はいくる

「腕貫探偵 残業中」 西澤保彦

小説や漫画を読んでいると「このキャラは作者のお気に入りなんだな」と感じることがしばしばあります。作家とはいえ人間なのですから、特定のキャラクターに感情移入することもあって当然。他キャラに比べて登場シーンが多かったり、描写が丁寧だったり、必要以上に過酷な目に遭わされたり(笑)と、インパクトのある描き方をされることがしばしばです。

ただ、作者お気に入りキャラの例としてよく挙がるのは、さくらももこさん『ちびまる子ちゃん』の永沢君や、諫山創さん『進撃の巨人』のライナー等、漫画のキャラクターが多い気がします。やはり、キャラクターの活躍ぶりが目で見て分かりやすいからでしょうか。でも、小説の世界にも、作者の寵愛を受けて活躍するキャラクターがたくさんいるんですよ。このシリーズの探偵役も、絶対に作者のお気に入りだと勝手に思っています。西澤保彦さん『腕貫探偵 残業中』です。

 

こんな人におすすめ

安楽椅子探偵もののミステリー短編集が読みたい人

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悩める櫃洗市市民の前に現れる<市民サーヴィス臨時出張所>。神出鬼没の出張所には、今日も様々な相談事が持ち込まれる。偶然撮影された写真があぶり出す恐ろしい罪、若き日のマドンナとの不可解なツーショット写真、病死した女性が生前引き出した大金の行方、か弱い女子高生が犠牲となった事件の思わぬ真相、恋人の殺害を企てた青年が巻き込まれる意外な騒動・・・・・腕貫がトレードマークの市役所職員が絡まった謎を鮮やかに解く、人気ミステリーシリーズ第二弾

 

第一作目『腕貫探偵』の時にも思いましたが、この<腕貫男>は絶対に西澤保彦さんのお気に入りのはず!冴えない外見の割に頭脳明晰な名探偵、本作ではグルメという嗜好が明かされた上、才色兼備の女子大生に熱愛までされるという厚遇ぶり。それでも反感を覚えないのは、やっぱり腕貫男の推理が冴え渡っているせいでしょうか。

 

「体験の後」・・・客が和やかに食事するレストランに、突如、迷彩服姿の男三人組が出現。客と従業員を人質に取って立てこもり、店に貯めてある金を奪おうとする。ところが、人質になった客の中に、何やら風変りな人物がいて・・・・・

普段は出張所にいる腕貫男が、この話ではちょっと趣向を変え、外出中にばったり事件に遭遇します。また、本シリーズは基本的に安楽椅子探偵ものなのですが、この話では主要関係者がその場に居合わせているという点でも珍しいです。序盤、謎の男三人組が店に押し入り、立てこもる流れは、まるでクライムサスペンス映画のよう。対して終盤、腕貫男に真相を暴かれた関係者の叫びは、推理小説における全探偵への訴えのようで、ちょっとやるせなかったです。

 

「雪のなかの、ひとりとふたり」・・・腕貫男に心奪われてしまったユリエは、偶然彼と食事できることになって有頂天。流れで、最近自分が体験した奇妙な出来事について相談する。先日、ユリエと同じマンションに住む男が、妻殺害容疑で逮捕された。ところが、ユリエが偶然撮った写真に、その男の証言を覆しかねないものが写っていて・・・・・

「体験の後」で腕貫男と共に人質となった美人女子大生・ユリエが再登場します。恋に舞い上がり、腕貫男との食事にルンルン臨むユリエは超可愛い!事件の陰湿さ、もつれ合う愛憎の恐ろしさとのいい対比になっていました。ちなみに、この話の辺りから、腕貫男がグルメであるという設定が加わり、食事シーンの描写が丁寧になります。西澤保彦さんの食事描写って昔から大好きなので、なんだか嬉しかったです。

 

「夢の通い路」・・・実家の整理中、一枚の写真を見つけた男。それは高校時代の自分と、当時恋心を抱いていた少女とのツーショット写真だが、こんなものを撮った記憶は断じてない。片思いする少女と写真を撮れたのなら、間違いなく浮かれていたはずなのに、どうして覚えていないのか。不思議に思った男の目に、<市民サーヴィス臨時出張所>の文字が飛び込んできて・・・・・

本作は、腕貫男が外出中だったり食事中だったりと、プライベートで事件を解決する話が多いのですが、このエピソードは<市民サーヴィス臨時出張所>で相談を持ちかけられるという、オーソドックスな展開で進みます。うん、やっぱりこの形式はすごく好き!偶然見つけた写真から、あまりに陰惨な過去と罪を思い出してしまった男・・・でも、彼だけに罪があるわけじゃないし、最後にかかってきた電話が救いとなるよう願ってやみません。

 

「青い空が落ちる」・・・一人暮らしの女性が自宅で病死しているのが発見された。元教師だというこの女性は、地味かつ生真面目な暮らしぶりだったが、なぜか死の三カ月前に預金から五千万円を引き出している。金の使い道は一切不明。もしや犯罪絡みではないか。相談を持ち掛けられ、捜査に当たる刑事の水谷川と氷見は、とある公園で腕貫を付けた男の姿を見つけ・・・

冒頭と締めに、亡くなった女性教諭のモノローグが綴られます。真相を知ってみると、一見穏やかなそれがめちゃくちゃ不気味。<憎悪>とか<悪意>とかとは違う、冷たい無機質さにゾッとさせられました。後半、この女性教諭にかつて憧れていたという刑事の述懐が切ないです。

 

「流血ロミオ」・・・平和な住宅街で大事件が起きる。深夜、とある民家で、この家に住む女子高生・真美子の絞殺された遺体が発見されたのだ。さらに、なぜか同室には、隣家に住む男子高校生・直紀が意識不明の状態で倒れていた。容疑者とされたのは、殺された女子高生の叔父だったが、当の叔父は交通事故で死亡。しかも、事故以前に、真美子の女友達を轢き逃げで死亡させた疑いまであるという。真美子の家庭教師だった大学生・江梨子は、一部始終を聞き、なぜか納得できないものを感じるのだが・・・

西澤保彦はかくあるべし!と言わんばかりの悪意たっぷりの話でした。恋愛における男女の捉え方の違いとか、ティーンエイジャーの浅はかさとか、あまりに生々しすぎて恐ろしいほどです。序盤、隣り同士に住む幼馴染の少年少女が窓越しに会話する場面なんて、青春物語そのものだったのに。でも、イヤミスファンとしては、この話の歪み方が一番好きなんだよなぁ。

 

「人生、いろいろ」・・・大学生の健介は、浮気相手の珠美と謀り、同棲している佐和子を殺そうとする。ところが、トラブルの連続で計画は失敗、珠美・佐和子の両方と破局することになった。時同じくして、健介の実家で起きた盗難事件。健介はこの事件に、どうにも割り切れないものを感じるのだが・・・・・

健介、ものすごく酷い目に遭っている気もしますが、まあ、そもそも二股かけたわけですしね。まったく反省することなく、これからもふらふら生きていきそうな姿が、愚かでありながら妙におかしいです。ミステリーとしての技巧・構成は、収録作品の中でこの話が一番しっかりしているように感じました。

 

二〇二三年夏の時点で、本シリーズは八作目まで続いています。八作目『異分子の彼女』では、社会情勢を取り入れ、なんと腕貫男がオンラインでの相談にも応対!ユリエとの今後も気になるし、まだまだ続いていってほしいシリーズです。

 

こんな恐ろしい悪意なんてあるはずない度☆☆☆☆☆

美味しいもの描写がとにかく秀逸!度★★★★★

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コメント

  1. しんくん より:

     西澤保彦のシリーズなんですね。
     設定からして面白そうです。
     グルメに女子大との熱愛とはまさにドラマそのものだと感じます。
     題名の由来も興味深いです。
     最近、読書のペースが落ちましたが、読んでみたくなりました。
     子供たちは来年、高校生と中学生になり塾の送り迎えなど休日も忙しい毎日で仕事もさらに忙しくなりました。
     お嬢さんはお元気でしょうか。
     

    1. ライオンまる より:

      短編集ですので、謎の種類もバラエティ豊かで面白いですよ。
      どこから読んでも基本的に大丈夫ですが、できれば一作目『腕貫探偵』から始めることをお勧めします。

      お子さん、もう高校生と中学生ですか!月日の流れを感じます。
      年齢が上がるにつれ、親がやるべきことも変わってきて、さぞお忙しいことと思います。
      娘は有難いことに元気で、最近は誕生日プレゼントにもらったswitchに夢中(^^;)
      まあ、ゲーム自体は悪いことではないので、時間等をちゃんと管理して楽しんでほしいです。

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