はいくる

「お葬式」 瀬川ことび

クリエイティブな世界には、複数の名義で作品を発表されている方がしばしば存在します。理由は人それぞれでしょうが、一番は、名前に付きまとうイメージや先入観を払拭するためではないでしょうか。〇〇先生は恋愛漫画とか、△△先生はロックミュージックとか、色々イメージがありますからね。

もちろん、それは小説界においても同じ。乙一さんは<中田永一><山白朝子>、藤本ひとみさんは<王領寺静>等々、複数の名義で活動されている作家さんは多いです。この作家さんも別名義で活動中だということを最近になって知りました。瀬川ことびさん『お葬式』です。

 

こんな人におすすめ

ユーモラスなホラー短編集を読みたい人

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女子高生が見た先祖伝来の葬儀の行方、新人ホテルマンが直面する奇怪な騒動、男子大学生宅を訪ねてきたバイト仲間の衝撃の正体、尼寺にたどり着いた若者が過ごす恐怖の一夜、海外の事件を機にずれていく学生たちの日常・・・・・クスリと笑えて、ゾクリと怖い。皮肉の効いたコミカル・ホラー短編集

 

瀬川ことびさんのホラー小説大好きなので、なかなか新作が出ないなぁと寂しく思っていたら、最近は<瀬川貴次>名義での活動の方が主だと知りました。この方のホラーは、とにかく軽妙でユーモラス。冷静に考えると結構残酷だったりグロテスクだったりする場面もあるのですが、語り口がウィットに富んでいるので、思わず噴き出しそうになっちゃいます。同時に、おふざけばかりではなく、怖い描写はとことん怖くできるというところが凄いですよね。

 

「お葬式」・・・主人公は、父親を亡くしたばかりの女子高生。葬儀の打ち合わせのためにやって来た葬儀会社の人間を、母は「うちには先祖代々の弔い方がある」と追い返す。間もなく大挙してやって来る親戚達と、彼らに振る舞われる大量の肉料理。母の手伝いをしていた主人公は、冷蔵庫にとんでもない物があることに気づき・・・・・

序盤で分かることなので書いてしまうと、ここでの<先祖代々の弔い方>とは、死者の肉を弔問客達と食べること。こう言うとものすごく猟奇的な感じですが、肝心の料理・飲食シーンがめちゃくちゃ美味しそう&楽しそうなので、人肉を食べていることをつい忘れてしまいそうです。途中で肉が足りなくなった際、母親と主人公が交わす「お父さん(の肉)足りないから、お肉屋さんの肉でかさ増ししよう。おつかいお願い」「了解。牛肉?」「いや、節約で豚コマ」の会話がツボでした(笑)ひたすらコミカルに盛り上げた後、最後に化物の存在をちらつかせてゾッとさせる構成も◎!

 

「ホテルエクセレントの怪談」・・・学会とコンサートの日が重なったため、その宿泊客の対応でホテルエクセレントは上から下への大騒ぎ。その最中、新人ホテルマンの杉野は、エレベーター内から老婦人が忽然と姿を消す瞬間を目撃する。先輩ホテルマン曰く、それはホテルエクセレントに伝わる有名な幽霊話の一つだそうで・・・

大勢の人間が出入りするホテルは怪談話の宝庫。でも、幽霊が出ようが妖怪が踊ろうが、仕事は待ってくれません。新人ホテルマンの主人公が、おたおたしながら何とか仕事をさばこうとする姿が面白かったです。途中で語られる、マナーの悪い芸能人や追っかけにまつわるエピソードは、サービス業関係者なら感情移入しまくるのではないでしょうか。でも、この話で一番強烈なのは怪異ではなく、何が起ころうとびくともせずホテルマン道を貫くベテランスタッフな気がします。

 

「十二月のゾンビ」・・・大学生・直人の家を訪ねてきたのは、バイト仲間である田嶋さん。曰く、この近所で車に撥ねられてしまったという。それは大変、すぐ救急車を呼ぼうと、ひとまず彼女を家に入れる直人だが、次の瞬間、田嶋さんの顔が半分潰れていることに気付く。田嶋さんは「私はもう死んでるみたい」と語り・・・

古今東西、ゾンビが出てくる創作物は数多くあれど、これほど何事も起こらない作品は珍しいのではないでしょうか。交通事故死後になぜかゾンビ化してしまった田嶋さんですが、ちゃんと理性を保ち、主人公と会話し、出された飲み物に口をつけます。にもかかわらず、眼窩から眼球が飛び出してぶらぶら揺れているわけですから、その場面を想像するとめちゃくちゃシュール・・・そしてそんな状況で「自宅に女の子と二人きりだけど、恋が芽生える気配は全然ない」と淡々と考える主人公も大概だよな(笑)田嶋さんとの別れは結構切なかったです。

 

「萩の寺」・・・諍いの末に恋人を殺し、その死体を山中に遺棄した祐二は、帰り道、不気味な生き物に追いかけられる。這う這うの体で逃げ、辿り着いたのは一軒の山寺。尼僧は祐二を迎え入れ、自分の半生を語り出す。その途中、祐二は尼僧の話の矛盾点に気付き・・・

前三話の軽妙さとは打って変わって、王道をいく和風怪談です。モチーフになっているのは、日本の不思議譚の代表格であるマヨヒガ(迷い家)かな。主人公が迷い込んでしまったのは、民話になるようなファンタジックなものではなかったけれど、そもそも彼は犯罪者なのだから自業自得なのかもしれませんね。最後のあの人も、やっぱり犠牲になってしまうのでしょうか・・・

 

「心地よくざわめくところ」・・・突然飛び込んできた、東ヨーロッパ某国での原子炉事故のニュース。それを聞いた大学生達は、半ばお遊びで終末思想を吹聴する。だが、ふざけ半分の彼らの思惑とは裏腹に、周囲では異変が起こり始め・・・

これは一九九九年だから書籍化できた内容でしょうね。現代ならまず出版は無理だったと思います。怪しげな空模様とか、女子大生が突然流す鼻血とか、不吉な要素はたっぷり。反面、中心人物たる大学生達はお祭り気分で騒ぐばかり、「原子炉事故?世界終わるんじゃね?ヤベ、ウケる」くらいのノリです。でも、実際に世界の終わりに直面した時のリアクションって、こんな感じなのかも・・・終末が来るのか来ないのか分からない、不穏な展開が好みでした。

 

文体がコミカルなのでホラーが苦手な人にもおすすめ・・・と言いたいところですが、こういう作風を悪ノリが過ぎると感じる読者も一定数いそうです。でも、少なくとも読んで夜眠れなくなるような怖さではないことは保証しますよ。今はライトノベルが中心のようだけど、いつかまた、<瀬川ことび>名義でホラー小説を書いてほしいです。

 

主人公達の淡々とした語りが最高!度★★★★★

シチュエーションは十分にホラーなんだけどね度★★★★☆

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コメント

  1. しんくん より:

     ユーモラスのあるホラーは楽しみです。
     ホーンテッド・キャンパスをイメージしました。
     どれも面白そうです。
     お葬式をテーマにした作品を読む度に自分も良い齢ですので意識するようになりましたが、これはそういう感じがしなさそうで楽しみです。
     中山七里さんの布勢検事シリーズの続編を借りて来ました。
     屍人荘シリーズ3作目「兇人邸の殺人」の再読が終わったら早速読もうと思います。
     お盆休みは帰省せず読書して過ごしたいと思います。

    1. ライオンまる より:

      ホーンテッドキャンパスからイヤミス要素を抜いた感じですね。
      ものすごい怪奇現象と直面しているにも関わらず、妙にあっけらかんと受け入れている登場人物達が面白かったです。
      私は先日、中山七里さんのヒポクラテスシリーズの最新刊を読みました。
      あと、予約していた真梨幸子さんの最新作も図書館に届いたようなので、近々受け取りに行きます。

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