは確かに正しい順位なのでしょう。
小説にせよ漫画にせよ映画にせよドラマにせよ、フィクションの世界での恋愛は、女性メインのストーリーになりがちです。男性より女性の方が恋愛のあれこれに対する関心度合が高く、読者・視聴者として取り込みやすいからでしょうか。そして、メインターゲットが女性である以上、女性中心の物語にした方がより共感を呼ぶのかもしれません。
「恋愛にルールなんてない」「恋する気持ちを咎めることは誰にもできない」。小説内において、禁じられた恋に苦しむ登場人物達がしばしば口にする台詞です。まったくもってその通りで、好きという気持ちを否定したり、命令で動かしたりすることは不可能です。
好意を抱く、心惹かれる、ときめく、思いを寄せる・・・誰かに恋愛感情を抱く表現は色々ありますが、一番一般的なのは<恋に落ちる>という言い方だと思います。この表現の由来は不明ですが、理性ではどうにもならない心理状態にすっぽりはまる様子が<落ちる>と言い表されるのかもしれません。実際、恋が原因でのっぴきならない状態に陥ってしまった人は現実にも大勢存在します。