はいくる

「邪教の子」 澤村伊智

宗教とは本来、人を救い、拠り所となるための存在です。苦しいことがあれば乗り越えられるよう神に祈り、善行を積めば死後に天国に行けると信じる。そんな信仰心は、時に人に大きな力を与えました。「神様の加護があるのだから大丈夫」。そう確信し、自信を持って物事に臨めば、不安も緊張もなく一〇〇パーセント能力を発揮することも可能でしょう。

と同時に、悲しいかな、信仰心が残酷な事態を引き起こしてしまうこともあり得ます。古今東西、神の名のもとに起こった争いは数えきれませんし、カルト教団によるテロや集団自殺が決行されたこともあります。小説で宗教問題が取り上げられる場合、こうした異常さがクローズアップされることが多いようですね。今回ご紹介する小説もそうでした。澤村伊智さん『邪教の子』です。

 

こんな人におすすめ

新興宗教をテーマにしたダーク・ミステリーが読みたい人

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私達は邪教の子を救うことはできるのだろうか---――光明が丘ニュータウンで家族と共に平凡な暮らしを送る小学生・慧斗(けいと)。ある日、近所に三人家族が引っ越してくるが、彼らはカルト教団の信者だという噂があった。車椅子に乗る一人娘・茜はろくに学校にも通わず、母親はお布施集めや布教のため近所を歩き回っては意味不明な奇行を繰り返す。おまけに茜が親から虐待を受けている様子もあり、見かねた慧斗や友人達は茜を救出しようと目論むのだが・・・・・

 

『比嘉姉妹シリーズ』などで壮絶な化物無双を描いてくれた澤村伊智さんですが、本作は怨霊も呪詛も祟りも一切登場しないサイコサスペンスです。澤村伊智さんが神仏や民間信仰について造詣が深いことは過去作品で証明済なものの、宗教そのものをテーマにした作品は今までなかったんですよね。いつものおどろおどろしい土着ホラーとは一味違う、冷たく乾いた狂気や恐ろしさを味わえました。

 

正義感の強い女子小学生・慧斗は、近所に異様な一家が引っ越してきたことを知ります。一人娘の茜は車椅子を使っており、母親はそんな娘を連れ回して新興宗教<コスモフィールド>の布教に夢中。ある日、慧斗は茜が母親から虐待を受けていると思しき現場を見てしまい、仲間達と共に立ち上がります。偶然、宗教団体から信者を連れ戻す脱会屋と知り合ったこともあり、茜の救出作戦を立てる慧斗達ですが・・・・・時は流れ、テレビ局に勤務する矢口は、かつて慧斗が茜と出会った光明が丘ニュータウンへの取材を決行しようとしていました。光明が丘ニュータウンは今、<大地の民>というカルト教団の根城となっているのです。脱会した元信者の力を借り、<大地の子>中枢部と接触した矢口。そこで彼は、慧斗や茜のその後を、そして<大地の子>のあまりにもおぞましい目論見を知ることになるのです。

 

前半、虐待されていると思しき茜の救出のため奔走する慧斗達の活躍は、前向きで力強い冒険小説さながら。ハラハラドキドキはありつつ、ひとまず一段落・・・と思いきや、この時点でページはまだ半分残っています。その後、テレビディレクター・矢口視点の物語が始まるのですが、そこで慧斗達を綴った章が一体何だったのかが分かり、「えーっ!」と仰天してしまいました。いや、確かに序盤から違和感はちらほらあったけど、まさかそういうことだったとは・・・慧斗や周辺人物らの言動の不自然さ、不可解さの謎が解けた瞬間はカタルシスを感じると同時に、その闇の深さにゾッとさせられること必至です。

 

ここで、澤村伊智さんの丁寧な筆致で描かれる宗教描写が活きてきます。慧斗編で茜の母親が信じる<コスモフィールド>は、漫画に出てくるカルト教団そのもので、教祖や信者の言動も狂信的。それに比べると、後半に登場する<大地の民>の在り様は穏健で、周辺に住む非教団関係者達とも常識的な関係を築けているように見えます。ただ、そんな穏やかさの中に垣間見える異様な空気の描き方が秀逸なんですよ。百戦錬磨のテレビマンである矢口が、何か妙だ、不自然だと思いつつ、決定的に踏み込むことができないもどかしさがひしひしと伝わってきました。クライマックスで真相が明かされてみれば、このもどかしさにもちゃんと理由があったと分かり、納得!この面白さを堪能するために、できれば前知識は何もない状態で読んでほしいです。

 

唯一、批判が出るかもと思うのは、本作には澤村ワールドのお約束である「これこそザ・ホラー!」的なオチがない点です。これだけ大掛かりなことが起こったにも関わらず、矢口が迎えた結末はあまりに呆気なく、虚しいものでした。これを消化不良で物足りないと取るか、現実舞台のサイコサスペンスなんだからOKと取るかで評価が分かれそうですね。でも実際、現実の事件の虚しさってこんなものなんだろうな。

 

邪教の子ってこの子のことか・・・度★★★★★

信仰って幸せなものだよね度★☆☆☆☆

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コメント

  1. しんくん より:

     澤村伊智さんの作品で宗教をテーマにしながら怨霊も呪いもないのはよほど人間同士のサイコサスペンスがありそうです。
     カルト集団を題材にしたテーマは結構読んできましたが、澤村伊智さんだとどういう展開になるのか?消化不良というところに返って興味が沸きます。
     
     深緑野分さんの新作「カミサマはそういない」読み終えました。
     「戦場のコックたち」「オーブランの少女」「この本を盗み者は」など今までの作品を凝縮したような短編集で容赦ない展開は澤村伊智さんに似ていると感じました。

    1. ライオンまる より:

      一見穏やかようでいて、水面下でドロドロピリピリした人間模様の描写が秀逸でした。
      子どもが巻き込まれていることもあり、悲惨さがより強く感じられます。

      「カミサマはもういない」、図書館で予約順位が一番目です。
      「オーブランの少女」以来、深緑野分さんの長編を読むのは初めてなので、すごく楽しみです。

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