ミステリー

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「琥珀の夏」 辻村深月

少し前から<親ガチャ>という言葉を聞くようになりました。これはカプセルトイやソーシャルゲームのアイテム課金方式の<ガチャ>になぞられた言い方で、<どんな親の元に生まれるか、事前に自分で選ぶことはできない>という意味だとか。「甘えだ」「責任転嫁に過ぎない」という非難もある一方、DV等に苦しんで育った人達からは賛同を得ているようです。

私個人で言えば、どちらかといえば賛成する気持ちの方が大きいです。心身共に健康に成長した大人が「もっと金持ちの家に生まれたかった。親ガチャ外れた」と言うのは甘えだと思いますが、それが幼い子どもなら?その子の親が、子どもの人権など認めず、命すら危ぶまれるような目に我が子を遭わせる人間だったら?自立して生きていくことが不可能な幼児にとって、どんな親の元に生まれるか、どんな大人に囲まれて育つかは、人生最初にして最大の大博打と言っても過言ではありません。この作品を読んで、つくづくそう思いました。辻村深月さん『琥珀の夏』です。

 

こんな人におすすめ

子ども時代の苦い記憶を扱ったヒューマンミステリーが読みたい人

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「瞬間移動死体」 西澤保彦

SFやファンタジーの世界では、しばしば超自然的な能力が登場します。創作物の中ではとても魅力的な要素となり得ますが、現実世界に置き換えた場合、「こんな能力があっても困るよな・・・」と思うものも多いです。<辺り一帯に大地震や地割れを起こす能力>なんて、現代日本で必要となる機会がそうそうあるとも思えません。

一方、使い勝手が良く、日常生活で役立ちそうな超能力も色々あります。<瞬間移動>なんて、その筆頭格ではないでしょうか。これは物体を離れた場所に送ったり、自分自身が離れた場所に瞬時に移動する能力のこと。こんな能力があれば、通勤や通学、レジャーなどで移動する時も楽ですし、非常時の避難だって簡単にできます。とはいえ、メリットがあればデメリットもあるというのがお約束。では、瞬間移動ならどうかというと・・・?そんな諸々の悲喜劇を描いた作品がこれ。西澤保彦さん『瞬間移動死体』です。

 

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超能力が絡んだ本格ミステリが読みたい人

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「刑事のまなざし」 薬丸岳

ミステリーないしサスペンス作品に最も多く登場する職業は何でしょうか。仮にランキングを作ったとしたら、上位三位の中には<警察関係者>が入っていると思います。というか、上記のジャンルの作品で、主要登場人物の中に警察関係者が一人もいないケースの方がレアでしょう。

ただ、よく登場する職業なだけあって、マンネリ化を避けるためには、魅力的かつ個性的な味付けが必要となります。例えば、赤川次郎さんの『四字熟語シリーズ』に登場する大貫警部は、恐ろしく食い意地が張っている上に傲岸不遜。中山七里さんの『犬養隼人シリーズ』に登場するする犬養隼人は、元役者志望という経歴に加え、男の嘘には敏感だが女のそれは大の苦手という個性の持ち主。この作品に登場する刑事も、上記の二人と比べ強烈さでは負けるかもしれませんが、目を離せなくなる存在感を持っていました。薬丸岳さん『刑事のまなざし』です。

 

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人間の悲哀を描いたミステリーが読みたい人

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「邪教の子」 澤村伊智

宗教とは本来、人を救い、拠り所となるための存在です。苦しいことがあれば乗り越えられるよう神に祈り、善行を積めば死後に天国に行けると信じる。そんな信仰心は、時に人に大きな力を与えました。「神様の加護があるのだから大丈夫」。そう確信し、自信を持って物事に臨めば、不安も緊張もなく一〇〇パーセント能力を発揮することも可能でしょう。

と同時に、悲しいかな、信仰心が残酷な事態を引き起こしてしまうこともあり得ます。古今東西、神の名のもとに起こった争いは数えきれませんし、カルト教団によるテロや集団自殺が決行されたこともあります。小説で宗教問題が取り上げられる場合、こうした異常さがクローズアップされることが多いようですね。今回ご紹介する小説もそうでした。澤村伊智さん『邪教の子』です。

 

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新興宗教をテーマにしたダーク・ミステリーが読みたい人

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「暗鬼」 乃南アサ

「結婚においては本人同士の気持ちが一番大事」「相手の家族なんて関係ない」。昨今ではこういう考え方が主流だと思います。もちろん、それも一つの真理なのでしょうが、やはり揉め事は少ない方が有難いもの。配偶者の家族が善人で、結婚後も円満に付き合っていけるなら、これほど嬉しいことはありません。

人類誕生時からの不変のテーマだからか(大袈裟?)、義実家とのあれこれを描いた小説はたくさんあります。伊坂幸太郎さんの『シーソーモンスター』や群ようこさんの『それ行け!トシコさん』では義家族との果てなきバトルが、山口恵以子さんの『食堂のおばちゃんシリーズ』では支え合う嫁姑の絆が、当ブログでも取り上げた小池真理子さんの『唐沢家の四本の百合』では魅力的な舅を中心とした愛憎劇が描かれました。では、この小説ではどうでしょうか。乃南アサさん『暗鬼』です。

 

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家族の秘密をテーマにしたサスペンスが読みたい人

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「黄泉路の犬---南方署強行犯係」 近藤史恵

私は子どもの頃からずっとペット禁止のマンション住まいだったこともあり、動物を飼った経験がありません。ですが、身近には動物好きの人が多く、ペットにまつわるあれこれを聞く機会もしょっちゅうありました。自分を無心に慕ってくれる生き物と暮らすのは、とても幸せなことでしょう。

とはいえ、悲しいかな、ペットに関する悲しい話もたくさんあります。例えば保健所での殺処分問題や、多頭崩壊問題。無機物であるゴミの処分問題だって深刻なのですから、相手が生き物となると、その酷さはとても言葉で語り尽くせるものではありません。こうした問題を扱った書籍となると、どうしてもノンフィクション寄りになりがちですが、今回は小説をご紹介したいと思います。近藤史恵さん『黄泉路の犬-――南方署強行犯係』です。

 

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日本のペット問題を扱った小説に興味がある人

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「上と外」 恩田陸

結構な映画好きを自負している私が一番初めにハマったジャンル、それはアドベンチャーです。例を挙げるなら『インディ・ジョーンズシリーズ』や『ハムナプトラシリーズ』などですね。この手の作品はストーリーやキャラクター設定が分かりやすく、最後には善が悪を倒してスッキリ解決!という流れが多いので、安心して楽しむことができました。

ただ、映像作品ではなく小説、それも現代の日本人を主人公としたものとなると、数が限られてきます。手に汗握るハラハラシーンは画面映えしますし、今を生きる日本人が冒険に出かける機会は多いとは言い難いせいでしょうか。現に、田中芳樹さんの『アップフェルラント物語』は二十世紀初頭のヨーロッパの小国が舞台ですし、宮部みゆきさんの『ブレイブ・ストーリー』は日本人の少年が異世界で大冒険を繰り広げます。なので、今日ご紹介する作品は、なかなか貴重な設定と言えるかもしれません。恩田陸さん『上と外』です。

 

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少年少女の冒険物語が読みたい人

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「人格転移の殺人」 西澤保彦

<あの人は人が変わってしまった>という言い回しがあります。ある人の性格や行動パターンが唐突にガラッと変わった時によく用いられますね。現実では、本当に人が変わったわけではなく、何らかのきっかけにより人となりが激変したというケースがほとんどでしょう。

一方、フィクションの世界の場合、例えでも何でもなく本当に<人が変わった>ということがあり得ます。こういう設定で有名なのは、東野圭吾さんの『秘密』。事故で死んだ娘の体に、同じく事故死した母親の魂が宿ってしまうというヒューマンファンタジーでした。何度も映像化されているので、ご存知の方も多いと思います。ただ、私が<人が変わった>系の小説で連想するのは、実はこちらの方なんですよ。西澤保彦さん『人格転移の殺人』です。

 

こんな人におすすめ

SF設定が絡んだミステリーが読みたい人

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「まりも日記」 真梨幸子

ペットを飼うことは、ここで書ききれないほどの幸せをもたらしてくれます。毎日同じ屋根の下で寝起きし、食事をし、一緒に遊んだり、気まぐれに振り回されたり、甘えておねだりされたり・・・・・こんな風に家族として過ごしていれば、ペットの死により心を病む人がいるというのも頷けます。

ですが、ペットがもたらすのは喜びばかりではありません。どんな物事もそうであるように、辛いこと、大変なことも山ほどあります。体力的な辛さとか、精神的なプレッシャーとか、色々ありますが、突き詰めていけば最終的にお金の問題になるのではないでしょうか。動物を飼うためにはふさわしい住環境や餌を準備しなくてはなりませんし、病気や怪我をするたび、高額の医療費がかかります。こうやって列挙しただけでは苦労が分かりにくいかもしれませんが、この本を読めば少しはイメージが湧くかも・・・・・真梨幸子さん『まりも日記』です。

 

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猫を絡めたイヤミスが読みたい人

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「悪の芽」 貫井徳郎

学生だった頃を振り返ってみると、一番ぎすぎすして精神的にきつかったのが中学時代。ただ、一番後悔が多いのは小学校時代です。何しろ小学生と言えば、まだ幼児に毛が生えたようなもの(言い過ぎ?)。後になってみれば、よくあんなこと言えたよな、なんであんなことしちゃったんだろう・・・と頭を抱えてしまうようなこともありました。

小学生時代が出てくる小説としては、過去にブログでも取り上げた加納朋子さんの『ぐるぐる猿と歌う鳥』や降田天さんの『女王はかえらない』があります。他には湊かなえさんの『贖罪』、湯本香樹実さんの『夏の庭-The Friends』、朱川湊人さんの『オルゴォル』etcetc。イヤミスもあれば成長物語もありますが、どれも小学生特有の未熟さ、幼さが描かれていました。この作品でも、あまりに幼稚な小学生時代の罪が丁寧に描写されていましたよ。貫井徳郎さん『悪の芽』です。

 

こんな人におすすめ

子ども時代の罪と後悔をテーマにしたミステリーが読みたい人

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