はいくる

「ハートフル・ラブ」 乾くるみ

キャリアを積んできた作家さんは、<知名度の高い代表作>を持っていることがしばしばあります。東野圭吾さんなら『秘密』『ガリレオシリーズ』、宮部みゆきさんなら『火車』『理由』、村上春樹さんなら『ノルウェイの森』『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』・・・実写化や文学賞の受賞等の理由で、普段はあまり本を読まないという人達の間でも広く知られています。

ただ、実は私、誰もが知る有名作品に手を出すのは後回しになりがちなんです。例に挙げた作家さんだと、東野圭吾さんの『秘密』や、宮部みゆきさんの『火車』を読んだのは、お二人のファンになってから何年も経ってからのことでした。私の場合、本は買うより図書館で借りる方が圧倒的に多いため、<有名作品=予約人数が多いので後回し><マイナーな作品=すぐ借りられるので先に読む>になるのかなと、自分で推理しています。今日ご紹介する作品も、この作家さんの著作の中ではメジャーな方ではないものの、読んだのはかなり早かったです。もちろん、面白さは保証しますよ。乾くるみさん『ハートフル・ラブ』です。

 

こんな人におすすめ

皮肉の効いたミステリー短編集が読みたい人

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余命宣告を受けた夫婦の愛の行方、旧友達との集まりで明らかになった驚愕の真実、不可解な交換殺人計画の意外な顛末、大盛況の握手会で向かい合う男と女、消費税増額から導き出される事件の真相、憧れの先輩が口にした言葉の謎、グループのマドンナを巡る予想外の企み・・・・・謎と毒が交錯する、どんでん返しミステリー短編集

 

乾くるみさんと言えば、映像化もされた『イニシエーション・ラブ』を思い浮かべることが多いと思います。私もタイトル自体はよく知っていましたが、実は読んだのはつい最近。手に取った順序で言えば、二〇二二年刊行の本作の方がずっと早かったりします。インパクトの点では『イニシエーション・ラブ』に軍配が上がるかもしれませんが、こちらもキレのある良作揃いなんですよ。所々に数字のネタが仕込んであるのは、数学科出身の乾くるみならではですね。

 

「夫の余命」・・・余命宣告後、残された時間はあとわずかと知りながら結婚した男と女。やがて訪れた永遠の別れの後、妻は夫との短い結婚生活を振り返る。後悔はない。こうなることは最初から分かっていた。回想を終えた妻は、ある一つの行動に出て・・・・・

伴侶との結婚生活をしんみり振り返る妻・・・と思ったら、そういうことだったんかい!この話のポイントは、死別シーンから妻の回想が始まること、すなわち時系列が逆に遡っていく点です。病室での臨終、入院、短い新婚生活、結婚式、プロポーズ・・・どの場面も伏線だらけなので、しっかり読み込んでおくことをお勧めします。

 

「同級生」・・・とあるマンションの一室に集まった、学生時代の同級生達。和やかなひと時を過ごす一同だが、メンバーの一人がとある話題を出したことで空気が変わる。曰く、このマンションでは過去に事件が起こっているそうで・・・・・

これはジャンルとしてはホラーの部類かもしれません。久しぶりに同級生と会った時のあるあるネタ、<顔は分かるんだけど、フルネームが思い出せない>の使い方が本当に上手で、真相発覚シーンでは「ほほう」と唸ってしまいました。それにしても、この述懐から察するに、主人公はあんまり幸せじゃないのかな・・・

 

「カフカ的」・・・高校教師の主人公は、ある時、学生時代の友人・玲奈とばったり再会する。再会を喜ぶ間もなく、玲奈から持ち掛けられた交換殺人の話。玲奈は約束通り、主人公の不倫相手の妻を殺してくれる。次は主人公が、玲奈の双子の妹を殺さなければならないのだが・・・・・

見立て殺人や密室殺人と並んで、本格ミステリーの王道ネタとも言える交換殺人。この話では、その王道ネタに、主人公が教え子や旧友と交わす哲学的な論議が絡んできます。いきなり交換殺人なんて提案した背景に、そういう事情があったとはね。とんでもない事態になったにも関わらず、妙に冷静な主人公がちょっと怖いです。

 

「なんて素敵な握手会」・・・アイドルの握手会の席で、主人公の胸は高鳴りっぱなし。今日は、大好きなみーしゃちゃんと直に会い、握手することができるのだ。やがて順番が回り、みーしゃちゃんと向き合った主人公は、短い時間で必死に想いを伝えようとして・・・

収録作品中最短の話ながら、どんでん返しのキレは一番鋭いと思いました。読者の思い込みを利用したオチの見事なこと!あちこちにアンフェアではない程度にぼかした手がかりが提示されているので、読了後、読み返す楽しみもありますよ。

 

「消費税狂騒曲」・・・青年と刑事。ばらばらと思われた二人の運命が、消費税増額を機に絡み合う。会計の際、不慣れから感じる違和感。ややこしい計算。やがて一つの殺人事件をきっかけに相対する二人。実はこの事件にも消費税が関わっていて・・・・・

ストーリー自体は正統派な殺人事件モノで、さほどインパクトはありません。ただ、消費税に翻弄される登場人物達の動きが<あるある>すぎて、読みながら苦笑してしまいました。そうそう、三パーセント、五パーセント、八パーセントと、段々上がっていったんだよね・・・買い物した時、合計金額を聞いて、慣れないうちは「え、なんでその額!?」と思っちゃうんだよね・・・

 

「九百十七円は高すぎる」・・・才色兼備の先輩に憧れる二人の少女。ある時、二人は先輩が「九百十七円は高すぎる」と口走るのを聞く。これって一体何のこと?先輩は何か買うつもり?何を買うか分かれば、偶然を装って先輩とお揃いの物を持つことができるかも!二人は早速、先輩の言葉の意味を推理し始めるが・・・

ハリイ・ケメルマン『九マイルは遠すぎる』のオマージュ作品です。また、『彼女。百合小説アンソロジー』収録作品なだけあり、作中に女性同士の恋愛描写があります。本作では数少ない、性的なキーワードも出てくる話なので、他の話とはちょっと趣が違うように感じました。少女二人の真剣さと、<憧れの先輩とお揃いの物を買いたい>という動機の微笑ましさのギャップが面白かったです。

 

「数学科の女」・・・大学の実習グループで知り合った男四人、女一人の五人組。主人公は唯一の女性メンバー・亜紀に片思い中だが、自分以外の三人も彼女に思いを寄せていると知り、行動を起こすつもりはない。ところが予想に反し、亜紀からの誘いで二人は関係を持つようになる。そんな中、五人はメンバーの一人が持つ別荘に遊びに行くことになり・・・

タイトル通り、数学科出身である乾くるみさんの知識が冴え渡る話でした。傍から見れば、亜紀は男四人を侍らせた嫌な女なのかもしれないけれど、こういう計算高さは嫌いじゃありません。主人公のシビアさが亜紀を上回っているから、余計にそう思うのかな。雰囲気は『イニシエーション・ラブ』に似ている気がします。

 

レビューサイトを読んでいて気づきましたが、実は本作を英語で表記すると『hurtful love(痛ましい愛)』なんですね。表紙に薄文字で書いてあるのを見落としていました。てっきり<心温まる>の『ハートフル・ラブ』かと思ったら・・・道理で、イヤミス寄りの話が多いはずです。ほのぼのラブストーリーを想像していたら裏切られると思うので、ご用心を!

 

不穏な感じが堪らなくイイ!度★★★★☆

乾ワールドの女性は本当に強いな度★★★★★

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コメント

  1. しんくん より:

    乾くるみさんは長らく読んでいません。
     イニシエーション・ラブは2回読んでも意味が分からずネットで詳しく説明した記事を読んで始めて理解しました。
     セカンド・ラブは主人公が幽霊だったという設定には最期まで気が付きませんでした。
     男尊女卑の世の中において女性は強かに生きるべし~というメッセージを感じます。これは読んでみたいくなりました。

    1. ライオンまる より:

      「イニシエーション・ラブ」、私も解説レビューを読んで真相に気付きました。
      「ハートフル・ラブ」は短編集ということもあってか、ラストで「なるほど~」とすんなり納得できる話ばかりでしたよ。

      中山七里さんの「殺戮の狂詩曲」をやっと受け取りました。
      冒頭からかなりショッキングな事件が起こっていますが、これと御子柴礼司がどう絡んでいくのか、読み進めるのが楽しみです。

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