ホラー

はいくる

「ホテル・メランコリア」 篠田真由美

人がホテルに求めるものは一体何でしょう。楽しい旅のひと時を過ごすため、静かな空間でリフレッシュするため、落ち着いて仕事をするため・・・追手の目から隠れるため、などという理由もあるかもしれません。旅館と比べると、ホテルは従業員が客室内に出入りする機会が少なく、個人の空間が保たれるというのが特徴です。

静寂と賑わい、二つの要素が同時に並び立つホテルが、物語の舞台にならないはずありません。有名なのは、第一四九回直木賞を受賞した桜木柴乃さんの『ホテル・ローヤル』、木村拓哉さん主演で映画化された東野圭吾さんの『マスカレード・ホテル』辺りでしょうか。このブログでも取り上げた柴田よしきさんの『淑女の休日』、柚木麻子さんの『私にふさわしいホテル』も、ホテルに関わる人たちの悲喜こもごもを描いていました。でも、今回取り上げる作品に出てくるホテルは一味違いますよ。篠田真由美さん『ホテル・メランコリア』です。

 

こんな人におすすめ

幻想的なホラーミステリー短編集が読みたい人

続きを読む

はいくる

「逢魔宿り」 三津田信三

一昔前に比べると、調査活動や情報発信はとても効率良く行えるようになりました。特にインターネットが発展してから、その傾向は顕著になった気がします。ネットを使えば、百年以上前の出来事を調べることも、遥か遠くに住む人々とやり取りすることも思いのまま。そうやって目的を達成しようとする人達の奮闘記としては、櫛木理宇さんの『虎を追う』などがあります。

その一方、<会話で情報収集する>という昔ながらのやり方も侮れません。対面し、相手の顔を見ながら話を聞いてこそ伝わってくるものもあるはずです。そして、<直に会話する>という手法の効果が一番表れる分野、それは怪談ではないでしょうか。ネット上で集めた怪談話ももちろん怖いのですが、語り手の恐怖や不安を直接見聞きした時の恐ろしさは格別だと思います。今回ご紹介するのは、三津田信三さん『逢魔宿り』。相変わらず、フィクションの現実の区別がつかなくなるような恐怖を堪能しました。

 

こんな人におすすめ

実話風ホラー短編集が読みたい人

続きを読む

はいくる

「ナルキッソスの鏡」 小池真理子

この世には数えきれないほどの主義・傾向がありますが、その中でも<ナルシズム>の認知度の高さは群を抜いていると思います。これはギリシャ神話に登場する美少年・ナルキッソスが、泉に映る自分の姿に恋したエピソードに由来し、自分自身を強く愛する精神状態と指すとのこと。あまりによく知られた用語なので、「あの人ってナルシストだよね」「今の言い方、ナスルシストっぽかったかな」等々、日常会話に登場する機会も多いです。

そして、<自分を強く愛する>という特徴が描写しやすいからか、ナルシストが登場する作品もたくさんあります。『ちびまる子ちゃん』の<花輪クン>のように、コミカルな自分大好き人間として描かれることが多い気がしますが、語源であるナルキッソスが自分を愛するあまり死を遂げたことを考えると、本来のナルシズムとはもっと真摯で頑ななもののように思います。今回ご紹介するのは、小池真理子さん『ナルキッソスの鏡』。あまりに深く自分を愛した者の運命が印象的でした。

 

こんな人におすすめ

人の狂気をテーマにしたサイコサスペンスが読みたい人

続きを読む

はいくる

「バベル島」 若竹七海

私は短編小説が大好きでよく読みますが、その上で、一つ問題があります。短編小説の場合、アンソロジー等に収録される可能性が高く、短編集発売の情報に期待していたらすでに読んでいた、ということがあり得るのです。優れた短編は何度読んでも面白いものですが、それでも、初めて読んだ瞬間の驚きはもう得られません。

その点、最初に<文庫オリジナル>とか<単行本未収録作品集>とか書いておいてもらえると、がっかりする心配がなくて安心ですね。過去にブログでも紹介した今邑彩さんの『人影花』などがいい例です。それからこの作品も、<単行本未収録作品を集めた>としっかり書いてあるのでがっかりせずに済みました。若竹七海さん『バベル島』です。

 

こんな人におすすめ

ホラーミステリー短編集が読みたい人

続きを読む

はいくる

「転校生」 森真沙子

私はこれまでの人生で何度か転校を経験しています。幼稚園や小学校時代のことなので、勉強の遅れを感じることはほとんどありませんでしたが、新しい環境で一から立ち位置を築くのはなかなか大変でした。どこも比較的落ち着いた環境で、ひどいイジメに遭うことがなかったのはラッキーだったと思います。

する側にとっても迎える側にとっても、<転校生>というのはある種、特殊なポジションです。転校生本人にしてみれば、見知らぬクラスメイトや慣れない不文律がある転校先はさながら異世界のようなもの。また、迎える側にとっても、過去も性格も分からない転校生は異分子です。私がこれまで読んだ転校生メインの小説は、恩田陸さんの『六番目の小夜子』や眉村卓さんの『謎の転校生』のように、転校生を迎える側視点のものが多いです。今回は視点を変え、転校生本人が主役の作品を取り上げたいと思います。森真沙子さん『転校生』です。

 

こんな人におすすめ

耽美的な学園ホラーが読みたい人

続きを読む

はいくる

「怪奇博物館」 赤川次郎

私は自他共に認めるホラー作品大好き人間ですが、そんな私をしても、ホラーというジャンルは人を選ぶと思います。<horror(恐怖)>という言葉が示す通り、恐怖現象を見聞きして楽しむことが目的なわけですが、「怖い思いをして楽しむなんてできっこないじゃん」という人は大勢いるでしょう。ジャンルの性質上、時に血飛沫が飛び内臓がまき散らされる・・・なんていう状況になり得ることも、人を選ぶ原因の一つかもしれません。

ですが、だからといってホラー作品すべてを忌避するのは早計というもの。櫛木理宇さんの『ホーンテッド・キャンパスシリーズ』や瀬川ことびさんの『お葬式』のように、どことなくユーモアがある上に読後感も悪くないホラー小説はたくさんあります。今回取り上げるのも、そんな軽妙なホラー小説です。赤川次郎さん『怪奇博物館』です。

 

こんな人におすすめ

ライトで読みやすいホラー短編集が読みたい人

続きを読む

はいくる

「神さま、お願い」 花房観音

自分で言うのもなんですが、私はけっこう信心深い人間です。祖父母の家によく出入りしていたせいもあるのか、里帰りするとまず神棚と仏壇に手を合わせますし、厄年や大きな旅行に出かける時は必ずお祓いをしてもらいます。神仏に手を合わせる。簡単な動作ですが、なんだか落ち着いた気持ちになってきます。

日本は神仏と距離の近い国であるものの、神社やお寺がテーマになった小説はそれほど多くない気がします。ぱっと思いつくのは三島由紀夫氏の『金閣寺』ですが、あれは神仏の力をテーマにしているわけじゃないし、かといって神秘のパワーで神々が大暴れする!みたいな小説はあまり読まないし・・・と思っていたら、いい作品を見つけました。花房観音さん『神さま、お願い』です。

 

こんな人におすすめ

人間の悪意を描いたホラー短編集が読みたい人

続きを読む

はいくる

「死霊の跫」 雨宮町子

ホラー作品の<怖い>と思いポイントは人それぞれです。恐ろしい化け物が登場するとか、登場人物の誰一人として助からないとか、読者によって恐怖ポイントがあるでしょう。もちろん、私にも色々ありますが、その中の一つは<身近なところから物語が始まる>というものです。<スペースシャトル内で宇宙飛行士達が体験する恐怖>とか言われても状況が想像しにくいですが、私と似たような生活を送っている登場人物なら、場面を思い浮かべるのは容易。「こんなことが本当に起きたらどうしよう・・・」と、恐怖感がより高まります。

身近なシチュエーションから始まるホラー小説と言えば、やはり鈴木光司さんの『リング』は外せないでしょう。呪いのビデオを見てしまった。ただそれだけで死へのカウントダウンが始まる登場人物達の恐怖や焦りが、手に取るように伝わってきました。今回取り上げる小説にも、私達の身近な場所から始まる恐怖が登場します。雨宮町子さん『死霊の跫』です。

 

こんな人におすすめ

正統派ジャパニーズホラー短編集が読みたい人

続きを読む

はいくる

「夜夢」 柴田よしき

<夜>という時間帯には二つの顔があります。一つは、太陽の光が消え失せ、(場所にもよりますが)昼と比べて人気が少なくなり、なんとなく不気味さや心細さを感じさせる顔。キリスト教において夜は神の救済が届かない闇の領域ですし、日本神話でも、ツクヨミという神が殺生を犯して追放されたことで夜の世界が生まれたとされています。その一方、夜には安らぎや落ち着きを感じさせる顔もあります。実際、一日の仕事を終えて自宅で寛いだり、眠ったりできる夜が一番好きという人は結構いるのではないでしょうか。

夜をテーマにした小説は数えきれないほどありますが、私が印象に残っているのは赤川次郎さんの『夜』と、恩田陸さんの『夜のピクニック』。前者は大地震で孤立した人々の夜を描くパニックサスペンス、後者は<歩行祭>という行事を通して成長していく高校生達を描いた青春小説でした。どちらも読み応えある良作ですが、そこそこボリュームがあるため、空き時間にさらりと読むには不向きかもしれません。というわけで今回は、夜をテーマにした読みやすい短編集を取り上げたいと思います。柴田よしきさん『夜夢』です。

 

こんな人におすすめ

人の業を描いたホラー小説が読みたい人

続きを読む

はいくる

「間宵の母」 歌野晶午

ミステリー作品には、論理的な謎解きが必要とされます。対してホラー作品は、人知を超えた存在や現象が登場し、それらに翻弄される人間達の恐怖劇がメイン。<謎めいた出来事はすべて幽霊の仕業でした。終わり>という展開になることも少なくありません。

まるで相容れないように見えるミステリーとホラー、二つを合わせた<ホラーミステリー>というジャンルが存在します。これは、一見ホラーながら、恐怖に何らかのルールなり理由なりを持たせ、その真相を論理的な推理で暴こうとする作品のこと。綾辻行人さんの『Another』や鈴木光司さんの『リング』、三津田信三さんの『刀城言耶シリーズ』などがそれに当たります。先日、図書館で受け取った作品も、なかなかに不気味で恐ろしいホラーミステリーでした。歌野晶午さん『間宵の母』です。

 

こんな人におすすめ

人の狂気の怖さを描いたホラーミステリーが読みたい人

続きを読む