私は根が小心者ということもあり、体に異変を感じたらさっさと病院に行きます。「実は深刻な病気だったらどうしよう」「様子見している内に手遅れになったら・・・」等々、つい悪い想像を巡らせてしまうんです。そのため、昔から病院はけっこう馴染みのある場所でした。
一つの建物内に生と死が同時に存在する病院は、フィクションの世界においても様々なドラマの舞台とされてきました。ヒューマンストーリーなら垣谷美雨さんの『後悔病棟』、サスペンスなら海堂尊さんの『チーム・バチスタの栄光』、ホラーなら五十嵐貴久さんの『リメンバー』etcetc。いずれも病院という場所の特性を活かした名作ばかりです。先日読んだ小説も、病院とそこに関わる人々の人間模様をテーマにしていました。久坂部羊さんの『怖い患者』です。
こんな人におすすめ
医療の世界を舞台にしたイヤミス短編集が読みたい人
理想の主治医を探し求める女の復讐劇、他人の不幸に歓びを感じる女医の秘密、一通の告発状がもたらした狂気の行方、水面下で進む老人達の恐ろしい企み、薬害問題に巻き込まれた女の運命・・・・・きっと病院が怖くなる。現役医師が描く、悪意に満ちたブラックミステリー短編集
今なお医師としての活動も続ける久坂部羊さんをして、「我ながら毒気の強い作品ばかりで、あきれます」と言わしめた一冊です。私は今まで病院に関する諸々で不愉快な思いをした経験は少ないのですが、もしかしてそれって幸運なことだったのかも(汗)病院・医療をテーマにしているとはいっても、小難しい専門用語や複雑な派閥問題などは出てこないので、医療小説が苦手という方でも安心です。
「天罰あげる」・・・会社で自分の悪口を耳にして以来、原因不明の強烈な不快感に悩まされるようになった愛子。どの医者にかかっても、判で押したように「パニック障害です」と言われるだけで、まるで話を聞いてくれない。なんとかいい医者を見つけようと病院を転々とする愛子は、ある日、ついに理想的な医者に出会い・・・
この話を読んで、<ドクターショッピング>という言葉を知りました。満足のいく診療・診断を受けるまで、次々病院を訪ねて回る状態のことだとか。探索を続ける中、やっと誠意ある医者に出会い、安らぎを得る愛子。さて、どんな落とし穴が待っているのかと思いきや・・・あ、そういうこと(汗)ラスト数行に滲む狂気は鳥肌必至ですよ。
「蜜の味」・・・涼子は美貌と知性に恵まれた外科医。何不自由ない境遇のはずだが、他人の不幸に無上の歓びを感じるという性癖を持っており、周囲に隠すのに必死だ。いつか誰かにバレたら大変なことになる。酒の勢いで悩みを吐露した涼子に対し、テレビ局のプロデューサーが「露悪的で面白い。コメンテーターとしてテレビに出ないか」と持ち掛けて・・・
私は涼子ほど恵まれた人間ではありませんが、「うまくいきすぎだ。いつか落とし穴に落ちるかも」と思う気持ちは何となく分かる気がします。実際、私も涼子がいつ転落するのか内心ハラハラしていましたが、真相は予想の斜め上をいきました。でも、この突き抜け具合は、物語のオチとしてはかなり好きです。
「ご主人さまへ」・・・優しい夫、可愛い息子、立派な家。すべて手に入れたはずの真実子の毎日は、一通の手紙が届いたことで狂い始める。書かれていた事実無根の、しかし悪質な告発の数々。書き手が自分の私生活を知っている可能性に気付いた真実子は、徐々に不安を感じ始め・・・・・
収録作品中唯一、物語開始時点では患者でも医療関係者でもない人間が主人公です。でも、<患者ではない=病んでいない>というわけではないんですよね。誹謗中傷の手紙を機に追い詰められていく主人公は確かに哀れ。ですが、よく読んでみると、主人公が悪意なく無神経かつ軽率な行動を取り続けていたことが分かり、恨まれるのも分かるなと思っちゃいます。ラスト、主人公がどんな状態なのか想像すると、背筋が寒くなりました。
「老人の園」・・・主人公は、クリニック兼デイサービスを営む開業医。デイサービス事業の収益はまずまずだが、老人達の人間関係の調整が頭痛の種だ。特に、プライドの高いヨウジと口の悪いアサヨは、何かにつけて他の利用者に絡み、暴言を繰り返す。医師として平等な対応を心がける主人公だが・・・・・
舞台はデイサービスですが、これは学校や会社でのいじめ問題にも当てはまる話ですね。教師や上司が取る「感情的にならず、公平に」「加害者の事情も考慮しないと」という態度が、事態をより悪化させることもあり得ます。ただ、この話の主人公の場合、事なかれ主義というより、本心から良かれと思って中立の立場を取っていた様子。それを思うと、最後の主人公の末路が哀れでもあります。
「注目の的」・・・勤務先の懇親会で謎の呼吸困難に襲われた事務員・希美。幸い大事には至らなかったものの、なぜあんな症状が起きたのかが分からない。そんな中、同僚が指摘した薬害問題の可能性。過去、ヘルペスの治療で受けた注射に問題があったのかもしれない。不安に苛まれつつ、この問題に詳しい医師のもとを訪れる希美だが・・・・・
認めたくありませんが、この話の主人公・希美と私は性格的に似ている気がします。小心者で心配性。承認欲求が強く、周囲の評価や目が気になって仕方がない・・・薬害問題の被害者として注目・応援され、舞い上がる気持ち、その後の真相を知ってパニックになる気持ちが我が事のように感じられました。自分に似ているから言うのではありませんが、希美はもともと善良な人間だったので、どうにか健やかさを取り戻してほしいです。
今まで久坂部羊さんはアンソロジー収録作品を読んだことがあるだけ。久坂部ワールドを一冊まるごと味わうのは本作が初めてですが、ものすごく気に入りました。長編・短編ともに著作も多いようなので、これからどんどん読んでいこうと思います。
医者だからこそ書ける生々しさ!度★★★★★
でも、本当に症状に苦しむ人もいるんですよ度★★★★★
この作家さんは名前は知っていますが未読でした。
知念実希人さん、南杏子さん同様、現役医師なんですね。医療の現場以上に病気、病院に対する不安感、不信感が伝わってきそうです。
是非とも一冊は読んでおきたいです。
現在、コロナ療養中で部屋で読書三昧ですが思ったほど読めないのが現状です。
やっと氷の致死量読み終えました。内容はともかくさすがは櫛木理宇と言いたくなる一冊でした。
コロナ陽性だったとのことで心配していましたが、重症化せず、何よりです。
まだまだ油断できない日々が続きますね。
くれぐれもご自愛ください。
現役医師の手による作品なだけあって、医療に対する諸々の描写に臨場感がありました。
本作はかなりブラックな作風ですが、後味の良いヒューマンドラマも執筆されていますよ。
著作も多いので、機会があればぜひ!
「氷の致死量」、私も先日読了しました。
グロ描写がかなり多かったものの、最後のどんでん返しといい、濃密な心理描写といい、満足度の高い作品でした。
こういう後味の良い櫛木作品もいいですね。