二〇二四年三月、映画『変な家』が公開されました。YouTubeの動画時代から雨穴さんの作品の大ファンだった私は、すっかりメジャーになって・・・と感無量。動画版があまりに完成されていたこともあり、ホラー寄りのアレンジがなされた映画版は賛否両論あるようですね。『変な家』の場合、<短編動画→後日談を付けて長編小説化→ホラー風の映画化>という順に進んできたので、余計に意見が分かれるのかもしれません。私としては、「動画や小説とは違うけど、独立した作品としては面白い!」という感じでした。
とはいえ、「雨穴さんの作品の持つじわじわこみ上げるような怖さは、大画面じゃ再現しきれない」と感じるファンも一定数いることでしょう。私自身、そういう気持ちが一切ないと言えば嘘になってしまいます。映画版に物足りなさを感じた時は、この作品がお勧めですよ。今回ご紹介するのは雨穴さんの『変な家2』です。
こんな人におすすめ
家にまつわるサイコサスペンスが読みたい人
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ミステリーの探偵役は、とにもかくにも個性的でインパクト抜群なタイプが多いです。シャーロック・ホームズや金田一耕助は言うに及ばず、坂木司さん『ひきこもり探偵シリーズ』の鳥井は精神的負荷がかかると幼児返りする引きこもりで、東川篤弥さん『謎解きはディナーのあとでシリーズ』の影山は毒舌執事。赤川次郎さん『三毛猫ホームズシリーズ』にいたっては、謎解きの中心となるのがなんと猫です。現実では到底出会えないようなキャラクターが生き生き事件解決しているのを見るのは楽しいですね。
その一方、個性や人間味の描写がないからこそ輝くタイプのキャラクターもいます。例えば、当ブログでも何度か取り上げた西澤保彦さん『腕貫探偵シリーズ』の<腕貫男>。腕貫を付けた地味な容姿の市役所職員で、シリーズ通して内面描写はほぼないにも関わらず、その脂っけのなさが逆に印象的なんです。それから、この作品の主人公も、人間味を見せない所にある種の魅力を感じました。米澤穂信さんの『可燃物』です。
こんな人におすすめ
正当派警察ミステリー短編集が読みたい人
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「大嫌いなあいつをぶん殴ってやりたい」「あそこにある金を奪えたら、どんなに楽になるだろう」。そんな不埒な考えが一瞬頭をよぎることは、決して珍しいことではありません。私は昔、ハードなダイエットのせいで精神的にめげていた時、ケーキ売り場を見るたび「この場で商品を片っ端から鷲掴みにして食べられたら、楽しいだろうなぁ」と思ったものです。
多くの人間は、罪を犯す考えが脳裏に浮かんでも、実行せず空想に留めておきます。その理由は様々だと思いますが、突き詰めると、「バレたら大変なことになるから」ではないでしょうか。逮捕されれば犯罪者となり、刑を科され、場合によっては仕事や家庭を失うこともあり得る。自分ばかりか、身内までもが<加害者家族>として世間から後ろ指を指される。大抵の場合、犯罪に走ったってデメリットの方が大きいのです。この本を読んで、改めてそう思いました。石持浅海さんの『あなたには、殺せません』です。
こんな人におすすめ
皮肉の効いた倒術ミステリー短編集が読みたい人
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あくまでフィクション限定の話ですが、作中に登場する犯罪者に共感したり、応援してしまったりすることがしばしばあります。こういう犯罪者の場合、犯罪者なりに矜持を持っているとか、実は被害者側が諸悪の根源だったとかいうパターンが多いですね。実際、悪人を主人公としたピカレスク小説は、国内外を問わず山ほどあります。
しかし、現実問題、そんなカッコいい犯罪者などそうそういるはずがありません。犯罪とは身勝手で、卑劣で、人を不幸にするもの。この作品を読んで、しみじみそう思いました。貫井徳郎さんの『光と影の誘惑』です。
こんな人におすすめ
後味の悪いイヤミスが好きな人
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<監禁>という言葉の定義について調べると、<人を一定の区画内に閉じ込め、そこから出られない状態にすること>と出てきます。手錠やロープ等で身体を拘束することだけでなく、脅迫等を用いて脱出困難な状態に追いやることも監禁に相当するのだとか。この犯罪の特異な点は、ひったくりや通り魔的な殺傷事件と違い、犯人側もそれなりの準備や工夫を行わなければならないという点でしょう。
小説の世界で例を挙げると、秋吉理香子さんの『監禁』でも、永井するみさんの『大いなる聴衆』でも、犯人は周到な準備を行った上でターゲットを監禁していました。そういえば綾辻行人さんの『迷路館の殺人』のように、広大なからくり屋敷を使って登場人物達を出られないようにするという突飛なケースもあったっけ。先日読んだこの作品にも、狡猾な犯人による恐ろしい監禁事件が出てきました。櫛木理宇さんの『監禁依存症』です。
こんな人におすすめ
・報復をテーマにしたイヤミスに興味がある人
・『依存症シリーズ』が好きな人
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探偵に向いている資質とは、一体どんなものでしょうか。調査対象をどこまでも追跡できる体力?些細な異変を見逃さない観察力?怪しまれずに周囲に溶け込める社交性?どれも必要でしょうが、一番大事なのは、何があっても動じずに調査を続けるしぶとさだと思います。
古今東西、小説の中で探偵役を務める登場人物達は皆、並々ならぬしぶとさを持っていました。有栖川有栖さんの『作家アリスシリーズ』に登場する火村英生は、銃を突きつけられても犯人追及の手を緩めないし、柴田よしきさんの『花咲慎一郎シリーズ』の花咲慎一郎は、暴力団幹部に命を握られながらも問題解決のため奔走します。それから、しぶとい探偵といえばこの人を忘れちゃいけません。若竹七海さんの『葉村晶シリーズ』に登場する葉村晶。今回取り上げるのは、シリーズ第二弾『依頼人は死んだ』です。
こんな人におすすめ
・皮肉の効いたミステリー短編集が好きな人
・女性探偵の物語に興味がある人
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シリーズ作品には<三作目の壁>というものがあるそうです。物語の始まりである一作目が面白いのは、ある意味、当然。その勢いに乗れば、二作目も高水準を維持できる。問題は三作目で、ここで失速し、評価を落としてしまう作品もしばしばあるとのこと。逆に、この壁を乗り越えれば、レベルの高い人気シリーズになることが多いそうです。
実際、人気のある小説シリーズは、総じて三作目のレベルが高い気がします。綾辻行人さんの『館シリーズ』三作目の『迷路館の殺人』や、東野圭吾さん『ガリレオシリーズ』三作目の『容疑者Xの献身』は、シリーズ中でもお気に入りの作品です。個人的に、この作品も壁を突破していると思います。今邑彩さん『蛇神シリーズ』の三作目『双頭の蛇』です。
こんな人におすすめ
・因習が絡む土着ホラーが好きな人
・『蛇神シリーズ』のファン
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<グロテスク>というのは、元々は異様な人間や動植物に曲線模様をあしらった美術様式を指すのだそうです。語源はイタリア語の<洞窟>で、暴君として名高いローマ皇帝ネロが造った宮殿群を意味するとのこと。これが転じ、<不気味>とか<異様>とかいう意味で使われるようになりました。
現代、小説の世界で<グロテスク>という言葉が使われる場合、生理的嫌悪感を抱かせる、残酷かつ奇怪な作風であることが多いです。血が噴き出し内臓飛び出るスプラッターな内容になることもしばしばなので、けっこう人を選ぶジャンルですよね。かくいう私も得意な方ではありませんが、物語として面白いなら話は別。そして、国内グロ小説としては、これがトップクラスの完成度ではないでしょうか。綾辻行人さんの『殺人鬼-――覚醒篇』です。
こんな人におすすめ
・叙述トリックが仕掛けられたホラーミステリー小説が好きな人
・残酷描写に抵抗がない人
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<ブランド>という言葉は、ある財貨・サービスを、その他の財貨・サービスと区別するための印を意味するのだそうです。もともとの語源は<焼印>で、北欧の牧場主が自分の家畜とよその家畜を区別するため、家畜に焼印を押していたことから誕生した言葉なのだとか。それを知ってみると、やたら生々しく強烈な響きに聞こえますね。
ありとあらゆる分野に<ブランド>は存在しますが、一番連想されやすいのはファッション業界ではないでしょうか。もちろん、一言でブランド品と言っても色々あり、目の玉が飛び出るほどの値段がつく高級品から、学生がバイト代を貯めて買えるお手頃商品まで、千差万別。そして、商品に込められた作り手の思い、買い手の思いもまた様々です。今回ご紹介するのは、永井するみさんの『さくら草』。ファッションブランドに関わる人間達の業の深さを堪能できました。
こんな人におすすめ
ファッションにまつわるサスペンスに興味がある人
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調査によると、初恋の平均年齢は男性が十一歳で女性が九歳、初めて恋人ができたのは男女共に十六歳が平均だそうです。初めて人に恋愛感情を抱き、その人のことを思って一喜一憂したり、デートの約束に浮かれたりする・・・そんな初々しい恋心は、本人達だけでなく、見ている周囲の人間をも温かな気持ちにさせてくれるものです。
ですが、イヤミスやホラーの世界となると話は別。若く未熟であるがゆえの幼稚さ、周囲の事情が見えない軽率さが強調され、とんでもない悲劇が引き起こされることも少なくありません。そんな狂気とも言える恋心を描かせたら、この作家さんは本当に上手いですね。今回は、新津きよみさんの『婚約者』をご紹介したいと思います。
こんな人におすすめ
女性の狂気を描いたホラーサスペンスが読みたい人
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