現在、インターネットは生活の至る所に浸透しています。一体いつからかは正確には分かりませんが、少なくとも私が大学生になる頃には、多くの人達が当たり前のようにネットで情報を検索したり、発言や創作物をネットに投稿したりしていました。ネットの危険性が声高に叫ばれるようになったのも、この頃からだと記憶しています。
不特定多数の、それも素性がよく分からない人たちと関わる性質上、ネットは一歩間違うと自分の首を絞める凶器になりかねません。と同時に、使い方次第では、自分の主張を世界に向けて発信し、本来なら知り合うことなどなかったはずの人達と知り合い、それによって社会を動かすことも可能です。せっかくこれほど便利なツールがあるのですから、こうした正しい使い方をしていきたいものですね。先日読んだ作品には、ネットを有効利用して戦う人たちが出てきました。櫛木理宇さんの『虎を追う』です。
こんな人におすすめ
冤罪が絡んだミステリーが読みたい人
三十年前に日本全土を震撼させた北蓑辺郡連続幼女殺人事件。二人組の男が逮捕されて死刑判決が下るものの、片方の男が無実を訴えたまま獄死する。元刑事の星野はこの事件に冤罪の匂いを感じ、定年退職後の自由な立場を利用して、記者や弁護士、大学生の孫らの力を借りつつ再調査を開始する。インターネットを利用した調査活動が、やがて社会全体の注目を集めるようになった矢先、突如届いた不審な小包。送り主は、事件の真犯人と思われる人物だった---――彼らは果たして真相を解明することができるのか。手に汗握るノンストップ・サスペンス
偶然ですが、最近、冤罪をテーマにした小説が立て続けに手元に回ってきます。重大な問題な分、取り上げる作家さんも多いのだと思いますが、本作が他作品と違うのは<冤罪を訴えている死刑囚二人組の内、一人はすでに病死した>という点でしょう。無実かもしれない人間を獄中で死なせてしまったという後悔、あと一人にも多くの時間は残されていないという焦り、だからこそ一刻も早く真相を明らかにしようという使命感。そんなあれこれがぎゅっと濃縮されて詰まっていて、終始ハラハラしっぱなしでした。
主人公の星野は、定年退職した元刑事。ある日、三十年前に起きた北蓑辺郡連続幼女殺人事件の犯人とされた二人組の内、一人が獄中で病死したという知らせを聞き、衝撃を受けます。実は星野は、逮捕当時からこの二人組は冤罪ではないかという疑念を抱いていたのです。現役時代はしがらみから動けなかったものの、今は退職した身で自由が効く。失った時間や命は戻らないが、真実を明らかにすることは今からでもできるかもしれない。覚悟を決めた星野は、マスコミや法曹関係者、さらに大学生の孫の力を借り、事件を再び調べ始めます。そこから浮かび上がってきたのは、容疑者二人組の不遇な人生、そして闇に葬られたあまりに惨い真実でした。
このあらすじから察せられるかもしれませんが、本作は非常に読者を選ぶタイプの作品です。何といっても、作中で発生する幼女連続殺人事件があまりに惨い。現代パートで主人公チームが事件を振り返る場面もキツいのですが、一番残酷なのは、各章の最後に挿入される真犯人のモノローグ。ここでは、犯人が幼い子どもをどんな風にいたぶり、じわじわ殺していったかが執拗に描かれていて、読み飛ばしたくなる人も多いかもしれません。櫛木さんの残虐描写が丹念なのは他作品からも分かりますが、本作はその中でも際立っていると思います。
それに、事件の犯人とされた二人組の人生も壮絶だったなぁ。生育環境など、本人には何の責任もない事情で社会に溶け込めず、つまはじきにされ、挙句に死刑囚になってしまった二人の胸中を思うと辛くて辛くて・・・この二人が、人生のどこかで、星野のように理性ある年長者に巡り合えていたらと思うと、やりきれなかったです。
と、こんな感じで過酷な描写の多い本作ですが、雰囲気自体が暗いかというとそうでもありません。真犯人以外の主要登場人物が、一部を除いて基本的に善人なせいか、櫛木作品にしては珍しくジメジメした陰鬱さが漂っていないんです。主役の星野はもちろん、協力者である孫の旭やその友人の哲、記者の小野寺や弁護士の片桐、テレビ局に勤める福永など、全員が行動力と良識を併せ持ち、各々が力を振り絞って真相解明に挑みます。明朗快活な旭に読者人気が集まりそうですが、個人的にはその幼馴染の哲が好きですね。彼は頭脳明晰ながら、独善的な叔母に生活すべてを支配され、その重圧から引きこもりになってしまったというキャラクター。彼が二人の死刑囚に「彼らは俺だ」と共感し、調査活動を通じて外の世界に踏み出していく姿はとても清々しかったです。
で、この調査活動で重要な要素となるのが、前述したインターネットです。自分たちが民間人に過ぎないことを理解している星野らは、ネットを通じて調査の様子をリアルタイムで配信し、世論を動かそうとします。当然、最初はまったく注目されないわけですが、これは予想の範囲内。では、どうすれば注目を集められるのか。ここでネット文化に詳しい旭&哲が知恵を絞り、アンチが出ることを想定した上でイラスト、漫画、動画などを使って少しずつフォロワーを集めていきます。この辺りの展開はすごく練り込まれていてスピーディ。危険性が取り上げられがちなインターネットですが、本来はこういう風に有効活用すべきなんだよなと、改めて実感させられました。
繰り返しますが、子どもへの凄まじい暴力シーンなど、グロテスクな箇所も多いです。万人受けする内容ではないかもしれませんが、ハマる人にとっては夜を徹してでも一気読みしたいほどハマる作品だと思います。ちなみに、『ぬるくゆるやかに流れる黒い川』に出てきた今道がちらっと登場するので、興味ある方は探してみてください。
調査の方法が現代的!度★★★★☆
万事解決後のエピローグに戦慄・・・度★★★★★
容赦ないドス黒さ、凄惨極まりない描写に娘に頭が上がらない元刑事の親しみやすいサザエさんのような家族関係のバランスが良かったです。
危ないことをしてりるのが、ばれて孫と一緒のクドクドと叱られて娘の夫がフォローに入る場面が特に面白かったです。
元刑事星野の刑事としての経験と知識に孫と友人のネット、動画を使った新旧の知識の組み合わせにマスコミを使った見事なチームプレイは読んでいてワクワクしました。
それでも犯人の壮絶な人生、事件のグロテスクな様子など流石に櫛木理宇さんの持ち味が出て、意外な犯人たちの事情にも驚きました。
最近冤罪をテーマにした作品も増えましたね。
ネットやマスコミを上手く使うことで冤罪を防ぐことも出来るのだろうか?そんなことをふと思いました。
何かと危険性ばかり取り沙汰されがちなネットの有益性がうまく表現されていたと思います。
櫛木作品にしては珍しく、主人公とその関係者に善人が多いところも良かったですね。
ラストの不穏な感じは怖かったですが・・・