ミステリー

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「鬼流殺生祭」 貫井徳郎

現実に起きた出来事とフィクションとをいかに上手く絡めるか。それは、面白い物語を作る上で重要な要素です。イエス・キリストがキリスト教の始祖であること、徳川家康が江戸幕府を開いたこと、ドイツにアドルフ・ヒトラーという独裁者が存在したこと。すべて歴史的事実であり、なかったことにすることはできません。

ただし、あくまで創作上でのことなら、この事実を改変することができます。やり方は色々ありますが、その一つは、物語をパラレルワールドでの出来事にしてしまうこと。現実から分岐したパラレルワールドでなら、三国時代に劉備ではなく曹操が勝利していたり、織田信長が本能寺で死ななかったりした世界を見ることができるわけです。物語を作る上での制約も減るため、登場人物達はより自由に動き回ることが可能です。先日読んだのは、そんなパラレルワールドで繰り広げられる本格ミステリーでした。貫井徳郎さん『鬼流殺生祭』です。

 

こんな人におすすめ

旧家の因縁が絡んだ本格ミステリーが読みたい人

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「闇祓」 辻村深月

道徳に反したやり方で相手を精神的に追い詰めるモラルハラスメント、性的な言動で相手に苦痛を与えるセクシャルハラスメント、職場内で権利や立場を利用した嫌がらせを行うパワーハラスメント、妊娠・出産・育児に関することで心身に不快な思いをさせられるマタニティハラスメント、教育現場において教職員がその権限を使って他者の修学や教育の邪魔をするアカデミックハラスメント・・・・・悲しいかな、この世にはたくさんのハラスメント、すなわち人権侵害が溢れています。もちろん、こうした嫌がらせ行為は大昔から存在したのでしょうが、今はインターネット文化が発展した分、より複雑かつ陰湿になってきた気がします。

一言でハラスメントと言ってもその種類は様々であり、当然、作中にハラスメント行為が出てくる小説もたくさんあります。というか、ハラスメント(嫌がらせ)が一切登場しない小説の方が逆に少ないかも?最近読んだ小説では、奥田英朗さんの『最悪』や垣谷美雨さんの『もう別れてもいいですか』で、読者をうんざりさせるようなハラスメントが描かれていました。それから、ちょっと毛色が違いますが、この作品のハラスメントにも背筋がゾワゾワしっぱなしでしたよ。辻村深月さん『闇祓』です。

 

こんな人におすすめ

ハラスメントがテーマのホラーミステリー小説が読みたい人

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「歪んだ匣」 永井するみ

人あるところにドラマあり。一人の人間が存在すれば、そこには必ず悲喜こもごもが生まれます。それは創作物の世界においても同じこと。だからこそ、多くの人間達が集う場所は、様々なフィクション作品の舞台となってきました。

人が集う場所として、物語の舞台に選ばれやすいのは、学校や病院、住宅街。最近はタワーマンションが出てくる作品も多いですね。先日読んだのは、永井するみさん『歪んだ匣』。こういう舞台設定は意外と珍しく、新鮮でした。

 

こんな人におすすめ

オフィスビルを舞台にしたミステリー短編集が読みたい人

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「N」 道尾秀介

物事には何でも<王道パターン>というものがあります。小説もまた然り。困窮した女性が王子様と巡り会うシンデレラストーリーや、正義のヒーローが巨悪を倒す勧善懲悪ものは、古今東西、数多く存在します。こうした王道物語は、結末が読者の期待を裏切らないこともあり、多くの人々に支持されてきました。

一方、これまでの常識を打ち破る新しいパターンもまた、読者を魅了してやみません。かつてイギリスの作家であるアガサ・クリスティーが『そして誰もいなくなった』や『アクロイド殺し』を執筆した際は、その斬新なストーリー展開に文壇が騒然としたのだとか。この二作品のトリックは、あまりに衝撃的で世間の注目を集めすぎたせいか、それ以降、ミステリー界ではむしろ王道としてしばしば登場するようになりました。先日、今まで読んだことがないような形の小説を手にしましたが、これもいずれ王道パターンになる日が来るのかな?道尾秀介さん『N』です。

 

こんな人におすすめ

これまでになかったような形式のミステリーが読みたい人

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「朝と夕の犯罪」 降田天

この世で最も許されざる犯罪の一つ、児童虐待。漢字で書けばたったの四文字ですが、そこにはいくつもの種別があります。殴る蹴るといった暴力を振るう身体的虐待、子どもを性欲の対象とする性的虐待、罵ったり兄弟姉妹間で扱いに差を付けたりする心理的虐待。以前は児童虐待と言えばこの三種類のうちどれかに区分されることが多かったようですが、現在よく取り沙汰される虐待はもう一つあります。それが、生活する上で必要な世話を怠り、最悪、死に至らしめることもある<育児放棄>です。日本は諸外国と比べて治安が良く、子どもが戸外に一人でいたり、車内にずっと放置されていても問題視されにくかったため、一昔前は虐待事件として扱われることも少なかったようです。

育児放棄を扱った小説といえば、当ブログで過去に美輪和音さんの『ウェンディのあやまち』を取り上げました。また、山田詠美さんは、二〇一〇年に大阪で起きた幼児二人の餓死事件をもとに『つみびと』を執筆されています。最近読んだこの作品にも、胸が痛くなるような育児放棄が出てきました。降田天さん『朝と夕の犯罪』です。

 

こんな人におすすめ

児童虐待をテーマにしたミステリーに興味がある人

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「人類最初の殺人」 上田未来

なぜこの世界には犯罪が存在するのか。その命題をとことん突き詰めていくと、最終的に<そこに二人以上の人間が存在するから>という答えに行き着くと思います。価値観の異なる人間が複数存在すれば、そこには必ず勝敗が、優劣が、上下関係が生まれ、やがて犯罪を生む萌芽となります。仮に、無人島でたった一人生涯を送る人間がいるとしたら、少なくともその人の世界の中で犯罪は起こり得ないでしょう。悲しいかな、人間社会と犯罪とは切っても切り離せないものなのかもしれません。

だからこそ、人と犯罪が関わる小説は古今東西数えきれないほど存在します。膨大な数の犯罪小説がある中、どうオリジナリティを出すかが作家の腕の見せ所。頭脳明晰な名探偵を出したり、あっと驚くようなトリックを考えたり、読者の度肝を抜くような結末を描いたり・・・・・この犯罪小説もかなり個性的でした。上田未来さん『人類最初の殺人』です。

 

こんな人におすすめ

犯罪が絡んだ短編小説集が読みたい人

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「変な家」 雨穴

一昔前、小説家としてデビューするための方法は、主に三つでした。新人賞を受賞すること。自ら作品を出版社に持ち込むこと。自費出版すること。そこに加え、近年は新たなデビューへの道ができました。それは、インターネット上で小説を公開することです。小説投稿サイトなどを使えば公開は容易、閲覧者から感想をもらいやすいといったメリットがある反面、容易ゆえに競争相手が凄まじく多いこと、ネット界特有の誹謗中傷に晒される危険もあることなど、それなりにデメリットもあります。もっとも、どんな物事にも長所短所は必ずあるわけですから、プロ作家になるための手段が増えるのはやはり喜ばしいことなのでしょう。

ネット上で著作を公開し、評判を集めてデビューした作家さんとしては、住野よるさんがいます。新人賞を獲れなかった『君の膵臓を食べたい』を、小説投稿サイト<小説家になろう>に投稿したところ大人気となり、見事デビューを果たしたのだとか。それからこの作品も、ネット上で評判を集めて書籍化されたそうですよ。YouTuber兼ウェブライターでもある雨穴さん『変な家』です。

 

こんな人におすすめ

家にまつわるサイコサスペンスが読みたい人

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「灰いろの鴉 捜査一課強行犯係・鳥越恭一郎」 櫛木理宇

一説によると、鳥類の中で一番賢いのは鴉だそうです。その知能は霊長類に匹敵し、記憶力・観察力にも優れ、人間の顔を見分けたり、道具を使ったりすることも朝飯前。分野によってはサルを超える成績を出すこともあるのだとか。その賢さや真っ黒な外見、敵を集団で攻撃する習性などから、不吉の象徴であり、魔女や悪魔の手先とされることが多いです。

その一方、鴉は太陽に向かって飛んでいくように見えることから、神の使いとして崇められることもしばしばでした。日本でも三本足の鴉<八咫烏>を導きの神として崇拝する文化がありますよね。鴉は視力が優れていることもあり、善きものにせよ悪しきものにせよ、<使者><斥候>というイメージがあるのでしょう。今回は、そんな鴉が印象的な使われ方をしている作品を取り上げたいと思います。櫛木理宇さん『灰いろの鴉 捜査一課強行犯係・鳥越恭一郎』です。

 

こんな人におすすめ

社会の歪みをテーマにしたミステリーが読みたい人

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「わくらば追慕抄」 朱川湊人

そこそこ大きな自治体の場合、たいてい地域内に複数の図書館を持っています。多くの図書館利用者は、その中から自宅や学校、勤務先に近く、通いやすい図書館を選んで利用しているのではないでしょうか。私も自宅近くに図書館があるため、時間があるたびに通うようになって早数年。書棚の位置もすっかり頭に入り、読みたい本を探すのも楽ちんです。

ですが、たまには馴染みのない図書館に行くのも楽しいです。同じ作家さんでも、図書館によって蔵書が違うので、「あ、そういえばこの本書いたのもこの人だっけ」「この本、見かけるの久しぶりだなぁ」と驚かされることもしばしば。もちろん、図書館に取り寄せ依頼をすればどの本だろうと届くのですが、書棚の間をぶらぶらして読みたい本を見つけた時の喜びは格別ですよね。先日、普段利用しない図書館に立ち寄ってみたところ、数年ぶりにこの本を見つけたので再読しました。朱川湊人さん『わくらば追慕抄』です。

 

こんな人におすすめ

・昭和を舞台にしたノスタルジックな小説が好きな人

・超能力が出てくる小説が読みたい人

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「ランチタイム・ブルー」 永井するみ

一説によると、日本人のような農耕民族は、家に対する愛着が強いそうです。一カ所に定住し、畑を作って暮らしてきた記憶が遺伝子に刻み込まれていて、<立派な家を持つ>ということに大きな価値を見出すのだとか。もちろん、「雨風がしのげればOK」という価値観の人もたくさんいるでしょうが、そういう人にしたって、住み心地が良いのと悪いのとでは、前者を選ぶに決まっています。

しかし、家というものは、不満が出たからといってタオルを買い替えるように簡単に変えることはできません。賃貸ならまだしも、一度買った家を手放して新たな家に引っ越すとなると、金銭的にも精神的にも体力的にも大きな負担となります。その場合の最も効果的な手段。それは、家のメンテナンスを行い、不満がある箇所には手を加えて、できるだけ快適に住めるようにすることです。そこで出番となるのが、住まい作りのプロであるインテリアコーディネーターです。今回は、そんなインテリアコーディネーターが登場するミステリーを取り上げたいと思います。永井するみさん『ランチタイム・ブルー』です。

 

こんな人におすすめ

・日常の謎がテーマのミステリーが読みたい人

・インテリアコーディネーターの仕事に興味がある人

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