はいくる

「サクラ秘密基地」 朱川湊人

写真が発明されたのは、一九世紀前半のことです。この当時、産業革命によりいわゆる中産階級が多数出現し、彼らの間で肖像画が流行したことで、一気に写真の需要も高まったのだとか。そんな写真は一八四三年、長崎に入港したオランダ船により日本に入ってきました。当初は一枚撮るのにも特殊な技術や設備が必要だったようですが、インスタントカメラや携帯電話、スマートフォン等の普及により、今やその気になれば幼児だって写真を撮ることができます。

正しいやり方をすれば、被写体を完璧に一枚の紙の中に納めてしまえる写真。多かれ少なかれ描き手の解釈やモデルの注文が入る絵画と違い、写真で嘘はつけません。そういう点が、便利であると同時にどこかしら神秘的な印象を与えるのか、「写真を撮られると魂を抜かれる」「三人で写真撮影する際、真ん中に写った人間は早死にする」といった怪談まであります。今回は、そんな写真にまつわる短編集をご紹介したいと思います。朱川湊人さん『サクラ秘密基地』です。

 

こんな人におすすめ

写真をテーマにしたノスタルジック・ホラーが読みたい人

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幼馴染にまつわる残酷な記憶、子どもの悪戯が招いた思わぬ悲劇、手紙に綴られる初恋の思い出、撮った記憶のない写真が出てくるカメラの謎、美しかった母の死の真相、隣人親子とのおかしくて切ない交流の行方・・・・・写真にまつわる郷愁や後悔を描いた六つのホラー短編集

 

ほのぼのしたタイトルや表紙とは裏腹に、いつもの朱川節全開の一冊です。ほとんどの話は<過去の出来事に対する主人公の回想>という構成になっており、朱川湊人さんお得意の郷愁を誘う描写がてんこ盛り。過去はあくまで過去であり、現代の主人公が何を思おうと絶対に変わらないというところが切ないですね。

 

「サクラ秘密基地」・・・捨てられたトラックを<サクラ秘密基地>と名付け、遊び場にしていた少年四人組。ある日、仲間の一人・ショースケが家出すると言い出す。ショースケの家は母子家庭だが、母親が家に引き入れた男が暴力を振るうのだという。ただの冗談かと思いきや、ショースケは本当にサクラ秘密基地で寝起きするようになり・・・

表題作なだけあって、そのやりきれなさは収録作品中トップクラスだと思います。やっぱり子どもが大人の都合で苦しむ話は、悲惨さがより強く感じられますね。酷い目に遭っても尚、ショースケが母親を慕う姿があまりに哀れで・・・真相を知った後だと、表紙に描かれた、四人組の楽しそうな写真が切なくてなりませんでした。

 

「飛行物体ルルー」・・・小学生の主人公は、鍵っ子仲間だった女友達と一緒にUFOが飛ぶ写真を作る。ただのお遊びのつもりだったが、偶然により写真が流出。撮影者である女友達は一躍時の人に。だがある日、写真が作り物だとバレてしまい・・・・・

偶然の積み重ねで人気者から詐欺師に転落した女友達は可哀想・・・なんだけど、ラスト、成長し再会した二人の会話と、そこから推察できる大事件の気配にすべて持って行かれました。だって、はっきりした名称は出てこないけど、これって現実に起こったアレですよね?終盤、飛翔する飛行物体を見上げる少女達の描写が綺麗な分、ラストの不穏さが際立ちます。

 

「コスモス書簡」・・・いじめられっ子だった主人公は、ある時、ひょんなことから年上の少女と仲良くなる。少女と楽しい時間を過ごし、次第に淡い恋心を抱く主人公。そんな中、二人は交通事故の現場に遭遇し・・・・・

よくあるパターンだと、<はみ出し者の少年が初恋を経て成長する>という流れになるんでしょうが、そうは問屋が卸さないのが朱川ワールドです。彼らが目撃した事故死と、その後の少女の奇行、血にまつわる描写などが丁寧かつ妖艶で、蛇が這うようにじわじわぞわぞわ・・・最後、手紙の書き手の行く末が分かった時、その取返しのつかなさに衝撃を受けました。

 

「黄昏アルバム」・・・質流れ品だった、撮影した覚えがない写真が撮れる不思議なカメラ。主人公は、その中に中学時代の自分を写したものがあることに気付く。そこで思い出したのは、かつて自分に思いを寄せていた同級生の男子生徒。彼は早くに亡くなっているのだが・・・・・

ここでは、主人公の女性がカメラに乗り移った(?)男子生徒のことを好きでも何でもなかったというのがミソ。実は主人公も彼を憎からず思っていた、とかなら瑞々しい青春の思い出なのでしょうが、主人公は自分に片思いする男子生徒を冷たくあしらってしまいます。このままならなさが現実的というか何というか。それでもこの男の子は、多少なりとも満足だったのかな。

 

「月光シスターズ」・・・姿の見えない<ミツコ>という存在に怯える母、<ミツコ>の気配を感じ取ることのできる妹、そんな母と妹に拒絶反応を示す姉。不協和音を奏でる三人の関係は、ある時、母の自殺という形で決着し・・・・・

幽霊やUFO等々、超自然的な要素が絡む本作ですが、このエピソードでメインテーマとなるのは人の心。一応、母を苦しめる<ミツコ>という存在が出てくるのですが、それが幽霊なのか、はたまた精神を病んだ母の幻覚なのか、最後まではっきりしません。母の死後、姉との会話で主人公が気づいた恐ろしい可能性は、果たして真実なのか・・・謎解きの構成がしっかりしていて、ミステリーとしても楽しめました。

 

「スズメ鈴松」・・・引っ越してきたアパートで、鈴松という強面の男と、彼の息子であるヒロ坊と親しくなった主人公。近所では無頼漢で知られる鈴松だが、ヒロ坊には良き父親だ。ある日、主人公は鈴松が死にかけのスズメに寄り添う姿を目撃し・・・・・

作中唯一と言っていいくらい、文句なしに後味の良い話でした。喧嘩っ早いけど男気のある鈴松と、そんな父を慕う聡明なヒロ坊親子が最高に素敵!「月光~」同様、ホラー要素はほぼゼロですが、最後に起きた小さな奇跡には胸が温かくなりました。これを最終話に持って来てくれて良かったです。

 

けっこう暗い結末を迎えるエピソードが多いのですが、最終話がとにかく爽やかなので読後感は悪くありません。それに、<サクラ秘密基地>の桜や<月光シスターズ>の月の光といった情景描写がものすごく綺麗です。丁寧に短編ドラマか何かにしたら映える気がするんですが、いつか誰か作ってくれないかしら。

 

昔の友達に会いたくなる度★★★★☆

写真が幸せな分、真実は悲しい度★★★★★

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コメント

  1. しんくん より:

    朱川湊人さんらしい郷愁感溢れるホラー短篇集でどれも面白そうです。
     ホラーに季節感に恋愛要素、青春ストーリーもあり読んでみたくなりました。
     少し前、ネットで話題になった「変な家」読み終えました。
     ホラー好きな方には是非ともお薦めしたいです。
     家に置いていたら息子が読んでました。

  2. しんくん より:

    面白そうだったので借りて来ました。
    郷愁感のあるオカルトホラーは大変興味深いです。
    短篇集のネーミングも良いですね。
    最近読んだ「変な家」~面白かったです。

    1. ライオンまる より:

      しんくんさんの感想が楽しみです。
      仰る通り、朱川湊人さんは興味を引くタイトル作りが上手いんですよ。
      私がこの方を知ったきっかけも、「都市伝説セピア」というタイトルが気に入ったからです。

      「変な家」、注目してました!
      近所の図書館には入荷していないので、今月中くらい待って、まだ入らないようならリクエストをかけようと思っています。

  3. しんくん より:

    1回目のコメントが反映されてなかったと思い同じようなコメントを送ってしまいました。
    読み終えました。
    昭和の雰囲気を感じる郷愁感溢れるホラーで大変面白く読み終えました。
    「黄昏アルバム」が最も共感出来ました。
     顔すら思い出して貰えない江本君の気持ちが伝わって来ました。
    「サクラ秘密基地」「コスモス書簡」は本当に切なくなりました。
     こういうストーリーは好みで漫画「藤子不二夫SF短編集」を思い出します。
     今日、図書館から東野圭吾さんの新作ガリレオシリーズ10作目「透明な螺旋」が届いたと連絡がありました。
     住んでいる市内の図書館は休館中ですが、会社のある市内の図書館は開いているので助かってます。
     11月にはコロナが少しは収まると良いですね。

    1. ライオンまる より:

      このノスタルジックな文章、大好きなんですよ。
      表題作もいいけれど、私は「飛行物体ルルー」のような不安がたっぷり漂う雰囲気も好きだったりします。

      しんくんさんが利用されている図書館は、新刊入荷が早いですね!
      近所の図書館はどうやら遅めのようなので羨ましいです。
      全国の感染者数は少しずつ減少傾向ですし、このまま落ち着いてくれるよう、願うばかりです。

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