はいくる

「光と影の誘惑」 貫井徳郎

あくまでフィクション限定の話ですが、作中に登場する犯罪者に共感したり、応援してしまったりすることがしばしばあります。こういう犯罪者の場合、犯罪者なりに矜持を持っているとか、実は被害者側が諸悪の根源だったとかいうパターンが多いですね。実際、悪人を主人公としたピカレスク小説は、国内外を問わず山ほどあります。

しかし、現実問題、そんなカッコいい犯罪者などそうそういるはずがありません。犯罪とは身勝手で、卑劣で、人を不幸にするもの。この作品を読んで、しみじみそう思いました。貫井徳郎さん『光と影の誘惑』です。

 

こんな人におすすめ

後味の悪いイヤミスが好きな人

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息子を誘拐されたサラリーマンに突きつけられる驚愕の要求、あまりに不可解な状況で見つかった射殺体の謎、現金強奪犯達が抱える罪と闇、消えた姉の存在があぶり出す家族の秘密・・・・・人は、こんなにも愚かで悲しいものなのか。貫井徳郎が送る、四つのイヤミス中編小説集

 

貫井徳郎さんの著作には、『症候群シリーズ』『慟哭』などのように、犯人目線での物語が複数あります。例に挙げた作品では、同情・共感できるか否かは別として、犯人側に生涯賭けて犯罪を成そうという強い意思が存在しました。一方、本作に出てくる犯罪者には、基本的にそんなものはなし。ただ得をしたいというだけで罪を犯し、人を巻き込む愚かしさが、これでもかと描かれています。

 

「長く孤独な誘拐」・・・サラリーマンの主人公に届いた、衝撃的な知らせ。幼い一人息子が何者かに誘拐されたというのだ。仰天する主人公に、犯人はさらに信じられない要求を突きつける。それはなんと、息子を無事帰してほしければ、とある家の子どもを誘拐しろというもので・・・・・

「お前の家族は預かった。帰してほしければ、代わりに〇〇家の人間を誘拐しろ」という<誘拐代行>ストーリーは、これまでにも一定数ありました。この話の場合、こうした誘拐ミステリーのお約束をへし折る、あまりに悲劇的な展開が印象的です。なお、この話は二〇〇四年に上川隆也さん主演でドラマ化されています。こちらはまだ救いのあるラストになっているので、ドラマ→原作という順で読んだ方は衝撃を受けるかもしれません。

 

「二十四羽の目撃者」・・・サンフランシスコの動物園で、一人の男が射殺された。男には多額の保険金がかけられており、保険会社調査員である主人公は調査を開始する。調べるにつれ、現場は殺人など到底起こり得ないような<密室>状態だったことが分かってきて・・・・・

『ミハスの落日』収録作品「サンフランシスコの深い闇」にも出てくる、苦労性の保険調査員&超美形で超不潔な刑事コンビの初登場作品です。この二人のキャラと語り口調がコミカルな分、明らかになる真相のやるせなさが際立っていました。本作中では唯一、海外が舞台となっていますが、違和感を全然感じさせない辺り、さすが貫井徳郎さんですね。

 

「光と影の誘惑」・・・ギャンブルにのめり込む男二人組が立てた起死回生の策。それは、銀行の現金輸送車を襲って現金を奪う強盗計画だった。計画に抜かりはなく、強奪は成功。ただ、奪った現金の通し番号が控えられているため、しばらく金を使うのはよそうという話になるのだが・・・・・

恐らくモチーフとなっているのは、現実に起きた三億円事件。表題作なだけあって、作中にみなぎるハラハラ感といい、真相発覚時のどんでん返しっぷりといい、収録作品中一番だと思います。よーく読んでみたら、ちゃんとフェアな形で手掛かりが提示されているんですよね。トリックとしてはよくあるものなのですが、それをマンネリと感じさせない筆力が凄いです。

 

「我が母の教えたまいし歌」・・・死にゆく母を看取る主人公の脳裏に、三十年前の出来事が浮かぶ。あの日、父の葬儀の席で、主人公は実は自分に姉がいたことを知人から知らされた。姉自身はとうの昔に亡くなったらしいが、なぜ両親は今の今まで自分に何一つ語らなかったのだろう。不審の念を抱いた主人公は、密かに姉について調べ始め・・・・・

一番お気に入りの話です。前の三話が誘拐、射殺、強盗という、大掛かりでインパクトの強い犯罪を扱っているのに対し、この話はじめじめ~と内にこもる感じ(褒め言葉)。三話目同様、姉に関する謎解き自体は目新しくはないものの、真相判明からラストシーンへの繋げ方が秀逸です。最後の母親の表情には、色々と解釈の余地がありそうだなぁ。

 

全体的にイヤミス寄り、特に第一話の後味は最悪ですから、落ち込んでいる時には読まない方がいいかもしれません。あまりに浅はかな犯罪者達にちょっとゲンナリさせられたので、次は同じ貫井徳郎さんの『悪党たちは千里を走る』でも読もうかな。

 

どれもこれも薄暗い・・・度★★★★☆

その薄暗さが癖になる度★★★★★

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コメント

  1. しんくん より:

     光と影が交錯する貫井さん独特の雰囲気を感じます。
     華やか、成功者のように見えるその裏で極端過ぎると思うほどの闇、それでいて受け取り方が読む人によって違う。
     ミハスの落日がその最たるものだったと感じます。
     短編集の中でこの落差の激しさが魅力的だと感じます。
     中山七里さんの「彷徨う者たち」読み終えました。
     今、ホーンテッド・キャンパスを1巻目から読んでます。
     大学生になったばかりの八神、こよみを見て自分も学生に戻った気分になってます。

    1. ライオンまる より:

      雰囲気としては、「ミハスの落日」に近いものがありました。
      保険調査員&風呂嫌いの刑事コンビ、かなり好きなのですが、最近は全然出番がないのでちょっと寂しいです。
      「ホーンテッドキャンパス」、私も時々読み返していますよ。
      二人の関係がちょっとずつ進展していて、読みながらニマニマしたりホッコリしたり。
      私の方は「ヨモツイクサ」を読了しました。
      予想以上にインパクトの強いバイオホラーでしたね!近々、感想を投稿します。

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