自殺はいけないこと。これは老若男女問わず誰もが断言することだと思います。その理由は色々あるでしょうが、多いのは「親からもらった命を粗末にしちゃだめ」「生きたくても生きられない人がいるのだから」辺りでしょうか。キリスト教圏なら「神が禁じているから」なんて理由もありそうです。
とはいえ、「いけないんだ。じゃあ、やめましょう」とはいかないのが人間というもの。特に東洋の場合、<殉死><切腹>などの慣習があり、のっぴきならない事態に直面した人間が自殺することを美徳とする時代さえありました。そういう意味で、欧米と比べると、自殺という行為との距離が近いような気がします。今日は、自殺をテーマにしたミステリーを取り上げたいと思います。降田天さんの『さんず』です。
こんな人におすすめ
自殺を巡るミステリーが読みたい人
部下の自殺未遂により追い詰められたコンビニ店長、服役中の男への真心として自殺しようとする女、死ぬ前に自慢の蝶コレクションの譲渡先を見つけたいと願う資産家、借金返済のための自殺前に母親に会おうとする居酒屋店主、悲惨な人生の果てに自殺を決めた高校教師・・・・・死を願う人々の前に現れ、自殺のサポートをする自殺幇助業者<さんず>。謎多き彼らの正体と目的は何なのか。生と死の狭間で揺れる人々を描いたヒューマンミステリー短編集
あらすじを読んで、「ふむふむ、自殺幇助すると言いつつ最終的に止めようとする業者なんだろうな」と思った方、結構いるのではないでしょうか。かくいう私もそう思いましたが、その予想は割とあっさり裏切られます。諸々の出来事を通し、生きることを選ぶ依頼者がいる一方、初志貫徹して自殺を決行する依頼者もいます。後者の描き方はものすごく淡々としていて、これが<さんず>にとっては数多くある仕事の一つに過ぎないのだな、と思わせられるんですよ。正直、後味が良いとは言いかねる作品ですが、物語としてのリーダビリティは抜群でした。
「第一話」・・・コンビニ店長・野中が目をかけていた女性アルバイトが自殺を図った。周囲は野中のハラスメントが原因だと噂し、四面楚歌状態。馬鹿な、彼女にはむしろ目をかけていたのに。だが、表沙汰になれば間違いなく自分は責任を問われ、やっと得た店長職を追われるかもしれない。ただでさえ喜びのない人生なのに、これ以上どん底に落ちるなんて御免だ。追い詰められた野中は、自殺をサポートしてくれるという<有限会社さんず>に依頼することにして・・・・・
一人で死ぬ自信がない野中の前に現れる、料理上手なチャラ男のスガと、無口で取っつきにくそうな中年男のカトウ。今後、少しずつ背景らしきものが見えてくるコンビですが、第一話の時点ではひらすら謎めいて胡散臭く、<さんず>の得体の知れない雰囲気を盛り上げています。白黒が反転するラストも含め、この話が一番ミステリー要素が強いかもしれません。
「第二話」・・・<さんず>の新たな依頼者は、決して死体が人目に触れないような形で死にたいと願う女性。曰く、彼女のために人を殺して服役中の男がおり、その男への誠意の証として自殺したいのだという。調査の結果、彼女が偽名を使っていると気づいた<さんず>の面々は・・・・・
今回の依頼人が偽の身分とエピソードで依頼を行っていること、自殺を望む本当の理由は、そう捻ることなくすんなり分かります。ただ、その後、二段構えで待っていたオチはかなり印象的でした。あの人物、最初は強欲な策士だと思ったけど、ラストの行動を見るに、真心の欠片らしきものは持っていたということなのかな?
「第三話」・・・依頼を受け、蝶の収集が趣味の富豪のもとへ向かうスガとカトウ。死ぬ前に、自慢の蝶コレクションを譲るのにふさわしい人間を探してほしいという。承諾する二人だが、富豪が出した譲渡先の条件はとても奇妙なものだった。訝しみつつ、どうにか三人の候補者を探し出したスガ達だが・・・・・
心血を注いで集めてきたコレクションを、自分と同じように蝶を愛する人間に譲りたい。これは、コレクターなら誰もが考えることだと思います。とはいえ、譲渡相手の選抜条件として、容姿だの趣味だのを挙げるとなると、かなり変。誰もが「譲渡相手を探すと見せかけて、何か別の目論見があるのでは?」と勘繰るでしょうが、真相は予想外でした。蝶の描写が生々しく美しいこともあり、どこか耽美な雰囲気のある話です。
「第四話」・・・料理の腕を活かし、妻と共に居酒屋を始めた元チンピラの店主。だが、経営は行き詰まり、かつての兄貴分でもあった闇金業者からは借金返済のための自殺を迫られる。<さんず>に自殺幇助を依頼した店主は、会話の中で、好物としてプリンを挙げた。それは、幼い彼を残して出奔した実母が、最後に作ってくれたメニューなのだが・・・
再出発するはずだった人生が上手くいかず、自殺を決める男の姿が切なかったです。暴力癖をはじめ、彼にも責任が全然ないわけじゃないよな・・・と思わせる描写が一層哀れ。再会した実母にまた作ってくれと頼むプリンの真実を含め、全体的にやり切れない雰囲気が漂う話ですが、包容力があり逞しい妻の存在が救いでした。
「第五話」・・・幼い頃から爪弾きにされ続け、やっと生き甲斐を見つけられた職場で同僚にレイプされた女性教師。おまけに同僚との写真が生徒達に流出してしまい、絶望の中、<さんず>への依頼を決める。実は彼女は、スガの自殺した姉と接点のある人物で・・・・・
第一話のコンビニ店長や、第四話の居酒屋店主と違い、内気で地味というだけで冷遇され続けてきた女性教師が気の毒で気の毒で・・・何か救いがあってくれと願うと同時に、彼女を性的に虐待し弄ぶ男性同僚は地獄に堕ちちまえと心底思います。そしてこの話で、スガと仲が良かった姉の自殺について、謎が多かった<さんず>の真の姿についても語られます。最後、スガは行くべき場所に行くことができたのでしょうか。
最終話にして<さんず>の真相に触れられるものの、曖昧になっている部分もかなり多いです。同じく一作目ではあやふやな描写が多かった『狩野雷太シリーズ』同様、続編の構想があるのかもしれませんね。どうやら<さんず>にはスガとカトウ以外にも従業員がいるらしいので、次作ではぜひともその辺りの活躍も見てみたいです。
死が救いかどうかなんて、誰にも分からない度★★★★☆
読後感は良くないから気を付けて度★★★★★
降田天さんは「女王は帰らない」以来です。
柚木麻子さんに近いと思いましたが、完全に別物だと感じるラストでした。
スミレ屋敷の~や最近の事件は終わったも読みたいですが、これも面白そうです。
自殺幇助業者とは「殴り屋」「必殺技仕事人」「殺し屋」の発想から来たようなイメージですが、さんずの背景も興味深いです。
図書館で探したいですが10冊近く借りたままで予約もかなりしているので時間をおいた方が良いかな~と思ってます。
中山七里さんの新作2冊が予約待ち後一人まで来てます。
柚木麻子さんのエッセイ「とりあえず湯をわかせ」は読まれましたか?
なかなか興味深い内容で「らんたん」の執筆途中の心理が印象的でした。
これまでの降田天さんの作品とは、少しテイストが違う感じでしたが、なかなか面白かったです。
物語の性質上、後味悪く終わる話もあるので、そこだけは要注意ですね。
ここ最近はあまり予約中の新刊が回ってこないため、再読中心になりつつあります。
「とりあえず~」、まだ読めていないんですよ。
道尾秀介さんの「いけない2」と、アミの会「おいしい旅 想い出編」は、予約順位一位なので、近々読めるかもしれません。
あと、雨穴さんの著作第二弾「変な絵」がすごく気になるので、早く入荷してほしいです。
読み終えました。
短編集の中にも二段構えの背景があり面白かったです。
スガとカトウのコンビはEXITの兼近とリンタローをイメージしましたが、実際はターゲットと本元の関係だったという事実が印象的でした。
どの短編集にも気の毒な女性が登場するのは、女性の作者ならではだと思いました。それでいて男の心境もリアルに描写するのも作者二人だから~という背景を感じます。
スガの事情にもカトウの事情が明らかになったところで終わったのが残念です。
続編を是非とも期待したいです。
「変な絵」は数人待ちです。
道尾秀介さんも「いけない」の1作目を借りてきました。
Ⅱが面白そうですがやはり1作目から読みたいですね。
二人の関係の真相はなかなかインパクトありましたね。
続編があるとしたら、最終話の女性教諭があまりに気の毒すぎるので、少しでも救われた姿を描いてほしいです。
「変な絵」は現在9番目。
「特殊清掃人」がやっと入荷されたのでウキウキ予約しましたが、現在27番目。
年内は厳しいだろうなぁ・・・