物語を創る上で、テーマ設定はとても重要です。中には、特にテーマを決めず自由気ままに創作するケースもあるでしょうが、これは恐らく少数派。「身分違いの恋を書こう」とか「サラリーマンの下剋上物語にしよう」とか、最初に設定しておくことの方が多いと思います。
古今東西、大勢のクリエイターが様々なテーマを基に創作活動を行ってきたわけですから、その数はまさに天井知らず。となると、当然のごとく、ウケがいいテーマと、そうでもないテーマが出てきます。前者の代表格と言えば、やはり<時事ネタ>ではないでしょうか。今この時、世間を騒がせている問題をテーマにすることで、より多くの注目を集めることができます。今回取り上げる作品も、今という時代を象徴するようなテーマ選びがなされていました。結城真一郎さんの『#真相をお話しします』です。
こんな人におすすめ
世相を反映したどんでん返しミステリーに興味がある人
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<事件解決>とは、果たしてどのタイミングを指すのでしょうか。<捜査>という観点からいうと、犯人を逮捕したタイミング。もっと踏み込むなら、逮捕後、裁判によって動機や犯行方法等がすべて明らかとなり、然るべき刑を科されたタイミングだと考える人が多い気がします。
ただ、創作の世界に関して言えば、必ずしも逮捕や裁判が事件解決の必須条件となるわけではありません。登場人物の会話や独白、回想等で真相発覚・事件解決となることもあり得ます。「で、この後どうなるの!?」「犯人は捕まったの!?」というモヤモヤ感を残すことが多いため、イヤミスやホラーのジャンルでしばしば出てくるパターンですね。消化不良という批判を浴びがちですが、私はこういう後味の悪さが大好きです。そして、登場人物のやり取りで謎解きするという作風なら、やっぱりこの方でしょう。今回は、西澤保彦さんの『謎亭論処(めいていろんど) 匠千暁の事件簿』を取り上げたいと思います。
こんな人におすすめ
・多重解決ミステリーが読みたい人
・『匠千暁シリーズ』が好きな人
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薔薇という花には、とにかく豪奢で華麗なイメージが付きまといます。華やかな色合いや、花びらが重なったフォルムがそうさせるのでしょうか。エジプト女王のクレオパトラ七世やナポレオンの最初の妻・ジョゼフィーヌ等、薔薇を愛した歴史上の人物も大勢います。
と同時に、薔薇は時に、<不吉><残酷>の象徴としても扱われます。日本の桜と同様、あまりに鮮烈な美しさが、逆に見る者に不安を覚えさせるのかもしれませんね。創作の世界においても、殺人鬼が薔薇を好んでいたり、吸血鬼が薔薇から生命力を吸い取るシーンがあったりと、禍々しく不気味な小道具として登場しがちです。この作品でも、薔薇がゾッとするような使われ方をしていました。近藤史恵さんの『薔薇を拒む』です。
こんな人におすすめ
不穏な雰囲気のゴシックサスペンスが好きな人
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<群衆事故>という事故があります。文字通り、統制・誘導されていない群衆によって引き起こされる事故のことで、集団の密度が高ければ高いほど発生リスクが高まるのだとか。二〇二二年に韓国で起きた梨泰院群衆事故は記憶に新しいですし、日本でも二〇〇一年に兵庫県明石市で花火大会帰りの群衆が歩道橋に殺到し、十一名の死者を出す大惨事になっています。
これは群衆事故に限った話ではありませんが、悲惨な事故が起こった場合、<なぜそんなことが起こったか>を調べるのはとても大事なことです。そして、フィクション作品の場合、大抵この<なぜ>の部分にとんでもない謎や秘密が仕掛けられていることが多いです。では、この作品はどうでしょうか。今回は、恩田陸さんの『Q&A』を取り上げたいと思います。
こんな人におすすめ
インタビュー形式で進むホラーミステリーが好きな人
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傑作選。読んで字のごとく、特定のジャンルや著者の作品の中から、良作を選りすぐったもののことです。基本、すでに世に出ている作品から選ばれるので、新作だと思って手を伸ばしたら「知ってるやつばかりじゃん!」とショックを受けることもあり得ます。
とはいえ、対象作品を読み尽くしていない場合は、傑作選はとても有難い存在です。何しろ収録されているのは、ほぼ確実にレベルの高い作品ばかり。読んでガッカリする可能性は低いです。「この人の作品、他にはどんなのがあるんだろう」「こういうジャンルってあんまり知らないから、とりあえずお勧め作品を読んでみたいな」という時にはぴったりですよ。例えば、「今までイヤミスを読んだことってなかったから、お勧めがあれば読んでみよう」という方には、これなんていかがでしょうか。「このミステリーがすごい!」編集部による『3分で不穏!ゾクッとするイヤミスの物語』です。
こんな人におすすめ
イヤミス専門のアンソロジーが読みたい人
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これまでミステリーやホラー小説のレビューで散々「仰天しました」「まんまと騙されました」「驚きでひっくり返りそうでした」と書いてきたことからも分かるように、私は物事の裏を読むのが苦手です。小説にしろ映画にしろ、どんでん返し系の作品はほぼ一〇〇パーセント引っかかり、ラストで絶句するのがいつものパターン。なんならティーンエイジャー向けに書かれたヤングアダルト小説にすら、しっかり騙されてしまいます。
とはいえ、それなりに長い読書人生の中には、珍しくトリックを見破れた経験も少ないながら存在します。作者の術中にまんまとはまり、ラストでびっくりするのも楽しいですが、隠された真相に気付くのもそれはそれでオツなもの。今日取り上げる作品は、ものすごく久しぶりにトリックを看破することができて嬉しかったです。真梨幸子さんの『さっちゃんは、なぜ死んだのか?』です。
こんな人におすすめ
社会背景を活かしたイヤミスに興味がある人
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SFやホラーの分野では、しばしば<主要登場人物が何者かに体を乗っ取られる>というシチュエーションが登場します。見た目は本人そのものなので周囲は異変に気付かず、狼藉を許してしまうというハラハラドキドキ感がこの設定のキモ。乗っ取られる側にしても、<完全に意識が消滅する><意識はあるが指一本動かせず、自分の体の悪行を見ているしかない><無意識下(睡眠中とか)に悪行が行われるため、乗っ取られた自覚ゼロ>等々、色々なパターンが存在します。
登場人物の見た目が重要な要素になるせいか、小説より映像作品でよく出てくる設定な気がします。私が好きなのはハリウッド映画の『ノイズ』。宇宙からの帰還後、別人のようになってしまう夫を演じたジョニー・デップがミステリアスで印象的でした。では、小説界でのお気に入りはというと、ちょっと特殊な作風ながらこれが好きなんですよ。西澤保彦さんの『スナッチ』です。
こんな人におすすめ
特殊な設定のSFミステリーに興味がある人
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空港。読んで字の如く空の港であり、国内外を結ぶ要です。旅行や出張の際はお世話になることも多い場所のため、親しみを感じる人もたくさんいるでしょう。飛行機移動の予定がなくても、空港内を散策したりショップ巡りするのが好きという人も結構いるようですね。私自身、大の甘党のため、空港のお菓子コーナーをうろうろするのが大好きです。
とはいえ、悲しいかな、空港はいつも楽しく和気藹々としているわけではありません。多くの人間が出入りし、海外との往来の要所ともなる性質上、犯罪の通過点になり得てしまうのです。そんな場所だからこそ、こういう刑事にいてもらえたらどれだけ安心でしょうか。今回取り上げるのは、中山七里さんの『こちら空港警察』。中山ワールドに新たな名刑事が誕生しました。
こんな人におすすめ
・空港にまつわる犯罪をテーマにした作品に興味がある人
・癖のある刑事キャラが好きな人
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二〇二四年三月、映画『変な家』が公開されました。YouTubeの動画時代から雨穴さんの作品の大ファンだった私は、すっかりメジャーになって・・・と感無量。動画版があまりに完成されていたこともあり、ホラー寄りのアレンジがなされた映画版は賛否両論あるようですね。『変な家』の場合、<短編動画→後日談を付けて長編小説化→ホラー風の映画化>という順に進んできたので、余計に意見が分かれるのかもしれません。私としては、「動画や小説とは違うけど、独立した作品としては面白い!」という感じでした。
とはいえ、「雨穴さんの作品の持つじわじわこみ上げるような怖さは、大画面じゃ再現しきれない」と感じるファンも一定数いることでしょう。私自身、そういう気持ちが一切ないと言えば嘘になってしまいます。映画版に物足りなさを感じた時は、この作品がお勧めですよ。今回ご紹介するのは雨穴さんの『変な家2』です。
こんな人におすすめ
家にまつわるサイコサスペンスが読みたい人
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ミステリーの探偵役は、とにもかくにも個性的でインパクト抜群なタイプが多いです。シャーロック・ホームズや金田一耕助は言うに及ばず、坂木司さん『ひきこもり探偵シリーズ』の鳥井は精神的負荷がかかると幼児返りする引きこもりで、東川篤弥さん『謎解きはディナーのあとでシリーズ』の影山は毒舌執事。赤川次郎さん『三毛猫ホームズシリーズ』にいたっては、謎解きの中心となるのがなんと猫です。現実では到底出会えないようなキャラクターが生き生き事件解決しているのを見るのは楽しいですね。
その一方、個性や人間味の描写がないからこそ輝くタイプのキャラクターもいます。例えば、当ブログでも何度か取り上げた西澤保彦さん『腕貫探偵シリーズ』の<腕貫男>。腕貫を付けた地味な容姿の市役所職員で、シリーズ通して内面描写はほぼないにも関わらず、その脂っけのなさが逆に印象的なんです。それから、この作品の主人公も、人間味を見せない所にある種の魅力を感じました。米澤穂信さんの『可燃物』です。
こんな人におすすめ
正当派警察ミステリー短編集が読みたい人
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