日本国内において、小説は単行本出版→数年経ってから文庫化という流れになることが多いです。出版社にしてみれば、まず儲けが出る単行本を出し、人気・評価が安定した頃を見計らって文庫版を出版した方が、高い収益を見込めるのでしょう。単行本より文庫の方が安いし、収納スペースも小さくて済むし、持ち運びもしやすいから、買うならやっぱり文庫版で!!という方は、将来の文庫化を楽しみに待つしかありません。
かくいう私も、文庫化を楽しみにしている方です。その理由は、前述した値段や場所の問題に加えてもう一つ。文庫化に当たって、単行本未収録の短編やあとがきが追加されることがしばしばあるからです。昔から、こういうボーナス要素に弱い人間なんですよ。今回取り上げる作品にも、文庫化の際、短編が一話追加されていてお得感ありました。百田尚樹さんの『幸福な生活』です。
こんな人におすすめ
ラスト一行の衝撃が売りの短編小説に興味がある人

年を取るにつれて、悲しいかな、本のタイトルとあらすじだけでは既読か未読か判断できないということが増えました。「好きな作家さんの著作一覧に、覚えのない本がある!新刊の時に気づいていなかったかな?」と思い、図書館でウキウキ借りたところ、実はもう読んでいたということもしばしばです。二十代くらいまでは、こんなことなかったんだけどなぁ・・・
フィクションの世界には、魅力溢れる主人公がたくさん登場します。そして、主人公が強烈な個性の持ち主だった場合、その家族もまた印象的なキャラクターだというパターンがしばしばあります。この場合、家族をメインに据えたスピンオフが生まれやすく、読者としては二度美味しいですね。
フィクションの世界においては「え、このジャンルをまとめちゃうの?それで作品は成り立つの?」という組み合わせがしばしば存在します。私が過去一番驚いた組み合わせは、実写映画化もされた海外小説『高慢と偏見とゾンビ』。古典恋愛とゾンビホラーを組み合わせるという荒業ぶりでしたが、予想以上に面白かったです。つまるところ、<絶対にそぐわない組み合わせ>などというものは、この世に存在しないのでしょう。
ホラー作品の定番シチュエーションの一つに<謎の多いアルバイトをする>というものがあります。<家や学校といった日常生活の場を離れる><金銭を得る以上、多少不可解なことがあっても我慢してしまう><正社員に比べると、就労環境に対する事前確認が甘くなりがち>といった、ホラーにぴったりの要素を揃えやすいからでしょうか。好条件のアルバイト先に出向いてみると、意味不明な仕事を任される。さらにそこに奇妙なルールや禁止事項を加えれば、あら不思議、王道をいくザ・ホラーの出来上がりです。
名作、傑作、凡作、駄作、迷作・・・すべて、作品の出来を評価する言葉です。こういうことに唯一絶対の正解はありませんから、ある人にとっての名作が、ある人にとっては駄作となることも決して珍しくありません。レビューサイトなどで十人十色の感想を読み比べるのも、なかなか楽しいですよ。
「正義の反対は悪ではない。また別の正義」。ネット上でも頻出するフレーズなので、見聞きしたことのある方も多いのではないでしょうか。『クレヨンしんちゃん』で野原ひろしが言ったとされがちですが、本当に作中にそういう場面があるかどうかは未確認。実際は、ゲーム『パワプロクンポケット7』で、登場人物の一人が言った台詞が元ネタのようです。
以前、インターネット上で<特に理由はないけど、なぜか不安になる写真>という特集を見たことがあります。夜霧に包まれた児童公園や建設中の無人の駅、倉庫の中にずらりと並ぶマネキン人形、夕焼けで赤く染まるシャッター通りと化した商店街など、なんとなく胸がざわつく写真の数々が印象的でした。
フィクション作品には<どんなクライマックスを迎えるか、早く知りたいもの>と<いつまでもストーリーを追い続けたいもの>の二つがあると思います。何をもってそう判断するかは人それぞれなのでしょうが、私の場合、前者は圧倒的にミステリーやホラー作品。早くオチでびっくりさせてほしい一心で、寝る間も惜しんで終盤まで一気読みすることもしばしばです。
時節柄というべきか、最近はミステリーやホラーの謎解き役が、(本性はともかく表面上は)真っ当な一般人というケースが増えてきた気がします。有栖川有栖さん『作家アリスシリーズ』の火村英生然り、中山七里さん『刑事犬養隼人シリーズ』の犬養隼人然り、内面や背景は色々ありつつ、社会人として真っ当に振る舞っています。どんな名探偵であろうと霞を食べて生きていくわけにはいかないのだから、それも当然ですよね。