サスペンス

はいくる

「夜夢」 柴田よしき

<夜>という時間帯には二つの顔があります。一つは、太陽の光が消え失せ、(場所にもよりますが)昼と比べて人気が少なくなり、なんとなく不気味さや心細さを感じさせる顔。キリスト教において夜は神の救済が届かない闇の領域ですし、日本神話でも、ツクヨミという神が殺生を犯して追放されたことで夜の世界が生まれたとされています。その一方、夜には安らぎや落ち着きを感じさせる顔もあります。実際、一日の仕事を終えて自宅で寛いだり、眠ったりできる夜が一番好きという人は結構いるのではないでしょうか。

夜をテーマにした小説は数えきれないほどありますが、私が印象に残っているのは赤川次郎さんの『夜』と、恩田陸さんの『夜のピクニック』。前者は大地震で孤立した人々の夜を描くパニックサスペンス、後者は<歩行祭>という行事を通して成長していく高校生達を描いた青春小説でした。どちらも読み応えある良作ですが、そこそこボリュームがあるため、空き時間にさらりと読むには不向きかもしれません。というわけで今回は、夜をテーマにした読みやすい短編集を取り上げたいと思います。柴田よしきさん『夜夢』です。

 

こんな人におすすめ

人の業を描いたホラー小説が読みたい人

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「崩れる 結婚にまつわる八つの風景」 貫井徳郎

結婚については、世界各国の偉人達が様々な名言を残しています。「人類は太古の昔から、帰りが遅いと心配してくれる人を必要としている」と言ったのはマーガレット・ミード、「右の靴は左足には合わない。でも両方ないと一足とは言えない」と言ったのは山本有三、「あなたがもし孤独を恐れるならば、結婚すべきではない」と言ったのはチェーホフ、「恋は人を盲目にするが、結婚は視力を戻してくれる」と言ったのはリヒテンベルクです。温かいものもあれば皮肉の効いたものもありますが、そもそも結婚自体、良い面と悪い面の両方を持つものなのでしょう。

現実の結婚が幸福なものであってほしいのは言うまでもありませんが、フィクションの世界ならば、結婚にまつわるトラブルは物語を盛り上げるスパイスにもなり得ます。秋吉理香子さんの『サイレンス』、垣谷美雨さんの『結婚相手は抽選で』、辻村深月さんの『傲慢と善良』等々、主人公が結婚を意識したことで事件や騒動に巻き込まれる小説はたくさんありますね。今日ご紹介する小説を読んだら、結婚するのがなんだか怖くなってしまうかもしれません。貫井徳郎さん『崩れる 結婚にまつわる八つの風景』です。

 

こんな人におすすめ

結婚をテーマにしたサスペンス短編集が読みたい人

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「欺瞞の殺意」 深木章子

<手紙>という文化が成立したのは、中国、漢の時代だそうです。当時は木札に文章を書いていたんだとか。日本でも、平安時代には貴族が紙に文字を書いてやり取りを交わしています。直接相手と対面せずともコミュニケーションを取れる手紙は、かつて、何より大事な伝達手段だったのでしょう。

現代には、電話はもちろん、メールやSNS、Skypeといった様々なコミュニケーションツールが存在します。どれもこれも、利便性という点では手紙を上回るかもしれません。ですが、手紙という存在が消えることはないと思います。直接手で文章を作り、相手とやり取りする。そんな手紙でしか伝えられない思いもあるからです。今回取り上げるのは、深木章子さん『欺瞞の殺意』。手紙の特性を活かした精緻なミステリーでした。

 

こんな人におすすめ

二転三転するミステリー小説が読みたい人

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「天に堕ちる」 唯川恵

好意を抱く、心惹かれる、ときめく、思いを寄せる・・・誰かに恋愛感情を抱く表現は色々ありますが、一番一般的なのは<恋に落ちる>という言い方だと思います。この表現の由来は不明ですが、理性ではどうにもならない心理状態にすっぽりはまる様子が<落ちる>と言い表されるのかもしれません。実際、恋が原因でのっぴきならない状態に陥ってしまった人は現実にも大勢存在します。

当然、容易く抜け出せない恋愛をテーマにした小説も数えきれないほどあります。辻仁成さんの『サヨナライツカ』、東野圭吾さんの『夜明けの街で』、山本文緒さんの『恋愛中毒』など、三十代以上の男女を主人公にした、どちらかというと大人向けの作品が多いですね。今回ご紹介する小説にも、どうにもならない恋の沼にはまりこんでしまった男女が出てきます。唯川恵さん『天に堕ちる』です。

 

こんな人におすすめ

泥沼のような恋愛模様を描いた短編集が読みたい人

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「坂の上の赤い屋根」 真梨幸子

今、人類は一丸となってコロナウィルスと戦っています。世界各国ではロックダウンの措置が講じられ、オリンピックは延期となり、日本でも非常事態宣言の発令や衛生用品の買い占めなど、平時では考えられなかった事態が次々起こっています。毎日ニュースを見るたび、ウィルスの恐ろしさを実感するとともに、不眠不休で働いてくれている医療従事者や物流業界の方々に頭が下がる思いです。

ですが、嬉しい知らせを聞くこともあります。国内の感染者数は今のところ減少傾向にありますし、非常事態宣言は解除され、以前の日常が戻りつつあると感じる機会も増えました。もちろん、まだまだ油断は禁物ですが、一時の酷い状況を思えば、いい傾向と見ていいでしょう。本好きの私としては、ずっと休館中だった図書館でまた本が借りられるようになったことが嬉しいです。特にこの本は発売前からチェックしていたこともあり、受け取った時は思わずガッツポーズしてしまいました。真梨幸子さん『坂の上の赤い屋根』です。

 

こんな人におすすめ

猟奇殺人事件をめぐるイヤミスが読みたい人

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「人影花」 今邑彩

小説の好き嫌いを判断する一番大事な要素は、当然<内容>だと思います。どんなに装丁やタイトルが秀逸でも、内容がつまらなければ何の意味もありません。それほど大事な内容と比べると、重要度という意味では劣るかもしれないけれど、ビビッと好みにマッチすると嬉しいもの、それが<イラスト>です。

私には、「この人がイラストを担当していたら、とりあえずあらすじをチェックする」というイラストレーターさんが何人かいます。その中の一人が北見隆さん。別にグロテスクでも何でもないにも関わらず、どこか不気味さを感じさせる画風が大好きなんですよ。思い込みかもしれませんが、この方が装画や装丁を担当している小説も私好みのものばかり。恩田陸さんの『麦の海に沈む果実』、岸田るり子さんの『密室の鎮魂歌』、西澤保彦さんの『夢は枯れ野をかけめぐる』等々、どれも面白かったです。今回取り上げるのは、今邑彩さん『人影花』。ゾッとさせられる作風と、北見さんのイラストの雰囲気がぴったり合っていました。

 

こんな人におすすめ

皮肉の効いたホラーミステリー短編集が読みたい人

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「虎を追う」 櫛木理宇

現在、インターネットは生活の至る所に浸透しています。一体いつからかは正確には分かりませんが、少なくとも私が大学生になる頃には、多くの人達が当たり前のようにネットで情報を検索したり、発言や創作物をネットに投稿したりしていました。ネットの危険性が声高に叫ばれるようになったのも、この頃からだと記憶しています。

不特定多数の、それも素性がよく分からない人たちと関わる性質上、ネットは一歩間違うと自分の首を絞める凶器になりかねません。と同時に、使い方次第では、自分の主張を世界に向けて発信し、本来なら知り合うことなどなかったはずの人達と知り合い、それによって社会を動かすことも可能です。せっかくこれほど便利なツールがあるのですから、こうした正しい使い方をしていきたいものですね。先日読んだ作品には、ネットを有効利用して戦う人たちが出てきました。櫛木理宇さんの『虎を追う』です。

 

こんな人におすすめ

冤罪が絡んだミステリーが読みたい人

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「クリスマス・プレゼント」 ジェフリー・ディーヴァー

メリークリスマス!今年もクリスマスがやって来ました。この時期は街のあちこちにクリスマスツリーやリースが飾られ、クリスマスソングが流れます。キリスト教徒でなくても、なんとなくウキウキする人が多いのではないでしょうか。

そんな雰囲気のせいか、クリスマスをテーマにした小説は、心温まるヒューマンストーリーが多いです。チャールズ・ディケンズの『クリスマス・キャロル』はもちろん、有川浩さんの『キャロリング』や伊坂幸太郎さんの『クリスマスを探偵と』、百田尚樹さんの『聖夜の贈り物』など、どれも希望と未来のある名作でした。たぶん、こういうヒューマンストーリーを取り上げるサイトは山ほどあると思うので、ここではあえてブラックな作品を取り上げたいと思います。ジェフリー・ディーヴァー『クリスマス・プレゼント』です。

 

こんな人におすすめ

どんでん返しのあるミステリー短編集を読みたい人

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「猫と魚、あたしと恋」 柴田よしき

「最近疲れて病んでるんだよね」「あの人、ヤバいよ。壊れてるって」そんな会話を交わしたことがある人も多いのではないでしょうか。<病む>とか<壊れる>とかいう言い方は、気軽に使われることがけっこうあります。私自身、簡単に「めっちゃ病み気味なんだ」とか言っちゃう方かもしれません。

ですが、本当に<病んで><壊れた>人間がいた場合、この言葉はとても重くなります。それは、スティーブヴン・キングの『ミザリー』や五十嵐貴久さんの『リカ』などを読めばよく分かりますね。この短編集にも、それぞれの理由で壊れてしまった女性たちが登場します。柴田よしきさん『猫と魚、あたしと恋』です。

 

こんな人におすすめ

女性中心の心理サスペンス小説が読みたい人

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「灼熱」 秋吉理香子

サスペンス、ホラー、ハードボイルドなどの創作物の場合、<なぜそういう状況になったのか>という設定作りが重要です。登場人物たちは日常とはかけ離れた世界に身を投じるわけですから、あまりにぶっ飛んだシチュエーションだと、読者が感情移入できません。例えばパニックアクション作品で<大災害>という設定を持ってくると、「確かに、こういう非常事態が起こったら、人間はこういう行動を取るかもな」と想像しやすいわけです。

こうした設定の王道パターンとして<復讐>があります。自分自身や大事な相手が傷つけられ、その復讐のため過酷な世界に身を投じる主人公。こういう状況は読者の同情を集め、主人公が道に外れた行いをしても「あれだけのことをされたんだから、気持ちは分かる」と共感されます。『巌窟王』や『嵐が丘』が今なお世界的名作として読み継がれているのは、そんな理由があるからかもしれません。最近読んだ小説も、一人の女性の悲しい復讐劇でした。秋吉理香子さん『灼熱』です。

 

こんな人におすすめ

愛憎絡んだサスペンス小説が読みたい人

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