ミステリー

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「終活中毒」 秋吉理香子

コロナ禍が起こったせいもあるでしょうか。周囲で<終活>という言葉を聞く機会が増えました。ただ言葉を聞くだけでなく、実際に終活を始めたという経験談を耳にすることもしばしばです。意外に、まだ寿命のことなど心配する必要がなさそうな世代の人が終活を始めるケースも多いようですね。もっとも、この世のありとあらゆる事象の内、<死>は思い通りにならないものの筆頭格。体力も気力も十分ある内に準備しておく方が合理的なのかもしれません。

人生を終わらせるための準備ということもあり、終活をテーマにした小説は、どうしても重くしんみりした雰囲気になりがちです。もちろん、それはそれでとても面白いのですが、「終活には興味あるけど、今日はさらりと軽く読書したいな」という気分の時もあるでしょう。そんな時は、これ。秋吉理香子さん『終活中毒』です。

 

こんな人におすすめ

終活をテーマにした短編集が読みたい人

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「さんず」 降田天

自殺はいけないこと。これは老若男女問わず誰もが断言することだと思います。その理由は色々あるでしょうが、多いのは「親からもらった命を粗末にしちゃだめ」「生きたくても生きられない人がいるのだから」辺りでしょうか。キリスト教圏なら「神が禁じているから」なんて理由もありそうです。

とはいえ、「いけないんだ。じゃあ、やめましょう」とはいかないのが人間というもの。特に東洋の場合、<殉死><切腹>などの慣習があり、のっぴきならない事態に直面した人間が自殺することを美徳とする時代さえありました。そういう意味で、欧米と比べると、自殺という行為との距離が近いような気がします。今日は、自殺をテーマにしたミステリーを取り上げたいと思います。降田天さん『さんず』です。

 

こんな人におすすめ

自殺を巡るミステリーが読みたい人

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「スイート・マイホーム」 神津凛子

私は本が好きですが、映画も負けず劣らず好きです。昔、家の近所に映画館やレンタルビデオショップがあったこともあり、一時は週に何度も映画鑑賞に出かけたり、興味のある映画のDVDを片っ端から借りたりしていました。おかげでバイト代が全然貯まりませんでしたが、今振り返っても、あれはあれで楽しかったです。

今まで見た映画の中、印象的だったものを思い浮かべてみると、意外に<芸能人が監督をしている>というケースが多いことに気付きました。もはや歴史に残るレベルの大物であるチャールズ・チャップリンやクリント・イーストウッドはもちろんのこと、日本にも北野武さんや伊丹十三さんなど、名作を撮影された監督兼芸能人が存在します。品川ヒロシさんの『ドロップ』『漫才ギャング』も面白かったなぁ。最近、好きな作品を好きな俳優が監督を務めて映画化すると知り、楽しみにしています。神津凛子さん『スイート・マイホーム』です。

 

こんな人におすすめ

家にまつわるモダンホラーが読みたい人

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「作家刑事毒島の嘲笑」 中山七里

小説の人気キャラクターをイラストで描くのは、なかなか難しい仕事です。実写化でも言えることですが、キャラクター人気が高ければ高いほど、どれだけ上手くイラスト化しても「なんか思っていたのと違う」「〇〇(キャラクター名)はこんな顔じゃない」という不満が出ることは不可避。特に挿絵がない小説の場合、読者がキャラのイメージを膨らませる余地が大きいため、いざイラスト化されるとネガティブな感想を抱かれやすい気がします。

反面、好きなキャラクターが自分の想像通りの形でイラスト化された時の喜びは大きいです。以前、片山愁さんによる『銀河鉄道の夜』の漫画化を見た時は、イメージとぴったりのカンパネラやジョバンニの姿に大興奮しました。それから先日読んだこの作品のイラストも、「これこれ!」と言いたくなるほどハマっていたと思います。中山七里さん『作家刑事毒島の嘲笑』です。

 

こんな人におすすめ

・皮肉の効いたミステリー短編集が読みたい人

・毒舌キャラが活躍する作品が好きな人

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「氷の致死量」 櫛木理宇

一昔前、この世における性的指向は異性愛、すなわち男女間で性的な愛情を抱き合うのが一般的とされていました。同性愛という概念自体は昔から存在したようですが、多少例外はあれど、それは基本的に不健全で非常識。差別の対象となったり、病気の一種と捉えられたり、最悪、魔女狩りのターゲットとされることすらあったと聞いています。

では、なぜそんな差別や迫害が起こり得るのか。理由は色々ありますが、その一つは<知らないから>ではないでしょうか。異性愛以外の性的指向や性自認について、知識も、知識を得る機会もないからこそ、「得体の知れない、おかしな連中」という偏った考えが生まれます。とはいえ、時間もお金も体力も有限である以上、ありとあらゆる性的指向・性自認の持ち主と直接知り合うことはほぼ不可能。そういう時こそ本を読み、映像を視聴し、少しずつでも世界と価値観を広げていくことが大切なのだと思います。先日、この本を読んだことで、改めてそう感じました。櫛木理宇さん『氷の致死量』です。

 

こんな人におすすめ

セクシャリティ問題が絡んだサスペンスに興味がある人

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「シェア」 真梨幸子

コロナが流行る前、<シェア>という言葉を頻繁に見聞きする時期がありました。大皿料理やスイーツを頼んで同席者同士でシェア、ステーションに停めてある車をみんなで利用するカーシェアリング、各自の能力を必要に応じて共有・マッチングさせるスキルシェア・・・中でも、一つの家に複数人で住むシェアハウスは、人気リアリティショーの設定となったこともあり、爆発的に知名度を伸ばしました。気の合う仲間同士と楽しく、しかし家族ほどべったり干渉することなく暮らせたら、さぞ快適なことでしょう。

とはいえ、複数人で何らかのものを共有するという<シェア>の性質上、予想外のトラブルの可能性は否定できません。お金の問題、生活パターンの問題、常識の問題etcetc。不快な思いをするだけならまだしも、犯罪に関わってしまうことだってあり得ます。でも、いくらなんでもここまで拗れることは少ないかな?真梨幸子さん『シェア』です。

 

こんな人におすすめ

シェアハウスを舞台にしたイヤミスに興味がある人

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「怖い患者」 久坂部羊

私は根が小心者ということもあり、体に異変を感じたらさっさと病院に行きます。「実は深刻な病気だったらどうしよう」「様子見している内に手遅れになったら・・・」等々、つい悪い想像を巡らせてしまうんです。そのため、昔から病院はけっこう馴染みのある場所でした。

一つの建物内に生と死が同時に存在する病院は、フィクションの世界においても様々なドラマの舞台とされてきました。ヒューマンストーリーなら垣谷美雨さんの『後悔病棟』、サスペンスなら海堂尊さんの『チーム・バチスタの栄光』、ホラーなら五十嵐貴久さんの『リメンバー』etcetc。いずれも病院という場所の特性を活かした名作ばかりです。先日読んだ小説も、病院とそこに関わる人々の人間模様をテーマにしていました。久坂部羊さん『怖い患者』です。

 

こんな人におすすめ

医療の世界を舞台にしたイヤミス短編集が読みたい人

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「ある少女にまつわる殺人の告白」 佐藤青南

私は九州人ということもあり、子どもの頃から方言が身近に存在していました。成長後、地元を離れた時、標準語だと思っていた言葉が実は方言だと知って驚いたり、話し言葉から同郷出身者が分かって何となく嬉しかったりと、方言にまつわる思い出も結構あります。そう言えば、メダカは理科教育が広がるまで<メダカ>という統一名がなく、方言による呼び名が日本全国に五百個近くあると知った時は衝撃だったなぁ。

作中に方言が出てくる小説もたくさんあります。ぱっと思いつくのは、坂東眞砂子さんの『狗神』と、瀬尾まいこさんの『戸村飯店青春100連発』。前者は陰惨な土着ホラー、後者は後味爽やかな青春小説ですが、どちらも方言がうまく使われていました。小説で方言が使われると、標準語より感情が表れやすい分、暗い作風はより陰気に、明るい作風はよりユーモラスになる気がします。先日読んだ小説でも、方言がいい仕事をしていましたよ。佐藤青南さん『ある少女にまつわる殺人の告白』です。

 

こんな人におすすめ

・児童虐待をテーマにした小説に関心がある人

・インタビュー形式の小説が好きな人

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「5分で読める! ひと駅ストーリー 冬の記憶 東口編」 このミステリーがすごい!編集部

暦の上では秋になり、店先に並ぶファッションアイテムも秋を意識したものが増えました。とはいえ、気候はまだまだ夏そのもの。半袖シャツも、帽子も、キンキンに冷えた飲み物も、当分手放せそうにありません。

私はけっこう夏好きな人間ですが、これほど暑いとやはりひんやりした冬が恋しくなります。季節としての冬が遠いなら、せめて小説で冬気分を味わうのも一つの手ではないでしょうか。そんな時はこれ。「このミステリーがすごい!」編集部による『5分で読める! ひと駅ストーリー 冬の記憶 東口編』です。

 

こんな人におすすめ

冬をテーマにしたバラエティ豊かなアンソロジーが読みたい人

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「神様ゲーム」 麻耶雄嵩

小説を読むことの一体何がそんなに楽しいのか。人によって答えは様々でしょうが、ラストの面白さを堪能したいから、と答える人は多い気がします。感動的なフィナーレだったり、衝撃的などんでん返しがあったり、終わったはずの恐怖が再び甦ってきたり・・・現実世界にはそんなにはっきりしたオチがない分、小説で味わいたいと思うのも当然です。

ですが、あえてはっきりした結末を描かず、解釈を読者に委ねるタイプの小説も、また違った面白さがあるんですよ。こういう物語は<リドルストーリー>と呼ばれ、古今東西、多くの読者を魅了し、いい意味で悩ませてきました。例を挙げると、岡嶋二人さんの『クラインの壺』、貫井徳郎さんの『プリズム』『微笑む人』、東野圭吾さんの『どちらかが彼女を殺した』などがあります。そんな中、インパクトという点ではこの作品に勝るものはなかなかないのではないでしょうか。麻耶雄嵩さん『神様ゲーム』です。

 

こんな人におすすめ

後味の悪いリドルストーリーに興味がある人

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