はいくる

「さくら草」 永井するみ

<ブランド>という言葉は、ある財貨・サービスを、その他の財貨・サービスと区別するための印を意味するのだそうです。もともとの語源は<焼印>で、北欧の牧場主が自分の家畜とよその家畜を区別するため、家畜に焼印を押していたことから誕生した言葉なのだとか。それを知ってみると、やたら生々しく強烈な響きに聞こえますね。

ありとあらゆる分野に<ブランド>は存在しますが、一番連想されやすいのはファッション業界ではないでしょうか。もちろん、一言でブランド品と言っても色々あり、目の玉が飛び出るほどの値段がつく高級品から、学生がバイト代を貯めて買えるお手頃商品まで、千差万別。そして、商品に込められた作り手の思い、買い手の思いもまた様々です。今回ご紹介するのは、永井するみさん『さくら草』。ファッションブランドに関わる人間達の業の深さを堪能できました。

 

こんな人におすすめ

ファッションにまつわるサスペンスに興味がある人

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その洗練されたデザインからティーンエイジャーに絶大な人気を誇るジュニアブランド<プリムローズ>。その服を身に着けた少女が相次いで殺害されるという事件が起こる。これは、プリムローズを着た少女達をターゲットにした連続殺人なのか。だとしたら、犯行はこれからも続くのではないか。犯人を追う刑事。ブランドイメージを守ろうとするマネージャー。亡き娘への想いに囚われ続ける母親。少女達に歪んだ欲望を向ける男達・・・各々の思惑が絡まり合い、事件は混迷状態に陥っていく。果たして真相はどこにあるのだろうか。欲望と妄執の行方を描く、息詰まるミステリーサスペンス

 

タイトルと、花束モチーフのアクセサリーを描いた可愛らしい表紙(単行本バージョン)からは想像もできないほど、どろどろと生臭いサスペンスです。永井するみさんは『マノロブラニクには早すぎる』でも、ファッションと関わる世界をテーマにしていました。ただ、あちらが前向きなお仕事小説だったのに対し、本作は少女が殺人事件の被害者となるサスペンス。少女をターゲットにした性犯罪に触れる箇所もあり、終始ハラハラゾワゾワしっぱなしでした。

 

とあるラブホテルの駐車場で、絞め殺された少女の遺体が発見されます。発見時、少女は<プリムローズ>というティーン向けブランドの商品を全身に身に着けていました。プリムローズは上品で愛らしいデザインと、子ども向けにしては高額な価格設定が特徴のジュニアブランド。全身プリムローズの商品で固めるとなると相当費用がかかることになり、被害少女が服代のために援助交際していた疑惑が持ち上がります。警察は直ちに捜査を開始するも、その努力を嘲笑うかのように、またしてもプリムローズ商品を着た少女の遺体が発見されました。もしや、何者かがプリムローズ愛好家の少女を狙って連続殺人を行っているのではないか。マスコミ報道は過熱し、ついにはプリムローズへも批判の矛先が向けられます。警察は、この事件の全容を解明し、犯人を逮捕することができるのでしょうか。

 

本作には、主要登場人物が三人います。事件を追う女性刑事の理恵。デザイナーへの夢に挫折し、今はゼネラルマネージャーとしてプリムローズを守ろうとする晶子。プリムローズが大好きだった娘を事故で亡くし、今なお憑かれたようにプリムローズ商品を買い続ける栞。プリムローズに対して抱く思いは三者三様ながらいずれも深く、一瞬たりとも飽きさせません。あらすじ等を見ると、事件捜査を行う刑事の理恵が主人公のように思えますが、実際にはプリムローズのイメージ死守のため奔走する晶子と、娘の急死を受け入れられず苦しむ栞の描写により熱が入っているように思いました。

 

ただ、本作の場合、ミステリー小説としての部分だけを見ると、さほど目新しさのようなものは感じません。犯人はそれなりに意外なものの、いわゆるどんでん返し的なびっくりは仕掛けられておらず、ごくごくスタンダードに解決に至ります。その分、丹念に丹念に描かれるのは、ファッションに関わる人間達の欲望の濃さや生臭さです。デザイナーへの夢破れた晶子が、プリムローズに向ける執念とも言える愛情。永遠の少女のようだった天才デザイナー・桜子が、事件を通じて見せる意外な計算高さ。実父の運転する車で娘が事故死するという悲劇に遭い、今なお娘にプリムローズの服を買い続ける栞の悲哀。<プリロリ>と呼ばれる、プリムローズを着た少女達を性的な対象とする男達の欲望。それ今だと言わんばかりに、プリムローズの高価さを批判し始める有識者や一般大衆。その合間合間に繰り返し挿入される、清楚で洗練された服の描写。服が可愛ければ可愛いほど、人間達の愛憎劇が生々しく感じられました。

 

とはいえ、ドロドロした部分が多いながら、最後は希望ある前向きなものです。直前に読んだ永井するみさんの『唇のあとに続くすべてのこと』『欲しい』が、イヤミス寄りの不穏なラストだったので、いい口直しになりました。それにしても、プリムローズの洋服はお洒落だったなぁ。私はあまりファッションに興味がないのですが、こういう小説を読むと、少しはこだわってみようかなと思っちゃいます。

 

綺麗な洋服の裏にあるのは綺麗なものばかり度★☆☆☆☆

仕事にプライドを持つことはカッコいい!度★★★★★

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コメント

  1. しんくん より:

     これは読んだことありました。
     プリムローズというブランドに執着する思い入れが印象的でした。
     食品のブランドもそうですが、ブランドは高価なものであるというイメージが先行してしまいそうです。
     確かにそういう区別も必要ですが誰でも手に届く、気軽に買えるブランドの方が馴染みが在りそうです。
     仕事に対する思い入れ、プライドが伝わって来ました。
     仕事と言えば、安藤祐介さんの「仕事のために生きていない」は新刊コーナーで見つけて借りて来ました。
     新入社員の頃、仕事に人生全て掲げろ~と言わんばかりの雰囲気に馴染めなかった頃の自分に読ませたいと思いました。まだ読んでいないですが安藤祐介さんの作品なら共感出来ることがありそうです。
     今年も残り1週間を切りましたね。
     来年もよろしくお願いします。

    1. ライオンまる より:

      ブランドにこだわり、執着する三者三様の在り方に圧倒されるようでした。
      ジャンルとしてはミステリーなのでしょうが、お仕事小説としても秀逸だと思います。
      「仕事のために生きていない」、新刊情報を見落としていました!
      安藤祐介さんの著作は後味が良く安心して読めるので、早く図書館に入ってほしいです。

      2023年も残りあとわずか。
      健康に気を付けつつ、楽しく新年を迎えましょう。
      来年もよろしくお願いします。

  2. オーウェン より:

    こんにちは、ライオン丸さん。

    14歳の少女が、ラブホテルの駐車場で絞殺死体となって発見された。
    彼女が着ていた服は、ローティーンに絶大なる人気を誇る、ジュニアブランドのプリムローズの服だった。
    このブランドを着た少女の写真を売買する、通称「プリロリ」の存在がクローズアップされた。
    そして、このブランドの服を着た少女が、次々と殺された。
    プリムローズのゼネラルマネージャーである日比野晶子は、ブランドのイメージを護ろうと奔走する、というミステリですね。

    永井するみさんのミステリ作品には、様々な業界が登場しますね。
    デビュー作は農業で、その後は林業、コンピュータ業界や音楽業界もありましたね。

    今回の作品「さくら草」は、アパレル業界で、それもローティーン向けのブランド企業が舞台となります。
    子供用のブランドなんて、我々の世代からすると信じられない気もしますが、少子化の世界では、今後どんどん子供中心になっていくんでしょうね。

    この作品では、二人の女性が印象的でした。
    プリムローズの製品に自信を持って、ブランドイメージを守ろうとする、ゼネラルマネージャーの日比野晶子。
    子供の頃の忌まわしい経験から、幼児に対する性犯罪に嫌悪感を持つ、少年課女性刑事の白石理恵。

    彼女ら二人の活躍を中心に、ジュニアブランドにまつわる、異様な世界が描かれていきます。
    かなり読み応えがあるんですが、最大の不満は、あの犯人でしょうか。
    ちょっと拍子抜けしました。

    1. ライオンまる より:

      オーウェンさん、こんにちは。
      仰る通り、主要キャラ達のファッションへの情念描写がものすごく濃かった分、犯人には「あれれ?」という感じでした。
      とはいえ、この呆気なさが、逆にリアルなような気もします。
      晶子はたぶん別のフィールドで活躍できると思いますが、娘を亡くした栞にもいつか何らかの救いは訪れるのでしょうか・・・

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