はいくる

「依頼人は死んだ」 若竹七海

探偵に向いている資質とは、一体どんなものでしょうか。調査対象をどこまでも追跡できる体力?些細な異変を見逃さない観察力?怪しまれずに周囲に溶け込める社交性?どれも必要でしょうが、一番大事なのは、何があっても動じずに調査を続けるしぶとさだと思います。

古今東西、小説の中で探偵役を務める登場人物達は皆、並々ならぬしぶとさを持っていました。有栖川有栖さんの『作家アリスシリーズ』に登場する火村英生は、銃を突きつけられても犯人追及の手を緩めないし、柴田よしきさんの『花咲慎一郎シリーズ』の花咲慎一郎は、暴力団幹部に命を握られながらも問題解決のため奔走します。それから、しぶとい探偵といえばこの人を忘れちゃいけません。若竹七海さんの『葉村晶シリーズ』に登場する葉村晶。今回取り上げるのは、シリーズ第二弾『依頼人は死んだ』です。

 

こんな人におすすめ

・皮肉の効いたミステリー短編集が好きな人

・女性探偵の物語に興味がある人

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女性実業家の身に降りかかる災厄の真相、幸福の絶頂期に死んだ男の運命、不可解な殺人未遂事件の本当の理由、自殺した画家が一枚の絵に込めた愛憎の行方、和やかな夏の休暇で起きた残酷な一幕、何不自由ないはずだった女性を追い詰めた悪意の正体・・・・・女探偵・葉村晶が暴く、悲しくほろ苦い人間模様

 

二〇二〇年、シシド・カフカさん主演で放送された本作のドラマ版タイトルが『ハムラアキラ~世界で最も不運な探偵~』だったことからも分かる通り、主人公の葉村晶の境遇は基本的に不運続き。ミステリー小説の主人公にありがちなお節介気質というわけではなく、万事ビジネスライクに割り切っているはずなのに、あれよあれよという間にトラブルに巻き込まれてしまいます。それでも不幸だと思わないのは、本人がとにかくタフでしぶとく、面倒事の数々を満身創痍になりながらも乗り切ってしまうせいでしょうね。一話冒頭で、前作『プレゼント』収録作品「トラブル・メイカー」の出来事に触れる箇所がありますが、未読でも特に差し障りはないと思います。

 

「冬の物語 濃紺の悪魔」・・・今回の晶の仕事は、有名女性実業家・詩織のボディガードだ。誹謗中傷の電話やFAX、いきなり突っ込んでくる車、頭上めがけて落ちてくる植木鉢、なぜか突然襲撃してくる同僚等々、詩織を狙う悪意の数々に驚く晶。どうして詩織はこれほど狙われるのか。訝しむ晶に対し、詩織はかつて、居酒屋で見知らぬ男と交わした会話について語り始め・・・・・

次から次へと詩織を襲い来る凶事が凄すぎて、深刻な状況にも関わらず、妙なコミカルささえ感じてしまいます。とはいえ、後に明らかになる襲撃の原因はあまりに異様。ミステリーというよりややホラー寄りの展開なので、そういう雰囲気が苦手な方は要注意かもしれません。この話は後半の収録作品と繋がっているので、しっかり読み込んでおくことをお勧めします。

 

「春の物語 詩人の死」・・・晶の数少ない女友達・みのりの婚約者が自殺した。みのり曰く、彼に自殺する理由などない。それどころか、夢だった詩人への道がようやく拓け、前途洋々だったという。調べたところ、みのりの亡き婚約者は大企業の社長令息だったそうなのだが・・・・・

若竹七海さんは、平凡な人間が持つ悪意の描き方に定評がある作家さんです。だからこの話にも、きっとどす黒い悪意が出てくるのだろうと思っていましたが・・・悪意など欠片もない、妄執とでも言うべき業の描写にゾッとさせられました。この加害者が、自分のしでかしたことの悪辣さに生涯気づかなさそうなところが恐ろしいです。

 

「夏の物語 たぶん、暑かったから」・・・平凡なOLが上司を凶器で襲撃した殺人未遂事件。「娘があんなことをした本当の理由を調べてほしい」。OLの母親から依頼を受けた晶は、被害者加害者双方の身辺を調査し始める。結果、被害者である上司に後ろ暗い一面があることが判明。事件の真相を推理した晶は、逮捕されたOLに面会に行くが・・・・・

「あの人が理由なく犯罪など犯すはずない!本当の理由を調べて!」という展開は、ミステリーやサスペンスのお約束。この話は、そういうお約束に強烈なしっぺ返しを食らわしています。レビューサイトを見て気づきましたが、カミュの『異邦人』へのオマージュなのかな。最後の一行がインパクト抜群でした。

 

「秋の物語 鉄格子の女」・・・大学生の依頼により、今は亡き某画家の著作について調べることになった晶。調査の過程で、画家が生前住んでいた別荘を訪れる。その別荘で画家は、妻をモデルとして、やつれ果てた女性の絵を描いたらしい。くだんの絵を見た晶は、モデルになった妻の絶望の表情があまりに真に迫っていることに違和感を抱き・・・

イヤミス好きの私に一番刺さった話です。この話のポイントは、絵の制作に直接関わった関係者がもう全員死んでいるという点でしょう。晶の想像のみで明らかになる絵の真相があまりに酷くて(汗)画家が別荘内で黙々と絵を描いている場面、彼の眼前で展開されていた地獄を思うと、背筋が寒くなりました。

 

「ふたたび冬の物語 アヴェ・マリア」・・・ある年のクリスマスイブ、教会で管理人の老婆が殺害され、聖母像が姿を消した。探偵・水谷は、事件当日の出来事を詳しく調べてほしいと依頼され、調査を開始。途中、報告のため事務所に電話をかけると、出たのは葉村晶という名の女性同僚で・・・・・

珍しく、晶ではなく、晶の同僚である男性探偵の視点で物語が進みます。クリスマスイブという日時設定と、老婆殺害に聖母像の消失という事件の不気味さがうまくマッチングしていました。同僚目線で語られる、普段のクールさをかなぐり捨てた晶の姿が痛ましくて・・・なお、第一話同様、この話も最終話に繋がっています。

 

「ふたたび春の物語 依頼人は死んだ」・・・とあるパーティーにて、晶は佐藤まどかという女性から相談を受ける。まどかのもとに市役所から「市の健康診断の結果、癌の疑いあり」という通知が来たというのだ。だが、まどかは市の健康診断など受診していない。ただの悪戯だと断じる晶に対し、安心した表情を見せるまどか。だが、間もなくまどかは遺体となって発見される。状況から、癌の診断を苦に自殺したと推測されるも、晶はどうしても納得できず・・・・・

本作に限らず、『葉村晶シリーズ』は<本当に自殺か否かを探る>というテーマが結構多いです。それをマンネリと思わせず、様々な味付けをするのが若竹七海さんの凄さなのですが、この話はまさにその集大成。一見何事もなさそうな導入部分から、あまりに痛烈な最後の一文までの流れが見事でした。役所からの健診通知という、ミステリアスさとは縁遠いアイテムの使い方も巧みです。

 

「ふたたび夏の物語 女探偵の夏休み」・・・ルームメイトのみのりと共に、オーシャンビューが売りの老舗ホテルを訪れた晶。ホテルには常連客達が集い、夏の休暇を楽しんでいた。だが、晶は居心地の悪い思いを拭えない。そんなある夜、ホテルに女性の悲鳴が響き渡り・・・・・

舞台となる風光明媚なホテルといい、そこに集う常連客達といい、クラシカルなサスペンス小説の王道ともいえるシチュエーションです。若竹ワールドなのだから絶対どこかに落とし穴があるのだろうと思っていましたが、まさかそういうことだったとはね。真相を知る前と後で、女主人が作るチーズケーキに対する印象が変わりそうです。

 

「ふたたび秋の物語 わたしの調査に手加減はない」・・・大家経由で晶に持ち込まれた依頼。それは、「十年前に転落死した親友が、今頃になって夢枕に立つ。何か伝えたいことがあるのかもしれない。親友の死の真相を調べてほしい」という風変わりなものだった。くだんの親友・香織は、死の前に夫と離婚しており、自殺したのではないかと噂されているようだが・・・・

余計なことをしなければ良いのに、そうせずにはいられない。そんな人間の愚かさが巧みに描かれていました。なお、前述した通り、『葉村晶シリーズ』は過去にドラマ化されています。ドラマ化に当たり、どの話もそれなりにアレンジが加えられているのですが、その改変具合が一番気に入ったのがこの話でした。小説版はひたすら陰湿で後味最悪、ドラマ版はどこか哀れでほろ苦い。どちらも甲乙つけがたい出来なので、機会があればぜひ比べてみてほしいです。

 

「三度目の冬の物語 都合のいい地獄」・・・晶の親友を殺し、入院中だった男が自殺した。死の数日前、男のもとには<葉村晶>を名乗る人物が面会に訪れていたという。だが、当の晶は面会になど行っていない。困惑する晶の前に、とある人物が接触してきて・・・

第一話と第五話の謎がここで終結します。これまでちらほら垣間見えてきた<首に青あざのある男>が、晶に提示する悪魔のような選択肢。必死の思いで答えを出した晶にかけられる、同僚からの驚愕の一言。この辺りの緊張感が凄まじく、ハラハラゾクゾクしっぱなしでした。なんだかんだいって目の前の疑問を無視できない晶には、こういう道しかなかったのかな・・・・・

 

この『葉村晶シリーズ』は、いわゆる<サザエさん時空>ではなく、新刊が出るごとに葉村晶も年を重ねていきます。今のところ最新作に当たるシリーズ第七弾『不穏な眠り』では、葉村晶もすでにアラフィフ。五十肩に悩まされる等、加齢による衰えが出てきます。なので、久しぶりに本作を再読して若き日の葉村晶を見ると、「なんだかんだ言って、この頃はパワフルだなぁ」と、しみじみしました。頑張れ、葉村晶!この後も、監禁されたり殺されかけたり死体の頭蓋骨に激突したりするけど、負けるなよ!

 

ブラックユーモアがたっぷり効いています度★★★★☆

最後の一行でズドンと落とされる度★★★★★

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コメント

  1. しんくん より:

    ミステリーは好きですが有栖川有栖さん、若竹七海など未読のミステリーはなかなか読む気にはなれなかったですがシリーズからは抵抗なく入れそうです。
     有栖川有栖さんも興味深いシリーズを見つけました。若竹さんも未読ではないですがこのシリーズは読んでみたいですね。
     イヤミス作品のような内容も興味深いです。
     櫛木理宇さんの執着者予約したら老い蜂の改題でした。
     主人公の義理の姉が憎たらしいという印象しかないので再読しようと思います。
     近畿地方のある場所について~届きました。
     最初は意味がイマイチよく理解できませんでしたが、怖い雰囲気を感じながらも楽しみです。

    1. ライオンまる より:

      若竹七海さんのシニカルでドライな作風、大好きなんですよ。
      イヤミス好きなら必見です。

      「近畿地方~」はモキュメンタリーというジャンル上、構成や文体がちょっと特殊ですよね。
      私はこういう「本当にあった怖い話」系の話が好きなので、ぴたっとツボにハマりました。
      こちらは昨日、「ヨモツイクサ」がやっと手元に来ました。
      嬉しいんですが、先週、予約本が四冊届いたばかり・・・!!
      返却期限に間に合うよう、アクセル全開で読んでいきます。

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