はいくる

「怪談小説という名の小説怪談」 澤村伊智

いっぱしの読書家を気取っている私ですが、最近、買う本の冊数はずいぶん減りました。読みたい本がある時は、図書館で借りるのが基本。欲しい本を片っ端から買っていくとあっという間に財布が空になってしまいますし、本の置き場所も無限にあるわけではありません。子どもの頃はあまりよく考えず小遣いをどんどん本に費やしていましたが、成人した今となってはそうもいかないのが現状です。

ですが、「それでもこの方の本は大好き!よっぽどのことがない限り買いたい!」という作家さんも存在します。一人目は西澤保彦さん。今は少し刊行ペースが緩やかになりましたが、一時期、短期間でどんどん新刊が出ていたので、ひいひい言いながらもどうにか費用を捻出したものです。それからもう一人、澤村伊智さんも、新刊を見かけるたびに買ってしまいます。この本も買いましたが、期待通り面白かったですよ。『怪談小説という名の小説怪談』です。

 

こんな人におすすめ

ジャパニーズホラー小説短編集が読みたい人

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車内で繰り広げられる怪談大会の行方、幽霊屋敷に魅せられた一家の運命、大ヒットを記録したホラー映画の恐るべき真実、新婚夫婦が旅先で過ごす戦慄の一夜、校舎に閉じ込められた中学生達を襲う殺人鬼の正体、誰もが恐れる怪奇小説の謎めいた結末、消息不明の霊能者を追う男が知った過去の傷跡・・・・・怪談小説の名手が贈る、恐怖と驚愕に満ちた短編集

 

いいですね、この意味不明な感じ!(一部を除いて)謎解きとか真相とかいう部分をぼかし、「なんでこんなことが起こったの?」「結局、怪異の正体は何なのよ」という余韻を残す展開、大好物です。がっつり謎解きが行われる『比嘉姉妹シリーズ』とは毛色の違う恐怖を味わえました。

 

「高速怪談」・・・一台の車に乗り合わせ、長距離移動をすることになった男女。暇潰しのため、彼らは各々が知る怪談話を披露する。やがて一人の青年の順番がやって来た。彼は、全員の予想を大きく裏切る話を語り始め・・・

車に乗り合わせたメンバーが互いのことをよく知らず、「〇〇さんの紹介」「仕事での繋がり」等々、ごく浅い付き合いなのがミソ。逃げ場のない車中、一緒にいるこの人は本当に安全なのか、徐々に不安に駆られていく登場人物達の不安がリアルでした。披露される怪談も粒揃いでお得感あります。

 

「笛吹きの家」・・・主人公は妻子との散歩の最中、幽霊屋敷と噂される家を目撃する。曰く、その家はかつて家人全員が次々死に、以来、周辺の子どもが消える家として有名らしい。ただの噂だと思いつつ、なぜか家のことが気にかかる主人公。それは妻も同じのようで・・・・・

これは騙された!子どもが消えると噂される幽霊屋敷と、育児ノイローゼに悩む一家・・・と見せかけて、まさか真相がこんなものだったとは。主人公家族が抱える闇を知ってから再読すると、あちこちの違和感ある描写がより一層重苦しく感じられます。この話が収録作品の中で一番好みでした。

 

「苦々陀の仮面」・・・アマチュアグループが制作し、大ヒットを記録したホラー映画「苦々陀の仮面」。だが、主演俳優が自殺を遂げた後、その母親が衝撃の告白をする。実は、主演俳優は制作グループ内で悪質ないじめを受けており、映画内で行われている暴力はすべて演出ではなく事実だというのだ。制作グループは告発を真っ向から否定するが・・・

映画を扱った記事やブログ、レビューサイトの感想などで構成された話です。地の文や会話文がない分、淡々と無機質な怖さが増していて大変グッド。実際にヒットしたホラー映画『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』の雰囲気が好きな方なら間違いなくハマると思いますよ。

 

「こうとげい」・・・とある夫婦が、新婚旅行で田舎町を訪れる。散歩中、兄妹が営む喫茶店に立ち寄り、和やかなひと時を過ごす二人。ホテルに戻ると、夫婦は抽選に当たったため、ホテル屋上にある特別コテージに泊まってほしいと告げられる。豪華な室内に特製料理。あまりに特別な待遇に、夫婦は不信感を覚え始め・・・・・

澤村伊智さんお得意の民俗学ホラーの雰囲気が一番出ていた話だと思います。田舎に伝わる不可解な因習、閉鎖的な人間関係、訳も分からぬまま巻き込まれる余所者達・・・短編なので深くは描写されませんが、どろどろした土着の恐怖感を堪能できました。これは膨らませて長編にもなりそうですね。

 

「うらみせんせい」・・・気づくとなぜか校舎内に閉じ込められ、外に出られなくなった中学生達。困惑から覚める間もなく、突如現れた謎の男により、彼らは一人、また一人と殺害されていく。殺人者の正体は、かつて生徒からのいじめを苦に自殺した<浦見先生>なのか。生き残った生徒達はどうにか脱出しようと試行錯誤を繰り返すが・・・・・

閉じ込められた少年少女と、彼らを襲う怪人。このままだと正統派ジュブナイル・スリラーになりそうなところ、澤村伊智さんらしいどんでん返しにより、実に陰湿なホラーに仕上がっています。なるほど、あの台詞とか、この描写とか、全部そういう意味だったのね。大惨事になっているにも関わらず、真相が分かってみれば後味悪くないところが、なんだか皮肉です。

 

「涸れ井戸の声」・・・作家のもとに届いた、一通のファンレター。そこには、作家が過去に書いた<涸れ井戸の声>というホラー小説が怖かったと記してあるものの、作家にはそんな作品を書いた記憶はない。ただの勘違いかと思ったが、作家はそれ以後も繰り返し<涸れ井戸の声>の存在を見聞きする羽目になり・・・・・

大勢の人が存在を知っていて、怖い怖いと主張するにも関わらず、具体的にどんな話なのか分からない。そんな奇妙な怪談話の存在がいい味出していました。<鮫島事件><牛の首>と雰囲気が近いかな。実際にそこまで怖い話があるなら、好奇心に駆られて読まずにいられないでしょう。

 

「怪談怪談」・・・世間から消えた霊能力者の行方との接触を試みる男。夏休み中の合宿で肝試しを行う少年少女達。二つの世界が交錯する時、驚愕の真実が浮かび上がる。あの夏、彼らに一体何が起こったのか。

霊能者への取材と、子ども達の夏季合宿がどう繋がるかと思っていましたが、真相は「そう来たかー」という感じです。合宿の様子はものすごく生き生きしていて、この子達が不幸な目に遭わなきゃいいとハラハラしていましたが・・・まあ、澤村ワールドですしね(涙)最後、霊能者と、側に仕える男の様子を想像したら、怖いというよりなんだか切ないような気分になりました。

 

繰り返しますが、本作に収録されている話はすべて原因究明などは行われず、いい意味でモヤモヤした終わり方をします。それを消化不良と取る方もいると思うので、評価は分かれるかもしれません。でも、私はこういう理不尽系ホラーも大好きなんですよ。きっとこれからも、澤村伊智さんの新作が出たら買ってしまうと思います。

 

叙述トリックの切れ味が鋭すぎる度★★★★★

アンソロジー収録作品も多いから気を付けて度★★★★☆

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コメント

  1. しんくん より:

    それも設定からして興味深いです。
    「高速怪談」は昔ながらタクシー運転手の幽霊を乗せたという話を思い出します。
    「笛吹きの家」は童話のハメルーンの笛吹き男「うらみせんせい」はトイレの花子さんのイメージです。
     これは是非とも呼んでみたいです。
     先週、西澤保彦さんの「幻視時代」を借りて来ました。
     ホラー要素のプロローグに文芸少年少女の青春ストーリーとまだ50ページほどですがどういう展開になるのか?楽しみです。

    1. ライオンまる より:

      各話の設定が凝っていて、背景や元ネタを想像するのも楽しかったです。
      怪談好きの心をくすぐる話が揃っていますよ。
      「幻視時代」、すごく好きです。
      クリエイターが作品を創る上での葛藤や矜持の描写も丁寧で、ミステリー以外の部分も楽しめました。

  2. しんくん より:

     読み終えました。
     怖い以前に話しがややこしく二度読みしたり最後でやっと意味が理解出来たり訳が分からないままのものもありました。
     最初の高速階段~悪ふざけの度が過ぎた怪談で揉めるかとさえ感じました。
     ホッとした後での強烈なオチでインパクトがありました。
     「笛吹きの家」は見事な設定で、両親の気持ちが痛いほど伝わりむしろそちらがホラーでした。「うらみせんせい」もそうでした。
     「苦ヶ仮の仮面」はスカッとしましたがモヤモヤが残るのは澤村伊智さんだからこその展開。
     「こうとげい」は村八分どころか現代の魔女狩りかと思うほどですがこれもオチがハッキリしない。
     どれも面白かったですが「涸れ井戸の声」は何となく理解出来ていない。
     最後の「怪談怪談」も意味が分からないまま読み終えたのでもう一度読もうと思ってます。
     終わり方をぼかすのは良いですがもう少し分かりやすく描いて欲しいと感じますがこれも澤村伊智さんの特徴かな~と思います。
     

    1. ライオンまる より:

      このモヤモヤ感を消化不良と取るか、不気味で面白いと取るかで、澤村伊智さんへの評価は変わると思います。
      私はこういう曖昧な恐怖感が好きなのでOKですが、人によっては今一つかもしれませんね。
      そんな中、「笛吹きの家」「うらみせんせい」はどんでん返しの仕掛けが分かりやすく、万人受けする話だと思います。
      個人的には「こうとげい」を長編ホラーでもっと掘り下げて描いてほしいです。

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