はいくる

「少年籠城」 櫛木理宇

<子ども食堂>という言葉をご存知でしょうか。これは子どもや地域住民に、無料ないし安価で食事を提供する社会活動のことで、二〇一〇年代頃からマスコミ等に頻繁に取り上げられるようになりました。食は人間にとって欠かすことのできない営みであり、心身の健康に直結するもの。こうした動きが活発化することは、この世界にとってとても大事だと思います。

子ども食堂の認知度が上がるにつれ、子ども食堂を扱った小説も増えてきました。ただ、私が今まで読んだことがあるのは、短編小説がほとんど。長編小説はなんとなく機会がなくて未読のままでした。そんな私が初めて読んだ長編の子ども食堂ものは、なんとこれ。櫛木理宇さん『少年籠城』です。最初にして、とてもショッキングな読書体験となりました。

 

こんな人におすすめ

子どもの貧困に関するサスペンスミステリーが読みたい人

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地方の温泉街で、飢えた子ども達に温かな食事を提供する<やぎら食堂>。地域に根付き、子ども達で賑わう和やかな時間は、ある時、突然終わりを告げる。食堂に銃を持った少年二人が乱入、店主と数名の子ども達を人質に立てこもったのだ。少年は、直前に発覚した男児の殺害事件の容疑者と目されていた。彼らの要求は「あの殺人事件の犯人は別にいる。人質の命が惜しければ、真犯人を見つけろ」というもの。混乱状態の中、子ども達を守ろうと試行錯誤する店主。事態解決のため奮闘する刑事。彼らの戦いの末に見えた、惨い真実とは果たして---――

 

櫛木理宇さんは、『避雷針の夏』『鵜頭川村事件』等で、閉ざされた環境で生きる人々の閉塞感や狂気を書いてくれました。インタビューによると、ご自身が閉塞的な状況が苦手なため、つい繰り返しテーマにしてしまうそうです。そんな櫛木理宇さんが今回舞台に選んだのは、地方にある温泉街。それなりに田舎とはいえ観光地であり、客も出入りし、上記の作品と比べるとさほど閉鎖的とは思えません。そんな一見ごく平穏な環境の水面下で渦巻く貧困や腐敗の描写が陰鬱でなりませんでした。

 

主人公は、温泉街で<やぎら食堂>という食堂を営む司。この店では、様々な事情で満足に食事できない子ども達に、安価で栄養たっぷりの食事を提供していました。温泉街には、複雑な事情を抱えて住み込みで働く人間が多く、そうした家庭で育つ子どもは、十分な食事ができないことが珍しくないからです。そんな<やぎら食堂>を、ある日、銃を持った二人組の少年が急襲し、司と数名の子ども達を人質にして立てこもりました。二人組の一人、十五歳になる当真は地元で有名な問題児であり、直前に発覚した男児殺害事件の容疑者として目されている人物。当真と、その子分格の慶太郎は、接触してきた警官二人に大怪我を負わせ、銃を奪って逃走したのでした。「あのガキを殺したのは俺じゃない。人質を殺されたくなかったら、早く真犯人を見つけろ」。当真の要求を受け、半信半疑ながら捜査を進める警察が見つけたもの。それは、今回の事件発生より遥か以前に埋められたと思しき、新たな子どもの遺体でした。一方、子ども達と共に人質となった司は、どうにか当真達と心を通わせ、事態を打開しようと努めるのですが・・・・・

 

まがりなりにも<先進国><文明国>と呼ばれる日本の片隅で起こる貧しさの連鎖が、言葉にできないほど痛ましいです。実の親から邪魔者扱いされ、まともな教育を受けられず、いなくなっても心配さえしてもらえない子どもがいる。あるいは、助けを求める被害者の声を、私欲のため握り潰す警察官がいる。でも、昨今のニュースを見ていると、作中で描かれた出来事がフィクションだとはとても思えません。クライマックス、登場人物の一人が呟く、「可哀想と思ってもらえるのは死んだ子どもだけ」という言葉が胸に迫ってきました。

 

本作の面白い(といっては誤解を招きそうですが)点は、立てこもり犯である当真の善性が一切描写されないところです。通常、こういう作品の場合、犯人と人質がやり取りを重ねる内に絆らしきものが生まれたり、犯人が多少なりとも心を開きかけたりすることが多いです。ところが、本作でそういう展開は一切なし。確かに中盤、当真にも同情すべき点はあるということが分かります。小学校すらほとんど通っていないため語彙が少なく、十五歳になった今もなお握り箸の犬食いしかできない当真は、間違いなく大人の身勝手さの被害者です。主人公の司もそう信じ、当真と交流を持つことで事態を打開しようとするのですが・・・・・学があり子ども好きである司の意気込みが木っ端微塵にされる場面、そんな司を嘲笑する当真の姿に、こちらまで呆然としてしまいました。当真を、被害者であると同時に、一貫してゆるぎない加害者として描き続ける構成が、なんとも印象的でした。

 

重苦しい描写が続く本作の救いは、司が振る舞う料理の数々が美味しそうということでしょうか。長期戦を強いられることになった食堂内で、司は当真の要求に応じ、食事を作ります。野菜を使わない焼きそば、特製ハンバーグを挟んだハンバーガー、ポテトチップ。これらの描き方が垂涎もので、緊迫した場面にも関わらず、読みながら空腹を覚えてしまうほどでした。バニラビーンズを入れた自家製カスタードプリンも食べてみたい・・・と同時に、家でまともな物を食べたことのない当真が、食事といえばファストフードやジャンクフードしか思いつかないところが、ほんの少し切なかったです。ファストフードだろうとジャンクフードだろうと、頼れる大人と一緒に食べることができる環境で育てば、少しは違っただろうになぁ。

 

食堂での籠城戦に目が行きがちですが、立てこもりの発端となった男児殺害事件の場面も、とてもスリリングです。捜査本部に司の幼馴染の刑事・幾也がいるのですが、彼はとある理由で子どもが被害者となる事件にとてもナーバスになっており、司とも疎遠でした。そんな幾也が過去をどう受け止め、事件とどう向き合っていくかが、本作の重要なキーポイント。櫛木作品の場合、友情がとんでもない悲劇で終わることもままあるので心配していましたが、今回はエピローグでの暗転もなく、希望のあるラストでホッとしました。現在進行形での惨殺、拷問といった残酷描写もないため、「櫛木理宇さんの作品ってどういう感じ?」という方にもお勧めだと思います。

 

これは決してフィクションでは済まされない度★★★★★

子どもはお腹一杯食べなきゃいけない!これ絶対!度★★★★★

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コメント

  1. しんくん より:

     賑やかな温泉街の裏側に日本の闇を垣間見た内容でした。
     今も昔このような街は存在していると感じるとまだまだ日本も支援が十分でないと思いました。
     舞台がやぎら食堂というスペースが多かったですが、その背景や腐敗しきった警察の現状、司と幾也の関係などあっという間に読み終えました。
     流石に櫛木理宇さんの作品だと感じました。

    1. ライオンまる より:

      観光客がわいわい楽しく集まる温泉街と、劣悪な環境で生きる子ども達、不正と怠慢が横行する警察。
      まさに光と闇としか言いようのない描写の数々が、なんとも痛ましかったです。
      ただ、司と幾也の友情、食堂に出入りする子ども達、短い登場シーンながらほっこりさせてくれる司の父親等、希望もちゃんとあるところが救いですね。
      「業火の地」が、やっと「配送中」になりました!
      早く読みたいです。

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