サスペンス

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「ウバステ」 真梨幸子

もともとは、飲食店などを一人で利用する客を指す言葉<おひとり様>。それが二〇〇〇年代に入った頃から<一人で生きている自立した大人><同居人がおらず、一人で暮らす人>といった意味で使われるようになりました。流行語大賞にノミネートされたり、ベストセラー書籍のタイトルに使われたりしたこともあり、すっかり世の中に定着した感がありますね。

おひとり様という言葉自体は、男女共に使っていいものですが、比率で言えば女性に対して使われることが多いのではないでしょうか。それはフィクションの世界においても同様で、シングル女性の自立した生き方を応援する、前向きな<おひとり様>作品はたくさん存在します。でも、この方の作品の場合、あっさりといい話にはしてくれないんですよ。今回取り上げるのは、おひとり様の泥沼人間模様を描いたイヤミス、真梨幸子さん『ウバステ』です。

 

こんな人におすすめ

おひとり様の老いをテーマにしたイヤミスに興味がある人

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「マザー」 乃南アサ

<女三界に家なし>という言葉があります。<三界>とは仏教用語で<全世界>のこと。「女は子どもの頃は親に従い、結婚してからは夫に従い、老いてからは子どもに従うもので、世界のどこにも落ち着ける場所などないのだ」という意味だそうです。「そんな状態はおかしいから、決して甘んじてはいけないよ」と続くわけでもなく、ここで終わりというところに、旧来の価値観の恐ろしさを感じます。

こんな考え方はもう過去のものだ!と言いたいところですが、残念ながら、そうとも言い切れない現実があることは事実。特に<母親>に対しては、時として同性からも我慢と忍耐を強いられる傾向にある気がします。女であることに加え、親としての責任が生じるからでしょうか。とはいえ、上記の教えが生まれたのは二千年以上前だからもうどうしようもないけれど、現代の女がそうそう服従してばかりとは思えません。あんまり母親を舐めていると、予想外の事態に出くわしてしまうかも・・・・・今回ご紹介するのは、そんな驚愕の事態を描いた短編集、乃南アサさん『マザー』です。

 

こんな人におすすめ

家族をテーマにしたイヤミスに興味がある人

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「契約」 明野照葉

子どもの頃、<契約>というのはものすごく複雑かつ高度なもので、身近には存在しないと思っていました。漫画やドラマの中で、社運を賭けたプロジェクトに挑む会社員が契約書を取り交わしたり、悪徳商人に売り飛ばされた主人公が奴隷契約を結ばされたり、悪魔に願いを叶えてもらうのと引き換えに魂を渡す契約を結んだり・・・・・ただの<約束>とは違う仰々しさを感じていたものです。

ですが、成長した今になって考えてみると、契約とはそれほど物々しく現実離れしたものではありません。それどころか、日常生活の至る所に契約は溢れています。店で物を買うのだって一種の契約ですし、新しくサイトに登録したりアプリをダウンロードしたりする時に契約書が表示されることもしょっちゅうです。これほど機会が多いと、契約というものに対するハードルが低くなってしまいがちですが・・・・・その契約、本当に結んで大丈夫ですか?契約書の内容、ちゃんと読んでいますか?この作品を読んだ後は、気軽に契約を結ぶことができなくなってしまうかもしれません。明野照葉さん『契約』です。

 

こんな人におすすめ

女性の執念を描いたサスペンスが読みたい人

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「死蝋の匣」 櫛木理宇

<死蝋>という現象をご存知でしょうか。これは遺体が腐敗菌の繁殖を免れ、かつ、長期間に渡って外気との接触を遮断された結果、蠟状ないしチーズ状に変化したもののことを指します。時として意図せず遺体が死蝋化することもあり、最古のものとしては、紀元前四世紀に生きていた男性の遺体が死蝋となって発見されています。

死蝋化自体は単なる現象の一つなのですが、<遺体が蝋orチーズ状になる>というインパクトある性質のせいか、フィクションにおいては、禍々しい状況下で登場することが多いです。何しろ西洋には、絞首刑になった人間の片手を死蝋化させ、ロウソクをくっつけた<栄光の手>なる呪具が存在するぐらいですから、何かしら人知を超えたオーラのようなものを感じてしまうのかもしれません。この作品での死蝋の使われ方も、非常に衝撃的でした。櫛木理宇さん『死蝋の匣』です。

 

こんな人におすすめ

・猟奇殺人をテーマにしたイヤミスに興味がある人

・『元家裁調査官・白石洛シリーズ』のファン

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「ホテル・ピーベリー」 近藤史恵

私が人生で初めて行った外国はハワイです。特大サイズの料理に、日本のそれとは色合いが違う海や浜辺、華やかな民族衣装を着た現地の人々・・・ドラマや漫画で見るような光景にワクワクしっぱなしだったことを覚えています。

とはいえ、どの国もそうであるように、ハワイは桃源郷というわけではありません。人間が集まって暮らしを営む以上、暗い面や怖い面があって当然です。先日読んだ小説では、ハワイの明るい陽射しの下、冷ややかで薄暗い人間模様が繰り広げられていました。今回は、近藤史恵さん『ホテル・ピーベリー』を取り上げたいと思います。

 

こんな人におすすめ

・ハワイが登場する小説に興味がある人

・海外が舞台のサスペンスが好きな人

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「教祖の作りかた」 真梨幸子

巷でよく言われる話ですが、日本人は宗教に対するハードルが低い民族です。何しろ国内に存在する神様の数は八百万。仏教やキリスト教の宗教施設がご近所同士ということも珍しくなく、カレンダーを見れば世界各国の宗教行事が目白押し。「宗教?まあ、各自で好きなように信じればいいじゃん」という風土があります。身びいきかもしれませんが、こういう精神性って大好きです。

それは創作の世界においても同様で、日本人をメインに据えた作品の場合、「そんな理由で宗教と関わっちゃうの!?」と驚かされるケースも珍しくありません。荻原浩さんの『砂の王国』なんて、その代表例と言えるでしょう。それから、今日ご紹介する作品もそうでした。真梨幸子さん『教祖の作りかた』です。

 

こんな人におすすめ

色と欲に満ちたイヤミスが読みたい人

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「聖家族のランチ」 林真理子

私の個人的な意見ですが、フィクション世界におけるジャンルの中で、<ホラー>というのはやや特殊な位置付けにある気がします。作品に求められるのは、<恐怖><怖気><震撼>といったネガティブな感情。最近はホラーも細分化してきて、ミステリー的な謎解きがあったり、恋愛要素が絡んだりするケースも多々ありますが、根本にあるのが<恐ろしさ>という点は変わりません。

そのせいかどうなのか、色々なジャンルに挑戦されている作家さんでも、「ホラーだけはまだ・・・」ということが一定数あるように思います。その一方、「〇〇先生、ホラー初挑戦!」というような作品は、普段とは違う、新鮮なカタルシスをもたらしてくれることもしばしばです。この作品を読んだ時も、相当な衝撃でしたよ。林真理子さん『聖家族のランチ』です。

 

こんな人におすすめ

家族の崩壊をテーマにしたホラーが読みたい人

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「鬼の哭く里」 中山七里

因習ミステリー、因習サスペンス、因習ホラー・・・悪しき習慣をテーマにした作品は、こうした呼ばれ方をすることが多いです。都会ではダメというわけではないのでしょうが、設定の都合上、閉鎖的な田舎が舞台となる傾向にあるようですね。行動の不自由さ、人間関係の濃密さ、外部からの情報伝達の遅さなどが、作品の陰湿な雰囲気を盛り上げてくれます。

この手の作品で大事なのは、いかに魅力的な因習を作り出すかということ。横溝正史御大の『金田一耕助シリーズ』は言うに及ばず、三津田信三さんの『のぞきめ』といい道尾秀介さんの『背の眼』といい、読者を惹きつけてやまない因縁話が登場しました。それから、この話に出てくる因習もなかなかのものでしたよ。中山七里さん『鬼の哭く里』です。

 

こんな人におすすめ

限界集落を舞台にした因習ミステリーが読みたい人

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「骨と肉」 櫛木理宇

血が繋がった肉親同士が争うことを<骨肉の争い>と呼びます。<骨肉>とは<骨と肉のような間柄>を指すとのことで、推察するに<極めて身近な、生死を共有することもあり得る関係>という意味でしょう。文字からして血生臭さが漂ってくるようで、先人の表現って秀逸だなと感心させられます。

人類にとって不変の問題なだけあり、骨肉の争いをテーマにした作品はたくさんあります。古くはシェイクスピアの『リア王』、ちょっとユーモラスな雰囲気なら明野照葉さんの『骨肉』、ホラー寄りなら三津田信三さんの『刀城言耶シリーズ』等々、様々な状況下で肉親同士が生々しい争いが繰り広げられてきました。どんなトラブルだろうと、フィクションと思えばそれなりに面白く読めてしまうのが人情というもの。とはいえ、先日読んだ作品の骨肉の争いは、あまりに酷すぎてフィクションと分かっていても辛かったです。櫛木理宇さん『骨と肉』です。

 

こんな人におすすめ

劣悪な家庭問題をテーマにしたサスペンスに興味がある人

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「斬首の森」 澤村伊智

私は読む本を選ぶ時、必ずあらすじをチェックします。「好きな作家さんの作品は事前情報ゼロで楽しみたい!」という方も多いのでしょうが、私は大まかなところを把握してから読み始めたいタイプ。ばっちり好みに合いそうな話だった時は、読書前のワクワク感もより高まります。

ですが、世間には、あらすじからは予想もつかないような方向に進んでいく作品も存在します。私がこの手の作品で真っ先に思いつくのは、鈴木光司さんの『リングシリーズ』。おどろおどろしいジャパニーズホラーかと思いきや、続編『らせん』『ループ』と進むにつれてどんどん新事実が発覚し、SF小説の様相を呈してくる展開が衝撃的でした。それからこの本も、あらすじから想像していた話とは全然違う方向に進んでいきます。澤村伊智さん『斬首の森』です。

 

こんな人におすすめ

予想もできないようなホラーミステリーが読みたい人

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