はいくる

「幽霊絵師火狂 筆のみが知る」 近藤史恵

残念ながら私は画才に恵まれませんでした。子どもの頃から、図画工作や美術は苦手な教科の筆頭格。教室の後ろに自分の絵を飾られることが本気で憂鬱だったものです。

そんな私ですが、絵を見る方は結構好きです。正確には、絵そのものを見るというより、絵に関する背景やエピソードを知ることが好きなんですよ。ゴヤの<カルロス四世の家族>にはひっそりとゴヤ本人も描き込まれているとか、ダ・ヴィンチの<最後の晩餐>の向かって右側三人は「誰が裏切り者なんだ?」ではなく「今、キリスト先生が何て仰ったか聞き取れなかった!」と騒いでいるとか、夢中になって調べました。こうしたエピソードは、単に面白いだけでなく、画家の宗教観や死生観、当時の社会情勢などを知る手掛かりにもなるんですよね。今回ご紹介する作品にも、絵に込められた様々な思いや秘密が登場します。近藤史恵さん『幽霊絵師火狂 筆のみが知る』です。

 

こんな人におすすめ

・絵にまつわる不思議なミステリーが読みたい人

・市井の人々が出てくる時代小説が好きな人

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時は明治。病を抱え、俗世と離れて暮らす真阿(まあ)の前に、一人の絵師が現れた。彼の名は火狂。「怖がらせるのが仕事」と語る火狂の絵は、怖くもありながら魅惑的で、真阿はたちまち惹きつけられる。その上、火狂にはこの世ならざるものが見える力があった。夢の中で襲ってくる犬の正体、持ち主にしきりに「帰りたい」と訴えかける絵の謎、過去の罪に囚われた男が味わう生き地獄、若衆と姫君が起こした刃傷沙汰の悲しい真相、どこに売られても必ず描き手のもとに戻って来る絵の秘密・・・・・謎多き絵師と聡い少女が見た、八つの絵画ミステリー

 

近藤史恵さんの久々の時代小説ということで、刊行情報を知った時から読むのを楽しみにしていました。もう一つの時代小説である『猿若町捕物帳シリーズ』が江戸時代なのに対し、本作で描かれるのは明治初期。新時代が始まりつつ、そこここに維新の混乱を感じさせる空気が、ミステリーの舞台としてぴったりでした。

 

「座敷小町」・・・真阿は大きな料理屋「しの田」の一人娘。胸を病み、ずっと離れで暮らしている。ある日、火狂という絵師が「しの田」で居候として暮らすことになった。火狂が描く、どこか恐ろしくも美しい絵に魅了される真阿。交流を深めていく中、火狂は真阿の病気について、不思議なことを口にして・・・・・

本作のダブル主人公である真阿と火狂の出会いのエピソードです。ここで火狂が芸術家風のイケメンではなく、色白で、相撲取りを思わせる巨漢という辺り、なんとなくほのぼのしてしまいました。明らかになった真阿の過去と秘密はかなり壮絶ですが、意外にするりと受け止められた様子。誠実な両親が側にいてくれて良かった!

 

「犬の絵」・・・最近、真阿は頻繁に犬の夢を見る。犬など今まで飼ったこともないのに、どうしてなのだろう。一方、火狂のもとには、客がやって来ていた。その客は、黒い犬が裃を着た絵を火狂に強引に押し付けて帰っていったらしく・・・・・

犬にじわじわと食い殺される夢を見る。それも、一回きりではなく何回も・・・想像しただけで発狂しそうです。めちゃくちゃホラーなシチュエーションですが、今回は因果応報なので後味は悪くありません。こういう幽霊による復讐譚って、結構好きなんですよね。ちなみに、犬に食い殺される夢を見るのは真阿ではないので、ご安心を!

 

「荒波の帰路」・・・一人の男が火狂を訪ねてやって来た。男が持参したのは、火狂自身がかつて描いた花魁の絵。男曰く、この絵を手に入れて以来、描かれた花魁が夢枕に立ち、「帰りたい」と訴える。どうしようもないので、描き手である火狂のもとに持って来たのだという。その後、火狂は何か思うところがあったらしく、土佐に向けて旅立って・・・

<絵がすすり泣く><絵が何かを訴える>というのは、絵画ホラーあるあるネタです。ただこの話の場合、絵に描かれた花魁は何の関係もなく、絵という物体そのものが鍵だったというところが面白いですね。かなり悲惨な話ではあるのですが、ラストを見る限り、絵の持ち主の本懐は果たされたのでしょうか。

 

「彫師の地獄」・・・利市という名の彫師が、火狂のもとにやって来た。利市は、火狂の知人である蓬吉という彫師の弟弟子だそうだ。火狂の錦絵を彫りたいと頼む利市に対し、もう錦絵はやらないと断る火狂。だが、利市の気持ちは収まらない。どうやら、兄弟子の蓬吉との間に何らかの確執があるようで・・・

クリエイターの執念や矜持、エゴが滲み出る話でした。蓬吉が火狂に利市のことを頼みに来たのは、弟弟子への愛情か、それとも・・・という不穏な空気がすごく好み。利市は結局、己がやったことを受け止めきれなかったのでしょう。最後、利市が救われたのか、生き地獄に堕ちたのか、読者によって解釈が分かれそうです。

 

「悲しまない男」・・・「しの田」で、女中のお関の甥・虎丸を預かることになった。お関の妹が死に、遺された妹婿一人では面倒を見きれないからだ。幸い、虎丸はいい子で、「しの田」の面々にもすぐ馴染む。虎丸は父親の太吉が大好きなようだが、お関は、義弟に当たる太吉が怖いという。何でも、太吉は妻が死んだというのに少しも悲しそうでないらしく・・・

本作では珍しい、手放しのハッピーエンド!健気で可愛い虎丸が泣く羽目にならなくて本当に良かったです。太吉・虎丸親子を見守り、サポートする「しの田」の面々も素敵だし、人の優しさ暖かさが染み入るエピソードでした。最後の真阿の述懐がなんとも深いですね。

 

「若衆刃傷」・・・火狂が旅に出かけている間、彼の部屋をこっそり覗いた真阿は、床の間に絵が掛かっていることに気付く。女のように優しげな若衆の絵だ。お関が言うには、火狂を訪ねてきた男が持っていた絵で、留守だと知るとそのまま置いて帰ったのだという。火狂不在の日々が過ぎる中、真阿は絵の若衆が姫君を刃物で刺す夢を見て・・・

ミステリーとしての構成は、この話が一番好きです。真阿が夢で見た、若衆と姫君の刃傷沙汰が、真相そのものではなくさらに一捻りしてある展開が実に巧妙。絵の中の若衆のたおやかさに反し、生身の男女の愛憎の生臭いことといったら・・・一つ前の「悲しまない男」がハートウォーミングな話だった分、この話のやり切れなさが際立って感じられました。

 

「夜鷹御前」・・・火狂を訪ねてきた元武士だという男が、一枚の絵を置いていった。莚を持った夜鷹風の女が、武家の奥方のように打掛を着ている、不思議な絵だ。持参した元武士は生活に困窮しているらしく、この絵を売りたがっていたので火狂が協力してやるのだそうだ。幸いすぐ絵は売れるも、なぜか十日と経たずに返却されてきてしまい・・・

ホラーにおいて、<曰く付きのアイテムを手放そうとしても、なぜか戻ってきてしまう>というのは、いわばお約束。曰くの原因が持ち主ではなく、まったく別の所にあるというのも、いかにも日本の怪談っぽいですね。あえて武家の奥方風の格好をしてモデルとなった夜鷹の心境を思うと、やるせない気持ちになりました。

 

「筆のみが知る」・・・火狂が病に倒れた。いつまで経っても回復しないので、「しの田」の親戚筋の家の離れで静養させることになる。火狂が心配で堪らない中、真阿はある夢を見た。赤ん坊を背負った女が、一心に不動明王の絵を描く夢だ。真阿はその女が激しく怒っているのだと感じ・・・・・

最終話にして、ついに火狂の過去が明かされます。その悲惨さは予想以上でしたが、だからこそ、今「しの田」で真阿と交流を持てたことが救いに感じられました。読み終わってみれば、タイトルの「筆のみが知る」に意味があったと分かって納得!真阿の背景とわずかながら絡みがあったという展開も心憎いです。

 

霊能力や幽霊がさらりと登場するし、ゾッとさせられる切ない話が大半なのですが、主人公の真阿が健やかな子のためか、読後感は良いです。終わり方からして、たぶん続編の構想があるのでしょうね。火狂の過去は、まだ不透明な部分が結構多いので、二作目ではその辺りを明らかにしてほしいです。

 

絵の描写が不気味でいて美しい度★★★★★

火狂と真阿のやり取りは最高にほっこり!度★★★★☆

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コメント

  1. しんくん より:

     自分も画才はなく最初になりたいと思った職業は漫画家でしたがあまりにも絵が下手で諦めました。書道の有段者にも関わらず字が下手で恥ずかしいです。
     しかし息子は書道で賞を取り市役所で展示され、娘は何度か賞を取り賞状まで貰って展示会に行きました。
     ルネサンスが好きで西洋の芸術は大好きで美術館巡りも好きで芸術家の人生を描いた作品も原田マハさんの影響でかなりハマりました。
     日本の芸術は葛飾北斎など江戸文化の芸術は好きですが明治時代は近代との切り替えの最中というイメージであまり詳しくないですが、芸術ミステリーで江戸川乱歩の世界観がありそうで面白そうです。
     櫛木理宇さんの「少年籠城」~なかなか衝撃的でした。
     ホーンテッド・キャンパスもそろそろ新刊が出そうですね。
     そろそろ終了かと思うと少し寂しいです。
     

    1. ライオンまる より:

      お子さん達にはクリエイティブな方面でのセンスがあるんですね。
      絵に関心があるなら、なおさら本作の奥の深さが伝わると思います。
      「少年籠城」、昨日受け取ってきました!読むのが楽しみです。
      「ホーンテッド~」は最新刊がもうすぐ発売ですね。
      主人公の年齢からして、もうすぐ完結っぽいので、話が進むのが待ち遠しいような寂しいような複雑な気持ちです。

  2. しんくん より:

     面白かったです。
     火狂と真阿の兄妹のような関係と微妙にオカルトが絡んだミステリーが良かったですね。江戸時代の設定かと思ったら、明治維新の後の設定でそれが返って読みやすかったです。
     真阿が部屋から出して貰えない真相に絶妙のタイミングで火狂が登場した場面から急展開して余計に面白く感じました。
     続編を期待したですね。
     櫛木理宇さんのドリームモンスターズを借りて来ました。
     これは読まれましたか。

    1. ライオンまる より:

      火狂と真阿の関係に色恋を入れず、兄貴分・妹分としての信頼に留めているところが清々しかったです。
      時代背景ともぴったり合っていたし、続きが出てほしいですね。

      「ドリームモンスターズ」、未読です。
      読む前に「ホーンテッドキャンパス」を借り始めてしまい、うっかりそのまま忘れていました(^^;)
      感想、楽しみにしています!

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