はいくる

「一寸先の闇 澤村伊智怪談掌編集」 澤村伊智

短いながらも読者を本の世界にどっぷり浸らせてくれるショートショート、大好きです。特に社会人になってからは、学生時代ほど長く読書時間が確保できないため、長編小説だと途中で読むことを中断せざるを得ないこともしばしば・・・作品によっては、物語の途中から読書を再開すると「あれ、この人誰だっけ?」「なんでこの二人はいがみ合ってるの?」等々、内容を把握するのに時間がかかることもあります。その点、ショートショートなら一話をすぐ読み終われるので安心ですね。

そんなショートショートには、他の長編や短編作品同様、様々なジャンルがあります。どんなジャンルが好きかは人それぞれでしょうが、個人的にはミステリーやホラーが好みです。短い分量でゾクッとさせられる感覚が堪らないんですよ。思えばショートショートの神様・星新一さんの作品も、皮肉たっぷりでブラックな雰囲気のものが多いです。今日取り上げるのも、残暑を吹き飛ばすほどの寒気を味わえるショートショート集です。澤村伊智さん『一寸先の闇 澤村伊智怪談掌編集』です。

 

こんな人におすすめ

ホラー小説のショートショート集が読みたい人

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侵入者が次々飛び降り自殺を遂げるマンションの秘密、学校配布のプリントから垣間見える怪異の影、ラブホテルに置かれたノートに記される戦慄の一文、長距離バスの乗客が過ごす恐怖の道行、家族旅行中に少年が見た不気味なビデオ、通夜帰りの男達が交わす会話の真相、登場した者達が残酷な死を遂げる夢の謎・・・・・ジャパニーズホラーの第一人者・澤村伊智が贈る初のショートショート・ホラー小説集

 

『怪談小説という名の小説怪談』同様、背景や因果関係がまったく分からない、理不尽な恐怖が描かれていました。この曖昧な感じが苦手という方もいそうですが、怪談好きな私のツボにはドンピシャにハマるんですよ。以下、お気に入りの話をご紹介します。

 

「名所」・・・とあるマンションで相次ぐ飛び降り自殺。死者達は皆、マンションの住民ではなく、わざわざ外部から棟内に侵入してきて飛び降りたらしい。ある夜、飛び降り現場を訪れた二人組が、連続自殺について会話を交わすのだが・・・・・

飛び降り自殺を表現する<どパァん!>という音が、最高にリアルで気色悪くてインパクト大です。解説で声優の野水沙織さんも絶賛している通り、澤村伊智さんは生々しい日本語の使い方が上手いんですよね。恐らく子ども二人が交わしているであろう会話の不気味さ、最後に分かる真相の凶悪さと相まって、最初から最後までぞわぞわしっぱなしでした。

 

「せんせいあのね」・・・子ども達が河原で見つけた、黒い人形。他愛ない遊びに興じて帰宅するが、翌日、一人の少年の遺体が発見される。どうやらあの黒い人形に秘密があるようで・・・・・

<子どもが先生に向けて書いた手紙>という形式の話であるため、文章は幼く、平仮名がいっぱい。その幼さと、起こった事態の残酷さのギャップが凄まじいです。澤村伊智さんのホラーは、幼児も容赦なく犠牲になるからなぁ。先生、助けてあげられるのかしら。

 

「保護者各位」・・・某小学校付近では、時々不審な女が出没し、児童を追い回すという。長年野放しにされていた問題に、新たに赴任した校長が立ち向かう。校長は不審者への対策を次々打ち出していき・・・・・

いやぁぁぁぁぁっ、校長ぉぉぉぉぉっ!!??不審者情報を掲載した保護者宛のプリントが、年度ごとに少しずつ変化し、最後に悲劇を予感させる構成なんて、まさに正統派Jホラー!熱心ないい教師っぽかった新校長を襲う運命が惨すぎます。

 

「さきのばし」・・・バイト仲間の肥後ちゃんに頼まれ、ファミレスで相談に乗ることにした主人公。肥後ちゃん曰く、自分は昔からトロく、やるべきこと・言うべきことを先延ばしにしていつもタイミングを逃すのだという。確実に一つ一つこなしていくしかないとアドバイスする主人公に対し、肥後ちゃんは、主人公のジーンズからトイレットペーパーがはみ出していること、付けまつ毛が頬にくっついていること、頭にカブトムシが乗っていることなどを次々指摘し始め・・・・・

とにかくトロい肥後ちゃんと、彼女にぶち切れつつ見捨てはしない主人公とのやり取りがめちゃくちゃ面白い!「澤村伊智さんにしては珍しくコメディ寄り?」と油断していたら、最後の最後にズドンと落とされました。なお、主人公と肥後ちゃんが働くスーパー<くらしマート>は、ホラー短編集『ひとんち』にもたびたび登場します。関係者がこんなに怖い目に遭うなんて、このスーパー、何か憑いてるんじゃ・・・・?

 

「内見」・・・お手頃価格の物件を求め、不動産会社の社員とともに内見を行う主人公。紹介される物件はどれも格安なものの、得体の知れない事故物件ばかりだ。いくつか部屋を回った後、どうにか妥協できそうな部屋を見つけるのだが・・・・・

<何かを巻き付けた形跡があるロフトの柵>だの<内側の壁が真っ白に塗られた押入れ>だの、過去の悲劇を連想させる事故物件の描写がなんとも不気味です。でも、本当に不気味だったのは部屋ではなく・・・という流れも秀逸!この後、主人公と不動産会社社員は一体どうなるんでしょうか。

 

「青黒き死の仮面」・・・何かと悪い噂のある男女が結婚式を挙げる。式場では祟りとしか思えない現象が相次ぎ、関係者達は戦々恐々。これはもしや、新婦の元恋人であるAの呪いではないか。Aは三年前から行方不明のままだが、友人知人の間では、新郎新婦が殺したのではないかと囁かれていて・・・・・

幽霊か、生霊か、人の狂気か、あえて曖昧に描いた収録作品が多い中、この話はスタンダードな怪異による復讐譚でした。新郎新婦を待っていた運命は壮絶だったけど、まあ、彼らもろくな人間じゃなかったみたいだしね。怪奇現象に巻き込まれまくった式場関係者や招待客達の精神状態が心配です。

 

「無題」・・・愛娘の真奈美が失踪して五日。憔悴しきった両親の前に、ついに真奈美が帰ってくる。ずぶ濡れで、生気がなく、「町外れの山にいた」としか語らない真奈美。何はともあれ生きて帰ってきてくれて良かったと安堵する父親の胸に、ある不吉な予感が浮かぶ。次の瞬間、父親のスマホに着信があって・・・・・

<不気味な怪談話が伝わる山><山から帰ってきた、明らかに様子がおかしい少女>等々、澤村伊智さんが得意とする土着ホラーの雰囲気が強く出ていました。同じ感想を持った方が多いようですが、『比嘉姉妹シリーズ』のテイストと近い気がします。とはいえ、これは掌編小説集。比嘉姉妹のような強力な霊能者は登場せず、為す術もなく怪異に取り込まれていく一家の姿が恐ろしいです。

 

「冷たい時間」・・・居酒屋でプチ同窓会を行う、中学時代の友人達。楽しいひと時を過ごした後、それぞれが現実に帰っていく。直視したくない現実を抱えた男女と、彼らを見つめる静かな視線。交わされる会話から明らかになる罪と罰とは・・・・・

冒頭、楽し気に見えて、スクールカーストの上下関係をびんびん感じる会話が超不穏。その後、メンバー達のどん詰まりの現状が明らかになり、暗澹たる気分にさせられます。一応、怪奇現象も起こるのですが、この話は生きた人間の妄執や狂気の方が印象的でした。唯一、真っ当な世界に踏みとどまっている栞が、今後、他のメンバーの二の舞にならないことを願ってやみません。

 

全部で二十一話の収録作品中、五話はアンソロジー『5分で読める!シリーズ』に載っています。その他の十六話は書下ろしなので、新鮮な恐怖をたっぷり堪能できました。澤村伊智さんの長編ホラーは、民族学的要素が絡んだ濃密なものが多いのですが、こういう短くもキレのある掌編もいいですね。今後もどんどん書いてほしいです。

 

意味不明なゾクゾク感が癖になる度★★★★★

化物も人間も等しく怖い度★★★★☆

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コメント

  1. しんくん より:

    ホラーのショートショートは初めてです。
    ショートショートはむしろホラーの方がしっくりと来そうな気がします。
    ジワジワと恐ろしさを増すのがホラーの定番だと思いますが、早い展開でゾクッと来るのも良いですね。
     少し涼しくなったようでまだまだ暑いので、暑い夜に合いそうです。 

    1. ライオンまる より:

      分量が少なく、一から十まで懇切丁寧に説明がなされない分、行間を想像してゾクゾクするという楽しみがありました。
      ホラーというより怪談という雰囲気が強く、暑気払いにぴったりだと思います。
      「能面検事」の新刊がようやく手元に届きました。
      表紙にイラストが描かれていて、「検事、こういう顔してるんだ!」とちょっと驚いています。

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