はいくる

「千年樹」 荻原浩

私は本をジャケ買い(内容を知らないCDや本などを、パッケージのみで選ぶ購入方法)することがあります。この時、「内容が想像と違う!」と驚かされることもしばしばです。特にハードカバーの場合、文庫本のように裏表紙にあらすじが書いてあるわけではないので、このパターンが多いですね。

過去に読んだ本では、若竹七海さんの『水上音楽堂の冒険』には仰天させられました。高校生三人組が明るく笑う表紙イラストと、<~の冒険>という楽しそうなタイトルから、てっきり少年少女が活躍するどきどきわくわく青春ミステリーかと思いきや・・・あの結末の残酷さと苦さは、今でもはっきり記憶しています。それからこの本にも、タイトルから予想していた内容と実際の内容が全然違い、びっくりした覚えがあります。荻原浩さん『千年樹』です。

 

こんな人におすすめ

時代を超えた人間ドラマが読みたい人

スポンサーリンク

部下の反乱に遭い逃げ惑う国司一家、いじめが原因で自殺を企てる中学生、来ない駆け落ち相手を待ち続ける遊女、あまりに理不尽な理由で切腹する羽目になった武士、裏切り者を生き埋めにしようとするヤクザ、我が子を間引くよう命じられた貧農の嫁・・・・・千年の間、くすの木は見ていた。幾度となく繰り返される、人間達の愚かで悲しい営みを。複数の時代を股にかけて紡がれる、切なくやるせない連作短編集

 

タイトルは『千年樹』で、作者は荻原浩さん。となるときっと、巨木の周りで生きる人間たちを描いた、心温まるほのぼのヒューマンストーリーなんだろうな・・・と思ったら、蓋を開けてびっくり。巨木の周囲で展開する人間ドラマ、という予想は当たっていたものの、戦争、いじめ、貧困、間引き、リンチ等々、出てくる話題は暗く陰鬱なものばかり。一部を除き、まったく救いがなく終わるエピソードが多く、落ち込んでいる時に読むと精神に大ダメージを受けてしまうかも・・・逆に言えば、これだけ重苦しい話のオンパレードにも関わらず、どんどん読ませてしまう筆力は流石ですね。

 

「萌芽」・・・国司の任に就いていた公惟は、部下の反乱で多くの家来を失い、自らは妻子と共にどことも知れぬ山中に置き去りにされた。極限の飢えと疲労に苦しみながら山中を彷徨い歩く三人だが・・・時は流れ、現代。同級生のいじめに苦しむ雅也は、通りがかった神社の敷地内で自殺を考える。そこに、見慣れぬ幼児が現れて・・・・・

この後、千年の長きに渡ってこの地に根付く巨木の誕生秘話が語られます。飢餓から木の根や虫を貪る国司一家の姿、彼らの運命はあまりに悲惨。それに比べると、現代編の雅也のエピソードは、過酷ながらもまだ希望があって良かったです。でも、公惟とその妻子の末路を思うと、雅也のもとに現れた幼児の行動が怖いような哀れなような・・・

 

「瓶詰の約束」・・・戦時中、空襲から必死で逃げる誠次は、ランドセルの中に宝物入りの瓶を入れていた。家族と離れ離れになった彼は、どうにか神社の巨木のもとにたどり着き・・・現代。とある幼稚園で、タイムカプセルを作ろうという企画が持ち上がる。園児達は各々の宝物を持って神社に集合し・・・

戦争が悲惨なものだということは言うまでもありませんが、子ども目線だと悲惨さがより強調されますね。空襲から逃げ惑う少年が、明日、友達に分けてやると約束したガムを必死で守る様子が切なく哀れです。ラスト、思いがけない形で果たされた<約束>には胸が締め付けられるようでした。

 

「梢の呼ぶ声」・・・幼くして遊郭に売られたきよは、客の長内と恋に落ち、二人で駆け落ちを決行する。途中、きよを神社の巨木の前で待たせたまま、「酒を買って来る」と姿を消した長内。戻らぬ長内をきよは一途に待ち続け・・・現代。遠距離恋愛中の博人と久しぶりに会うことになり、待ち合わせ場所である神社を訪れた啓子。なかなか現れない博人を待つ間、啓子はふと、人の気配を感じ・・・・・

本作は基本的に<巨木が見つめる様々な人間模様>であり、明確なオチがないものも多いです。そんな中、このエピソードは珍しくどんでん返しめいた展開があり、「おっ」と思わされました。てっきり死んだのは〇〇だと思っていたら、実は××の方だったとは・・・最後に彼女のもとを訪れたのが、何らかの救いだといいのですが。

 

「蝉鳴くや」・・・藩主の食欲不振から始まった騒動で、理不尽に切腹する羽目になった毒見係の忠之助。何故自分が。そんな思いに苛まれながら、忠之助は自らの腹に刃を向けて・・・現代。中学教師の岡田は、夜中に神社の巨木のもとを訪れた。生意気な生徒。うるさい保護者。厄介事を押し付けてくる校長や同僚。彼らへの憤りが溜まるたび、岡田はストレス解消のため巨木を切り刻むのが習慣で・・・

第三話の感想で、本作には明確なオチがないものが多いと書きましたが、それが一番顕著に表れているのがこのエピソードではないでしょうか。何も悪いことをしていないのに切腹を命じられ、壮絶な苦しみにもがく武士。仕事のストレスを巨木にぶつける中学教師。何がどう転ぼうと彼らの苦悩が報われることなどなさそうなところが胸糞悪かったです。

 

「夜鳴き鳥」・・・山賊の頭目を殺して一味を抜け、今は一人で追い剥ぎとして生きるハチ。ある時、通りがかった旅人を皆殺しにするが、その中の女の死体が目に留まり・・・現代。裏切り者の制裁のため、夜中に神社にやって来たヤクザ二人。兄貴分は弟分に向けて、生き埋め用の穴を掘るよう命じ・・・

自らが殺した女の死体を母親に見立て、すがって甘えるハチは、凶悪であると同時に哀れでもあります。そんなハチの生き様が、時を超え、ヤクザの凶行を止めることになるとはね。また、このエピソードでは、第一話で雅也を苦しめていたいじめ加害者二人のその後が語られます。片方は本物のヤクザに、もう片方はヤクザを裏切って制裁を受ける側になり、そのまま流血沙汰になるかと思いきや・・・皮肉な成り行きを、巨木は嗤って見ているのかもしれません。

 

「郭公の巣」・・・貧しさから、生まれたばかりの娘を間引くよう命じられたトミ。拒みたくても、娘と二人で生きる術などない。打ちひしがれつつも、神社の池に赤子を沈めるため家を出た。その途中、神主の家の下働きの娘を見かけ・・・現代。ドライブの途中、巨木の側の郷土資料館に立ち寄った四人家族。子ども達が遊びに夢中になる間、妻は夫に「話がある」と持ち掛けて・・・

一番お気に入りのエピソードです。我が子を間引きから逃れさせるため禁断の一手を打つ母親と、休日を楽しみながらもどことなくぎこちない四人家族、合間に語られるカッコウの托卵の逸話。托卵の話が出てきた時点で嫌な予感はしていましたが、結末の怖さは予想以上でした。いや、だってこれって、絶対あの人の策略ですよね(汗)?過去編での赤子の行く末も気になります。

 

「バァバの石段」・・・真樹のもとに飛び込んできた、闘病中の祖母・昭子が危篤だという知らせ。親の決めた結婚をし、その相手もすぐ戦死し、苦労のし通しだった祖母。祖母は果たして幸せだったのか・・・戦時中、意に添わぬ相手との縁談を持ちかけられた昭子は、憂鬱で仕方ない。昭子には、密かに思う相手がいたからだ。そんなある日、昭子宛に一通の手紙が届き・・・・・

収録作品中唯一、現代編・過去編共に後味の良いエピソードです。親の言いつけでよく知りもしない男と結婚・出産するという、現代人の孫曰く<ほとんどホラー>な人生を送った祖母・昭子。そんな昭子が、実はときめきも愛情も知っていたという展開にほっこりしました。と同時に、昭子の初恋の顛末は切ない・・・その分、孫の真樹の恋は幸せであってほしいものです。

 

「落枝」・・・近頃、役場には神社の巨木に関する苦情が入りっぱなし。とうとう切り倒しが決まり、職員の雅也は神社を訪れる。少年時代、雅也はこの木で首吊り自殺を考えたことがあって・・・・・村をならず者達が襲い、幼馴染のクラが攫われた。遠くに売り飛ばされる前に助けなければ。千代丸はどうにかクラを見つけるものの、ならず者達に追い詰められて・・・・・

第一話の主人公・雅也が、成人して再び主人公を務めます。一話では自殺を考えていた彼が、真っ当に大人になり、家庭を持っている様子に一安心。それに対し、強者に蹂躙される一方だった千代丸らの運命は悲惨です。でも、今だって形が変わっただけで、こういう暴力は起こっているんだろうな。現代編ではついに巨木が伐採されてしまったけれど、最後一ページからするに、これで終わりではないのでしょうね。

 

やりきれない結末を迎える話が多い(特に過去編)上、時代や登場人物の描写が丁寧なので、一話ごとにドラマ一本見終わったのと同じレベルの読み応えがあります。ただ、ハッピーエンド好きの方には不向きかもしれません。私は口直しに『愛しの座敷わらし』を借りておいて良かった!

 

巨木は人間を慈しみ見守ってくれる度☆☆☆☆☆

そしてまた、愚かなドラマが繰り返される度★★★★★

スポンサーリンク

コメント

  1. しんくん より:

    巨木が千年に渡って多くの人々の人生を見てきた~決して幸せな人生だけでなくむしろ波乱に満ちた人生をどんな想いで見ていたのか?
    神木のような存在かな~と感じるようで身近な存在でもあると思います。
    図書館で見たことがあると思うので読んでみようと思います。

    1. ライオンまる より:

      「巨木」という言葉が持つ、温かみや偉大さの雰囲気がほとんどない、身も蓋もなく不幸になっていく人間達が印象的でした。
      実際、千年単位の寿命を持つ木からすれば、人間の生死なんてこんなものなのかもなと思ったり・・・
      ただやっぱり、子どもが為す術もなく死ぬ描写は結構きついですね。

コメントを残す

*

CAPTCHA


このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください