はいくる

「フシギ」 真梨幸子

<不思議>という言葉を辞書で引いてみると、「そうであることの原因がよく分からず、なぜだろうと考えさせられること。その事柄」とあります。この「原因がよく分からない」というところが最大のポイント。<怖い小説>や<ハラハラさせられる小説>の場合、大抵はその原因が作中で判明しますが、<不思議な小説>はその限りではありません。登場人物にも読者にも、事態の真相や全容が分からないまま終わることだってあり得ます。

不思議な小説の代表格として真っ先に挙がるのは、やはりルイス・キャロルの『不思議の国のアリス』でしょう。主人公アリスの夢オチなだけあって、作中の出来事は因果関係も物理法則も完全無視。ここまでではないにせよ、恩田陸さんの『いのちのパレード』や梨木香歩さんの『家守綺譚』なども不思議な魅力いっぱいの小説でした。この作品にも、読者を混乱させる不思議がたくさん詰まっていましたよ。真梨幸子さん『フシギ』です。

 

こんな人におすすめ

謎めいたホラーミステリーが読みたい人

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作家である<私>のもとに、某出版社から来た執筆依頼。それは、かつて<私>が住んでいたマンションに関わるものだった。返事はひとまず保留とした<私>だが、それから間もなく、依頼してきた担当編集者が転落事故により急死してしまう。さらに、その直後から<私>に繰り返し届く、死んだはずの編集者からのメール。どうやら編集者が生前送ったメールが、サーバートラブルにより遅れて届いているらしい。メールには<私>の想像を絶する内容が書かれていて・・・・・不思議の連鎖の果てに、衝撃の結末が読者を待つ。驚天動地のホラーミステリー

 

『孤虫症』『殺人鬼フジコの衝動』『更年期少女』等々、内容に違わぬ衝撃的なタイトル作りに定評のある真梨幸子さんですが、本作のタイトルはシンプルに『フシギ』。中身の方も、いつもの生々しいグロテスクさは控え目で、代わりにモヤモヤした不思議さ、不気味さが強調されています。何が不気味かって、表紙の顔が一番不気味なんですが・・・・・

 

「マンションM」・・・<私>にもたらされた、かつて一人暮らしをしていたマンションMに関する原稿依頼。担当編集者である尾上まひるも大学時代、同じ部屋に住んでいたことがあり、そこで怪奇現象に遭ったのだという。マンションM内では不気味な出来事や人死にが相次いでいて、その取材をしてみないかという依頼なのだが・・・・・

尾上まひるが語る、学生時代の金縛り体験が超怖い!何かが四階の窓ガラスをざりざりざりとひっかき続け、毛むくじゃらの動物らしき生き物が全身を這い廻り、ついには体を噛まれ・・・・・一人の夜にこんな目に遭ったら、恐怖のあまり総白髪になってしまいそうです。

 

「トライアングル」・・・転落死を遂げた編集者・尾上まひるから<私>に届いたメール。曰く、まひるは意識不明の間、三人の女がやって来るのを見た。そのうち二人は、他界した母と伯母。三人目の女の正体だけがどうしても分からなかったが、さんざん考えてやっと思い出したのだという。メールの最後は『三人目の女が、先生のところに現れませんように』と結ばれていて・・・・・

死者からのメール、というだけでホラームード満点ですが、これは一応、科学的に説明がつきます。つくんですが、狙ったとしか思えないタイミングで届くメール、「どうしてそこで切るの!?」と突っ込みたくなるほど意味ありげな部分でぶった切られた内容がやたら不気味。あと、作中で語られる<三角形の間取りの部屋>に関する蘊蓄が興味深かったです。

 

「キンソクチ」・・・編集者と共に向かう、幼い頃に暮らした町への取材旅行。調べたところ、かつて住んでいた家は古墳の敷地内に建っており、そのせいか、周辺では不可解な出来事が相次いでいた。さらに、不動産屋曰く、その土地には他にも秘密があって・・・

幼少期の記憶とその顛末もかなり不気味なんですが、個人的には山一証券にまつわるエピソードの方が印象的でした。新社屋に竣工してから間もなく自主廃業した大事件を、こういう風に解釈するとはね。この辺りは、地鎮祭や竣工式をきっちり行う民族だからこそ分かる感覚かもしれません。

 

「イキリョウ」・・・身辺で起きる謎めいた出来事を不審に思いつつ、行きつけの美容院に向かった<私>。そこで、担当美容師のワダが、唐突に生霊の話を口にする。ワダが言うには、順風満帆な新婚生活を送っているはずの妹の生霊が出没しているそうで・・・

ナビに頼ろうとベテランのタクシー運転手に任せようと、なぜかすぐ辿り着けず迷ってしまう家・・・この時点でビビりの私は住むのを躊躇してしまいそうです(汗)ワダの妹にまつわる生霊騒動、その後ワダが遭った怪奇現象、一連の出来事に対する<私>の推理という流れがとてもスリリングで、ハラハラゾワゾワしっぱなしでした。<私>の推理が当たっているなら、そりゃ妹の生霊が出ちゃうのも分かるなぁ・・・

 

「チュウオウセン」・・・最近不調続きの<私>は、馴染みの編集者・花本の勧めでお祓いに行くことにする。道中、花本が語った母親と叔母にまつわる記憶。華やかな母と素朴な叔母は、正反対の姉妹ながらとても仲が良かった。激情的な母を心配したのか、叔母は何かと手伝いに来てくれたのだが・・・・・

これは極端な話(であってほしい!)にせよ、こういう姉妹を巡るあれこれって現実にもありそうです。語り手の花本が淡々と事実を受け入れているところが哀れというか怖いというか・・・「あたしがついているから」という台詞の真相には、「そう来たか!」と唸らされました。

 

「ジンモウ」・・・小生意気な編集者・里見の態度に苛立った<私>は、里見にグロテスクな話を披露。ショックを受けた里見は体調を崩すという騒動が起きる。後日、里見の上司である文芸部長がお詫びに一席設けたいと言い出して・・・・・

人毛に関する記述が、都市伝説ではなく事実だということに超びっくり・・・まあ、そういう時代だったということでしょうか。針山の話は知っていたので、ショックは少なかったんですけどね。さらに、これまで怪現象からはやや離れた位置にいた<私>が、この話から一気に渦中に巻き込まれます。遺骨って・・・マ、マジ?

 

「エニシ」・・・霊能者曰く、<私>には女の生霊が憑いているらしい。霊能者が語る生霊の容姿は伯母にそっくりだが、とうの昔に死んでいるため、生霊というのはおかしい。それとも、まさか伯母は死んでいないのか?混乱状態のまま、真偽を確かめるため母親に電話した<私>だが・・・・・

尾上のメールにあった<三人目の女>の正体が判明しますが、恐らく読者の大半は、女の正体よりも<私>に関する衝撃の事実の方に仰天するのではないでしょうか。なるほど、確かに<私>が〇〇だなんて一言も書いてなかったもんな。おまけに、終盤になって重要なキーワードとなるのが<海外発祥の謎の風邪>とは・・・このご時世、臨場感ありまくりでした。

 

ミステリーというよりはホラー寄りの作風であり、作中のあちこちで披露される謎解きも、基本は「関係者がそう推理している」というだけ。真実としてびしっと掲げられるわけではなく、モヤモヤ感が残るかもしれません。ですが、これこそがタイトルが『フシギ』である所以なのでしょう。本作では、真梨ワールドお馴染みの<身内内でのどろどろ愛憎劇>はほぼなく、複雑な家系図を把握する必要もないので、さらりと楽しめると思います。

 

家選びは慎重に行いましょう度★★★★★

蘊蓄が面白いものばかり度★★★★☆

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コメント

  1. しんくん より:

    ホラーミステリーというからにはきちんとしたオチと解決が欲しいですが、わざとモヤモヤにすることで面白くなるのもまた興味深いです。
     「トライアングル」「イキリョウ」「エニシ」が特に気になります。
     わざとカタカナにしているのがさらに怖さをそそります。
     真梨幸子さんには強烈で衝撃的な内容に混乱させられましたが、別の意味で混乱させられそうです。
     今、屍人荘の殺人シリーズ3作目を読み終えましたが、設定が複雑過ぎてミステリーの内容が分からないまま終わったので再読中です。

    1. ライオンまる より:

      真梨幸子さんの著作で、こういうモヤッとした不気味さを描いたものは珍しいので、なかなかインパクトありました。
      いつもの憎悪むき出し血潮噴き出しのドロドロイヤミスとは一味違って面白かったです。
      「屍人荘~」は第一作しか知らないのですが、いつの間にか三作目まで出ていたんですね。
      今、図書館の予約枠が一杯で新規予約できないので、しんくんさんのレビューを楽しみにしています。

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