はいくる

「殺人鬼---覚醒篇」 綾辻行人

<グロテスク>というのは、元々は異様な人間や動植物に曲線模様をあしらった美術様式を指すのだそうです。語源はイタリア語の<洞窟>で、暴君として名高いローマ皇帝ネロが造った宮殿群を意味するとのこと。これが転じ、<不気味>とか<異様>とかいう意味で使われるようになりました。

現代、小説の世界で<グロテスク>という言葉が使われる場合、生理的嫌悪感を抱かせる、残酷かつ奇怪な作風であることが多いです。血が噴き出し内臓飛び出るスプラッターな内容になることもしばしばなので、けっこう人を選ぶジャンルですよね。かくいう私も得意な方ではありませんが、物語として面白いなら話は別。そして、国内グロ小説としては、これがトップクラスの完成度ではないでしょうか。綾辻行人さん『殺人鬼-――覚醒篇』です。

 

こんな人におすすめ

・叙述トリックが仕掛けられたホラーミステリー小説が好きな人

・残酷描写に抵抗がない人

スポンサーリンク

ひたすら殺す。ただ、それだけ---――サマーキャンプを楽しむため、双葉山を訪れた<TCメンバーズ>の会員八人。山中で過ごす和やかなひと時は、謎の大男の出現により終わりを告げる。人間離れした力で標的を惨殺していく殺人鬼に、為す術もなく逃げ惑うメンバー達。一人、また一人と犠牲者は増えていき、ついに全滅かと思われたが・・・・・恐怖と殺戮に満ちた山から生還することはできるのか。叙述トリックの魔術師が贈る、驚愕のホラーミステリー

 

現実世界において凶悪事件が起きると、しばしば犯人がお気に入りだった映画や小説がやり玉にあげられます。「こんな残酷な作品を読んでいたから事件を起こしたんだ」とか「こういう不道徳な作品は有害図書扱いすべき」とかいうやつですね。著者の綾辻行人さんは世の中のこうした風潮に反発し、「そんなに物語のせいにしたいなら、いっそめちゃくちゃ残酷な話を書いてやる!」とばかりに本作を執筆したのだとか。『館シリーズ』などを読めば分かる通り、綾辻行人さんはもともと生々しくスリリングな描写に定評のある作家さん。優れた筆力が主に殺人シーンにおいてこれでもかと発揮されているわけですから、その恐ろしさたるや筆舌に尽くし難いものがあります。取り上げておいて言うのも変な話ですが、決して万人受けするタイプの作品ではないため、あらすじ等をよくよく確認してから読むかどうか決めた方がいいかもしれません。

 

殺人鬼が棲むという噂のある双葉山。その山を、ある条件をクリアした人間のみ入れるサークル<TCメンバーズ>の面々がキャンプに訪れます。予定通り時間を過ごすメンバー達ですが、夜、正体不明の大男が出現。パニック状態に陥るメンバー達を、次々と血祭にあげ始めました。一体こいつは何者なのか。なぜこんなことをするのか。訳も分からないまま、生き残った数名はどうにか殺人鬼の魔の手から逃れようとしますが・・・・・果たして彼らは、生きて山を下りることができるのでしょうか。

 

雰囲気としては、アメリカのホラー映画『13日の金曜日』を想像してもらえれば、かなり近いと思います。人間とは思えない腕力体力回復力で標的を惨殺していく殺人鬼と、恐怖に慄きながら逃げ惑う人間達。殺人鬼の犯行に動機のようなものはなく、目につく者をただただ殺すのみ。この殺し方がまた想像を絶するグロさで・・・手足を徐々に落とす、眼球を潰す、内臓を引きずり出すと、スプラッター描写のオンパレード!ジェイソンの方がまだ優しいと思えるほどの残虐さに、何度もページから目を背けたくなりました。

 

とはいえ、そこはさすが綾辻行人さん。本作は、ただの悪趣味な残酷小説ではありません。被害者達や、舞台となる双葉山のちょっとした様子。参加するには一定の条件をクリアしなければならない<TCメンバーズ>の秘密。冒頭に記された<惨劇をかろうじて生き残った二人>の意味。これらが終盤ですべて結びつき、謎が解ける瞬間の衝撃は圧倒的です。難点は、この伏線に気付くためには、作中のスプラッターシーンを隅から隅まで熟読しなければならないことでしょうか・・・あまりの惨たらしさに斜め読みしていたら絶対に気付かないと思うので、覚悟を決めておいてください。

 

繰り返しますが、相当に人を選ぶタイプの作品です。ただ、ハマる人にとっては、<綾辻行人=殺人鬼シリーズ>と思えるくらいビビッとくると思います。なお、本作には『殺人鬼-――逆襲篇』という続編も存在します。舞台を町中の病院に移し、犠牲者数も残虐度もパワーアップ。さしもの私も再読を躊躇うほどの壮絶さなのですが・・・悔しいことに(?)、ミステリーとしての面白さも忘れられないんですよね。心の準備をして、久しぶりに読んでみようかな。

 

パニックホラー作品あるあるネタが満載!度★★★★☆

SF要素も絡みます度★★★★★

スポンサーリンク

コメント

  1. しんくん より:

    グロいと言えば中山七里さん、誉田哲也さんを想像します。
    ホラーミステリーというジャンルと言うか設定は内容的に今村昌弘さんの作品に近い気がします。
    館シリーズは2作しか読んでいませんが、これは読んでみたくなりました。

    1. ライオンまる より:

      かなりハードな内容ですが、ミステリーとしての構成はしっかりしていますし、伏線の張り方も面白いです。
      その分、真相を見破るためには、虐殺描写を読み込まなくてはならないのですが・・・
      スプラッターな内容に抵抗がないなら、楽しめると思います。

コメントを残す

*

CAPTCHA


このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください