俳句というのは、とても奥の深い芸術です。たった十七文字という、詩の世界の中でも異例の短さで、風景や作者の心情を表現する。文字数が少ない分、一見簡単だと思えるかもしれませんが、十七文字という縛りの中で世界観を作り上げるのは至難の業です。日本での認知度の高さは言うに及ばず、近年では海外にまで俳句文化が進出し、英語で俳句を詠むこともあるのだとか。日本の伝統文化が世界に広まるのは、日本人として嬉しいことですね。
それほど有名な俳句ですが、俳句が大きく取り上げられた小説となると、私は今まであまり知りませんでした。松尾芭蕉や小林一茶といった有名な俳人が主人公の小説ならいくつかあるものの、それらは俳句そのものがテーマというわけではありません。なので、先日、この作品を読んだ時はとても新鮮で面白かったです。宮部みゆきさんの『ぼんぼん彩句』です。
こんな人におすすめ
俳句をテーマにしたバラエティ豊かな短編集に興味がある人
亡き少女を取り巻く人間関係の意外な顛末、穏やかな墓参りに差す一筋の影、季節が移り変わっても枯れない実の謎、虐げられてきた娘を待つ予想外の贈り物、恋人に裏切られた娘が廃墟で見たもの、葬儀の場で妹が語る兄の死の真相、数年置きに同じ場所で語られる家族の人生・・・・・ヒューマン、ホラー、SF。俳句をテーマに描かれる、著者渾身の短編小説集
宮部みゆきさんが、親しい仕事仲間が詠んだ俳句をもとに執筆した短編小説集です。特徴は、妙に意味ありげでミステリアスな雰囲気の句が多いということ。あとがきにも書いてありますが、同じ俳句でも、詠み人と宮部みゆきさんとで解釈が同じとは限りません。話そのものもさることながら、「この俳句、作者は一体どういう情景を想像して詠んだんだろう・・・」と、ゾワゾワしながら想像するのも面白かったです。
「枯れ向日葵呼んで振り向く奴がいる」・・・婚約者の突然の心変わりにより、結婚が破談となったアツコ。諸々の雑事を終えたアツコは、ある日、衝動的に乗ったバスで終点まで向かう。辿り着いた公園で、ふと、目に付いた植物園に入ってみるのだが・・・
向日葵は明るく元気いっぱいなイメージがある反面、種がぎっしり詰まった様子や、<あなただけ見つめる>という花言葉から、不気味な解釈をされることもある花です。本作でも、とある状態になった向日葵が、辺り一面にずらりと並ぶ様子はなかなかホラー。アツコの孤独な現状と相まってうすら寒さを感じさせますが、私はラストに一筋の希望があると感じました。今枯れているからといって、明日もそうとは限らない。そうですよね、宮部さん?
「鋏刺し庭の鶏頭刎ね尽くす」・・・若干十五歳で急死した一人の少女。それから時が流れても、少女の死は人々の心に影と落とし続ける。幼馴染の少年、少年の妹と母、少年が成長後に結婚した女性。彼らの話から浮かび上がる少女の姿とは・・・・・
遥か昔に死んだ相手のことを、結婚後何年経っても繰り返し繰り返し引き合いに出され続ける。それも、夫だけでなく、夫側の家族全員から。妻にしてみれば、いい加減にしてくれ!と叫びたくもなるでしょう。おまけにこの話の場合、夫側と、亡くなった少女の遺族側で、人間関係の見え方が違うのが怖いところです。結果的に妻は前を向けそうだけど、夫やその家族は・・・一生このままなのかなぁ。
「プレゼントコートマフラームートンブーツ」・・・平凡な毎日を送る小学生・アタルの家に、ある時、謎の女が訪れる。どうやらアタルの家を、元カレの実家と勘違いして押しかけて来たらしい。女・アヤミ曰く、けじめとして、元カレからもらったプレゼントを返したかったのだそうだ。しかしアタルの家は元カレ実家とは無関係であり、品物を受け取るわけにはいかない。するとアヤミは意外なことを言い出して・・・・・
やっぱり宮部みゆきさんが描く少年キャラは最高にいい!現実的に考えると、ちょっといい子すぎる気もしますが、フィクションなのでOKです。アタルがこれほど真っすぐないい子じゃなかったら、アヤミも暴走してしまったかもしれませんしね。アタルが、<別れるとなった以上、けじめとして元カレのプレゼントを返したい>というアヤミの気持ちを察せるようになるのは、もう少し先の話かな。
「散ることは実るためなり桃の花」・・・一人静かな老後を送る昭子の唯一の気がかり。それは女手一つで育て上げた一人娘・光葉のことだ。どう考えてもろくでなしとしか思えない男と結婚し、生活のために働き続け、年々やつれていく光葉。そんな中、昭子は光葉の夫が若い女とデートしている現場を見てしまい・・・
傍から見て、光葉が夫にとって金蔓にすぎないということ、このままでは不幸まっしぐらということは、誰の目にも明らか。おまけにこの話の場合、光葉自身、夫の不行状のことを把握しつつ「必ず戻ってきてくれる」と耐えているのだから、余計に始末に負えません。昭子のもどかしさと、光葉の哀しさ、二人がかつて読んだ本の絡ませ方が絶妙でした。この親子が屈託なく笑い合える日が早く来ればいいなと思います。
「異国より訪れし婿墓洗う」・・・愛する子ども達、優しい嫁や娘婿、可愛らしい孫。彼らと共に穏やかな日々を過ごす琴子は、家族揃って亡夫の墓参りに向かう。そこで偶然出くわした、かつて近所に住んでいた女性。彼女との出会いにより、琴子の心はざわめいて・・・・・
この話の舞台は恐らく近未来であり、SF的な要素が強く絡んでいます。家族揃っての墓参りというのどかな光景との対比が強烈で、ものすごくインパクトありました。琴子の心情を思うと切ないけど、彼女が心安らかになる方法は、それしかないのかな・・・もし仮に作中に出てくる技術が実現した場合、どういう決断をするのか、読者によって答えが分かれそうです。
「月隠るついさっきまで人だった」・・・内気でおっとりした姉に彼氏ができたらしい。日に日に綺麗になる姉の姿に、ミノリも母親も喜ぶが、次第に姉の様子が変わり出す。顔色が悪くなり、どんどんやつれ、気に入っていたバイトも辞めてしまう。不審に思う中、ミノリは姉の彼氏・タツヤと会う機会があって・・・
短編ながら、優しかった恋人がDVモラハラ男へ、さらにストーカーへ変貌していく描写が丁寧で、その禍々しさに鳥肌が立ちそうでした。唯一の救いは、家族一同が姉の味方であり、全員が行動力も勇気も持ち合わせているということでしょうか。はっきりした結末を語らず、その後を読者に想像させるところがこの短編集の魅力の一つ。とはいえ、この話は、ちゃんと解決したのかどうか、しっかり教えてほしいです。
「窓際のゴーヤカーテン実は二つ」・・・夫と仲睦まじく暮らす美冬の、ちょっとした不満。それは、越してきたマンションの西日が強烈なことだ。そんな美冬に、隣家の夫人がゴーヤでカーテンを作るといいとアドバイスしてくれる。早速試してみたら、大成功。日差しが和らいだ上にゴーヤ料理は美味しく、夫婦で大満足する。そんなある日、美冬は、ゴーヤがいつまで経っても枯れないと気づき・・・
どれだけ月日が流れても枯れないゴーヤという、どことなく微笑ましい謎と、主人公が抱える傷の深さのギャップが印象的でした。薔薇とか百合とかなら、なんとなく雰囲気もありますが、美味しくもりもり食べられるゴーヤですもんね。ラスト、行動に出た主人公は望むものを手に入れられたのかな・・・無神経な同僚は、水虫にでもなっちゃえばいいのに。
「山降りる旅駅ごとき花ひらき」・・・母親や妹から長年冷遇され続けてきた春恵。ある時、春恵は亡き祖父の遺言状の中身を確かめるため、久しぶりに家族の集まりに参加する。集合場所となった温泉旅館で、相変わらず母も妹も春恵を虐げ、場はぎくしゃくしっぱなし。その夜、旅館の女将がこっそり春恵に声をかけてきて・・・
いやー、スカッと爽やか!中盤までの、実母と実妹による主人公いじめ(理由は恐らく、子ども達の中で主人公一人だけ、父方の家系の顔立ちだから)が本当に胸糞悪い分、後半の展開が清々しいです。でも実際、集団の中でわざと一人を生贄役とすることで他全員が和気藹々盛り上がることって、悲しいかな、よくあるんですよね。意外なところから救いの手が差し伸べられたことだし、主人公の今後に幸多かれと願わずにいられません。
「薄闇や苔むす墓石に蜥蜴の子」・・・家族で新居に越してきた小学生のケンイチは、ある日、ふと思いついて家の裏手の丘を探検しようと決める。そこで見つけた、古い虫眼鏡。名前が書いてあったため、落とし物と思って交番に届けるも、なんとそれは五年前に失踪した男の子の持ち物だった。ケンイチの証言から付近を捜索したところ、男の子の白骨死体が見つかって・・・
第三話同様、利発な少年が主人公ですが、こちらは子どもが犠牲となった殺人事件が絡んでいることもあり、瑞々しさではなくやりきれなさを強く感じます。行方不明の少年の遺体を見つけて一段落、ではなく、その後の家族のことに焦点を当てているのもポイント。ケンイチの母親も、一〇〇パーセント善意と労わりの気持ちで発した言葉なのでしょうが・・・私も気づいていないだけで、こういう悪意なき軽率さを発揮している気がして、少し怖かったです。
「薔薇落つる丑三つの刻誰ぞいぬ」・・・タチの悪い彼氏やその仲間に拉致され、心霊スポットと名高い廃病院に連れて来られた女子大生・ミエコ。そこで不気味な出来事が相次ぎ、彼氏や仲間達はミエコを置き去りにして逃げてしまう。途方に暮れるミエコの前に現れた、女の顔。女は自身を、かつてこの病院に出入りしていた人々の残留思念だと語り・・・
人でなし共が!お前ら全員痛い目に遭っちまえ!と罵倒したくなるくらい、ミエコの彼氏とその仲間達は性悪です。流されることなく正しい方向に進めるミエコは立派ですが、最悪の結果にならず本当に良かった。この優しい残留思念(not幽霊)が、今もどこかで悩める人を助けていればいいのになと思います。
「冬晴れの遠出の先の野辺送り」・・・限りなく自殺としか思えない形で、兄が死んだ。いつも真面目で、穏やかで、痴漢から女の子を助けてあげるほど心優しかった兄。妹の裕子は、家族と共に兄の葬儀を執り行う。兄が自殺したのだとしたら、動機は恋人との破局だとしか思えないのだが・・・・・
兄の葬儀の最中、なりゆきで同行することになった女学生。たぶん、彼女が何らかの形で物語に絡んでくるんだろうな・・・と思わせて、もうひと捻りする展開が秀逸でした。この兄が、裕子にとってはいい兄だったであろうことが、なんともやりきれなかったです。裕子が、後から罪悪感を感じるような行動を取らずに済んだところが救いでした。
「同じ飯同じ菜を食う春日和」・・・知る人ぞ知る場所にひっそり建つ展望台。とある家族が、数年置きにその場を訪れ、語り合う。時が流れるにつれ、家族を取り巻く状況も少しずつ変化していって・・・・・
地の文がなく、家族の会話のみで展開していきます。一区切りごとに年月が流れ、幼かった子どもが段々と大きくなり、両親の仕事や家族関係に変化が生じ、社会情勢も変わっていく・・・時に切なく、時に温かい物語と、展望台という舞台がぴったりマッチしていました。ほろ苦さも感じさせつつ、最終話にふさわしい、胸に染み入る物語だったと思います。からっと揚がった菜の花の天ぷら、美味しそう!
不穏な雰囲気の話も結構あるのですが、最終話が後味爽やかなので、作品全体の読後感も悪くないと思います。あとがきを信じるなら第二弾、第三弾の構想もあるとのこと。早くも刊行が楽しみですね。ここ最近、宮部みゆきさんは時代小説の方が目立っていた気がしますが、現代小説も素晴らしいなと改めて実感させられました。
どちらかというとホラー寄りの話が多いです★★★★☆
あとがきもなかなか興味深い度★★★★★
限られた文字数で表現される俳句、川柳は好きです。
宮部みゆきさんの百物語は3作目までしか読んでいません。
俳句は文学的な要素ですが元は遊びですので、楽しみながら気軽に読めそうです。
短編自体は重たい内容もミステリーもありそうですがどれも楽しめそうです。
最近、宮部みゆきさんと言えば、百物語シリーズをはじめとする時代小説しか読んでいませんでしたが、やっぱり現代小説も面白いなとしみじみ実感しました。
ほのぼの系、SF系、ホラー系と、幅広いジャンルが収録されていて、お得感たっぷりですよ。
乃南アサさんの「雫の街」を読了しました。
これからまたしばらく予約本の到着がなくなりそうなので、昔読んだ本を再読していこうと思います。