物事の、中でも悲惨な物事の終わりとはいつでしょうか。たとえば戦争だとしたら、当事者間で終戦の合意がなされた時?自然災害だとしたら、避難生活が終わり、被災した人達が自宅で普通に暮らせるようになった時?幸せな出来事ならば永遠に続いてくれていいけれど、不幸な出来事ならはっきり終わってほしいと思うのが人情というものです。
しかし、悲しいかな、不幸な出来事であればあるほど、長く続いてしまうのが世の常。戦争や災害、凶悪犯罪などの場合、出来事そのものは終わっても、巻き込まれてしまった人達の心身の傷はそう簡単には癒えません。「もう終わったことなんだから忘れなさい」と言えるのは、きっと部外者だからこそでしょう。今回は、とある犯罪と、そこに関わってしまった人達の苦しみをテーマにした作品をご紹介します。降田天さんの『事件は終わった』です。
こんな人におすすめ
心の傷と再生を描いたヒューマンストーリーが読みたい人

コロナが流行り、自粛生活を強いられるようになってから、巷では猫ブームが起こったそうです。犬と違って散歩不要、過度に構ってやる必要もなく、マーキングの習性がないからトイレも楽、家にこもりきりの生活に癒しが生まれる・・・確かに一見、いいことだらけのように思えます。
あけましておめでとうございます。2023年が始まりました。2022年を振り返ってみると、収束の気配が見えないコロナ、ロシアのウクライナ侵攻、安倍元首相の銃殺事件と、気持ちが塞ぐニュースが多かったです。今年こそは明るい兆しが見えますように。それはきっと、全人類共通の願いでしょう。私にできることは少ないかもしれませんが、自分と家族の健やかな生活を守るよう心掛けつつ、読書も楽しんでいきたいです。
今まで知らなかった作家さんの存在を認知し、その面白さを知る。本好きにとっては無上の喜びの一つです。この<はいくる>のような読書ブログやレビューサイトの存在意義は、そうした喜びのために在るといっても過言ではありません。
私は本が好きですが、映画も負けず劣らず好きです。昔、家の近所に映画館やレンタルビデオショップがあったこともあり、一時は週に何度も映画鑑賞に出かけたり、興味のある映画のDVDを片っ端から借りたりしていました。おかげでバイト代が全然貯まりませんでしたが、今振り返っても、あれはあれで楽しかったです。
創作の世界には<パスティーシュ>という用語があります。これは一言で言うと、作風の模倣のことです。似たような用語に<オマージュ>があり、実際、日本では厳密な区別はない様子。ただ、色々なパスティーシュ作品、オマージュ作品を見る限り、前者は先行する作品の要素がはっきり表れているのに対し、後者は作家が先行作品を自分なりに読み取った上で作品化するので、「え、〇〇(作品名)のオマージュなの?」とびっくりさせられることが多い気がします。
いっぱしの読書家を気取っている私ですが、最近、買う本の冊数はずいぶん減りました。読みたい本がある時は、図書館で借りるのが基本。欲しい本を片っ端から買っていくとあっという間に財布が空になってしまいますし、本の置き場所も無限にあるわけではありません。子どもの頃はあまりよく考えず小遣いをどんどん本に費やしていましたが、成人した今となってはそうもいかないのが現状です。
暦の上では秋になり、店先に並ぶファッションアイテムも秋を意識したものが増えました。とはいえ、気候はまだまだ夏そのもの。半袖シャツも、帽子も、キンキンに冷えた飲み物も、当分手放せそうにありません。
人間の三代欲求は、<食欲><睡眠欲><性欲>と言われています。これを緊急度合という基準で考えると、強いのは睡眠欲、食欲、性欲の順なのだとか。人は睡眠欲や食欲が満たされないと、いずれ体力が尽きて死んでしまいますが、性欲は満たされなくてもすぐ死ぬことはありません。子孫繁栄にしたって、人工的な手段を使えば、欲求云々を抜きにしても可能と言えば可能です。そう考えると、これは確かに正しい順位なのでしょう。
小説を読むことの一体何がそんなに楽しいのか。人によって答えは様々でしょうが、ラストの面白さを堪能したいから、と答える人は多い気がします。感動的なフィナーレだったり、衝撃的などんでん返しがあったり、終わったはずの恐怖が再び甦ってきたり・・・現実世界にはそんなにはっきりしたオチがない分、小説で味わいたいと思うのも当然です。