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「ママにグッバイ」 ハイラ・コールマン

小学校高学年から中学生にかけて、海外の児童小説にハマった時期があります。友達とのパジャマパーティー、珍しいアイスやケーキ、信じられないくらい長い夏休み、ボーイフレンドと出かけるダンスパーティー・・・外国ではこんなお洒落な生活が送れるのかと、うっとりしながら読みふけったものです。

もっとも、きらきらしているだけに見えたのは私の読み方が浅かったからで、しっかり内容を考えれば、そうそう甘いことばかり書いていたわけじゃなかったと分かります。イリーナ・コルシュノフの『ゼバスチアンからの電話』では世代を超えたジェンダー問題を、ウィロ・デイビス・ロバーツの『ねじれた夏』では田舎の入り組んだ人間関係を、キット・ピアソンの『丘の家、夢の家族』ではネグレクトに苦しむ子どもの戦いを、とても丁寧に描いていました。今回取り上げる小説も、改めて内容について考えてみた時、その深さと重さに驚いた記憶があります。ハイラ・コールマン『ママにグッバイ』です。

 

こんな人におすすめ

毒親問題に関心がある人

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「聯愁殺」 西澤保彦

<多重解決ミステリー>と呼ばれるミステリー作品があります。これは、複数の探偵役が試行錯誤・推理合戦を繰り返しながら真相に迫っていくタイプのミステリーのこと。傑出した天才名探偵がいないことが多い分、探偵役に感情移入がしやすい上、新説が披露されるたび新たな驚きと楽しみを味わうことができます。

多重解決ミステリーの例を挙げると、歌野晶午さんの『密室殺人ゲームシリーズ』、辻村深月さんの『冷たい校舎の時は止まる』。海外作品なら、アントニイ・バークリーの『毒入りチョコレート事件』などが有名です。そして、この手の作品なら、やっぱり西澤保彦さんを外すことはできません。今回ご紹介するのは『聯愁殺』。多重解決ミステリーの醍醐味を存分に堪能できました。

 

こんな人におすすめ

多重解決ミステリーを読みたい人

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「そこに無い家に呼ばれる」 三津田信三

鏡にだけ映る人影、無人の部屋から聞こえるすすり泣き、捨てたはずなのに戻ってくる人形・・・ホラー作品の定番といえる設定ですが、これらには共通点があります。それは<ないはずのものが在る>ということ。自分以外誰もいないはずなのに鏡に人影が映ったり、空室から人の声が聞こえたりしたとすれば、その恐ろしさは想像を絶するものがあります。

では、<あるはずのものがない>ならばどうでしょうか。それだって十分不気味なはずですが、どういう状況かぱっと思い浮かびにくい気がします。というわけで、今回ご紹介するのはこちら。三津田信三さん『そこに無い家に呼ばれる』。本来そこにあって然るべきものがない・・・そんな怖さをたっぷり味わえました。

 

こんな人におすすめ

・幽霊屋敷を扱ったホラー短編集が読みたい人

・実話風ホラーが好きな人

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「私たちが星座を盗んだ理由」 北山猛邦

図書館大好き人間の私が、しばしば意識してしまうこと。それは<蔵書整理>です。本がきちんと整えられ、利用しやすくなるのは有難いのですが、時々、好きだった蔵書がなくなることがあるのです。汚れが激しいので処分されたのか、収納スペースに余裕がある別の図書館に移したのか・・・詳細は分かりませんが、再読しようと思った本が見つからず、データベースで検索して「ここの図書館に置いてない!この前まであったのに!」となった時の落胆は、何度も経験したいものではありません。

反対に、「あれ、この本が入ってる。新刊でもないし、前はなかったのに」という嬉しい驚きもあります。あれって、違う図書館から回ってきたか、寄贈されたかなのでしょうか?以前は遠方の図書館から時間をかけて取り寄せてもらわなくてはならなかった本が、好きな時に手に取れるようになると、一気にテンションが上がります。この本も、図書館の本棚で見つけた時は「おおっ」と前のめりになってしまいました。北山猛邦さん『私たちが星座を盗んだ理由』です。

 

こんな人におすすめ

苦い後味のミステリー短編集が読みたい人

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「特殊清掃人」 中山七里

人が誰にも看取られることなく病気・事故等で死亡することを<孤独死>といいます。死に方の性質上、場所は主に当人の自宅なのだとか。概念自体は明治時代から存在していましたが、注目されるようになったのは一九九五年の阪神淡路大震災後からだそうです。被災者が自宅等で誰にも気づかれないまま死亡する事態が問題視され、それに伴い、これまで<自然死>の一言で片づけられてきた孤独死に関心が集まるようになりました。

孤独死の多くは病気や怪我が原因であり、事件性が考慮されることはあまりありません。ですが、人一人が一生を終える。誰かに寄り添われることなく、すべてを胸に秘めたままひっそりと死ぬ。そんな場所に、思いが残らないなどということがあるでしょうか。今回取り上げるのは、孤独死から浮かび上がる思いをテーマにした小説です。中山七里さん『特殊清掃人』です。

 

こんな人におすすめ

特殊清掃業がテーマの小説に興味がある人

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「なんとかしなくちゃ。青雲編」 恩田陸

とある人物の生涯について書いた本を<一代記>といいます。主人公は実在の人物のこともあれば架空の人物のこともありますが、どちらにせよ社会を大きく動かす出来事に関わったり、歴史上の人物に出会ったりと、波乱万丈な人生を送ることが多いです。最近の作品では、森絵都さんの『みかづき』や柚木麻子さんの『らんたん』などが挙がるでしょう。

しかし、人間、歴史上のビッグイベントに関わる機会がそうそうあるわけではありません。全体的な比率でいえば、波乱万丈とは程遠い、平々凡々な人生を送る人の方がきっと多いはずです。そんな人間の人生を描いた小説はつまらないでしょうか。それがそうとも言い切れないと、この作品が証明してくれました。恩田陸さん『なんとかしなくちゃ。青雲編』です。

 

こんな人におすすめ

問題解決に邁進する女性の一代記が読みたい人

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「変な絵」 雨穴

ミステリーやホラーの分野に登場しがちなアイテムといえば、鏡や鍵。それから、<絵>も結構な頻度でキーアイテムとなっている気がします。一枚の絵で一つの世界が表現できること、小説と違って視覚に訴えかけられることが多用される理由でしょうか。

絵が重要な使われ方をする小説と言えば、ダン・ブラウンによる『ダ・ヴィンチ・コード』が世界的に有名です。原作自体も十分耳目を集める有名作品ですが、トム・ハンクス主演で映画されたことでさらに知名度を上げました。それから国内作品としては、原田マハさんの『楽園のカンヴァス』『暗幕のゲルニカ』などを挙げる方も多いでしょう。個人的には、今日取り上げる作品も、上記の名作と肩を並べられるくらい面白いミステリーだと思います。雨穴さん『変な絵』です。

 

こんな人におすすめ

不気味な絵が絡んだミステリーに興味がある人

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「事件は終わった」 降田天

物事の、中でも悲惨な物事の終わりとはいつでしょうか。たとえば戦争だとしたら、当事者間で終戦の合意がなされた時?自然災害だとしたら、避難生活が終わり、被災した人達が自宅で普通に暮らせるようになった時?幸せな出来事ならば永遠に続いてくれていいけれど、不幸な出来事ならはっきり終わってほしいと思うのが人情というものです。

しかし、悲しいかな、不幸な出来事であればあるほど、長く続いてしまうのが世の常。戦争や災害、凶悪犯罪などの場合、出来事そのものは終わっても、巻き込まれてしまった人達の心身の傷はそう簡単には癒えません。「もう終わったことなんだから忘れなさい」と言えるのは、きっと部外者だからこそでしょう。今回は、とある犯罪と、そこに関わってしまった人達の苦しみをテーマにした作品をご紹介します。降田天さん『事件は終わった』です。

 

こんな人におすすめ

心の傷と再生を描いたヒューマンストーリーが読みたい人

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「息子のボーイフレンド」 秋吉理香子

LGBT問題は、もはや単語を見聞きしない日はないと言っても過言ではないくらい、社会全体で一般的なテーマとなりました。簡単に説明しておくと、LGBTとはレズビアン、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダーの四つの単語の頭文字を組み合わせた表現です。日本におけるパートナーシップ制度のように、彼らの権利を保護する制度・法律もできている一方、悲しいかな、理不尽な差別の対象となることも少なくありません。

ただ、人種差別や性差別といった差別問題と、LGBTに対する差別とでは、一つ、大きな違いがあると思います。それは<本人が隠そうと思えば隠すことも不可能ではない>ということ。実際、LGBTの方々が、様々な事情から自身の性的指向・性自認を隠して生活するケースも多いと聞いたことがあります。自分を偽らず、正直に伸び伸びと生きるのが一番。そう分かってはいても、それを実行するのが難しいのが現実というものなのでしょう。この作品を読んで、本当の自分を受け入れることの意味について考えさせられました。秋吉理香子さん『息子のボーイフレンド』です。

 

こんな人におすすめ

LGBT問題をユーモラスに描いた家族小説が読みたい人

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「5分で読める!ひと駅ストーリー 猫の物語」 このミステリーがすごい!編集部

コロナが流行り、自粛生活を強いられるようになってから、巷では猫ブームが起こったそうです。犬と違って散歩不要、過度に構ってやる必要もなく、マーキングの習性がないからトイレも楽、家にこもりきりの生活に癒しが生まれる・・・確かに一見、いいことだらけのように思えます。

しかし、生き物を飼うということは、そんなに気楽なものではありません。何しろ相手はぬいぐるみではなく、平均で十年以上生きる生き物です。思い通りにいかないこと、困らせられることなど山ほどあるでしょうし、身も蓋もない話、安くないお金もかかります。「それでも猫でしょ。飼うなんて楽ちん楽ちん」などと思う方、この作品を読めば猫を甘く見る気持ちなど吹っ飛ぶかもしれませんよ。「このミステリーがすごい!」編集部による『5分で読める!ひと駅ストーリー 猫の物語』です。

 

こんな人におすすめ

猫をテーマにしたアンソロジーが読みたい人

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