はいくる

「人類最初の殺人」 上田未来

なぜこの世界には犯罪が存在するのか。その命題をとことん突き詰めていくと、最終的に<そこに二人以上の人間が存在するから>という答えに行き着くと思います。価値観の異なる人間が複数存在すれば、そこには必ず勝敗が、優劣が、上下関係が生まれ、やがて犯罪を生む萌芽となります。仮に、無人島でたった一人生涯を送る人間がいるとしたら、少なくともその人の世界の中で犯罪は起こり得ないでしょう。悲しいかな、人間社会と犯罪とは切っても切り離せないものなのかもしれません。

だからこそ、人と犯罪が関わる小説は古今東西数えきれないほど存在します。膨大な数の犯罪小説がある中、どうオリジナリティを出すかが作家の腕の見せ所。頭脳明晰な名探偵を出したり、あっと驚くようなトリックを考えたり、読者の度肝を抜くような結末を描いたり・・・・・この犯罪小説もかなり個性的でした。上田未来さん『人類最初の殺人』です。

 

こんな人におすすめ

犯罪が絡んだ短編小説集が読みたい人

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人類の犯罪を振り返るラジオ番組<ディスカバリー・クライム>。犯罪史研究家の鵜飼氏の語りと共に、今夜も様々な犯罪が語られる。全身羽毛に覆われていた撲殺死体の謎、美女だらけの群れに入ろうと画策する男の末路、無理難題を言い渡された役人の運命、浮浪児達が計画した誘拐事件の意外な顛末、独裁者に挑む少女の奮闘・・・・・時と空間を超えて描かれる、スリリングでコミカルな犯罪小説集

 

物事には何でも<最初>があるもの。人類最初に行われた様々な犯罪をラジオ番組で検証・解説していくというのが、本作の設定です。著者の上田未来さんは本作がデビュー作だそうですが、語り口は軽妙だし、何といってもアイデアが最高にユニーク!要所要所の「あれ、この部分は創作?それともフィクション?」と悩むほど作り込まれた蘊蓄も面白かったです。

 

「人類最初の殺人」・・・狩りの腕前から群れの中のNO.2のポジションにいる男・ルラン。ある日、NO.3のマーラーが大量の肉を持ち帰るが、一体何の肉か分からない。おまけに、一緒に狩りに出かけたハンハンは行方知れず。まさか、マーラーがハンハンを殺し、その肉を解体して持ち帰ったのでは?ルランは必死に仲間にこのことを訴えようとするが・・・

舞台は約二十万年前のナイジェリア。当時、人類は単語で会話することはできても、文法を使った複雑な会話はできなかったというところが、この話のポイントです。オチが分かってみれば、些細な行き違いから死ぬ羽目になった被害者が気の毒すぎる・・・でも、犯罪ってそもそもそういうものなんでしょうね。

 

「人類最初の詐欺」・・・体力に自信がないヤームは、頭の回転の速さを活かし、いくつもの群れを転々として暮らしている。そんな日々の中、ヤームは大勢の美女が少数の男をハーレム状態で取り巻いている群れを発見。仲間に入りたいと望むも、貢物の木の身は女達に一蹴される。失意のヤームの目に、馬とサーベルタイガーの死体が飛び込んできて・・・

詐欺ってそっちの方かい!!ヤームの運命は悲惨なものですが、そもそも自分で蒔いた種。第一話の犯人は、真剣な思いを侮蔑されたという怒りがあったけれど(だから犯罪に走っていいというわけじゃないけれど)、ヤームの動機は美女ハーレムでちやほやされたいというスケベ心ですからね。まあ、それにしても代償が大きすぎますが・・・

 

「人類最初の盗聴」・・・飛鳥の都。海老丸は下級役人ながら、亡父の遺した和歌を自作と称して献上することで評価されてきた。ところが、その腕を見込まれ、遷都の儀で歌を詠めと命令されてしまう。歌が詠める伯母に大金と引き換えに代作を頼むものの、「遷都先が分からないとイメージが湧かない」との返事。遷都先は儀式当日までの極秘事項であり、海老丸は困り果てるのだが・・・・・

第二話同様、この主人公も自分の嘘のせいで窮地に立たされます。でも、死んだお父さんの遺作なら誰に迷惑かけるわけじゃないし、見栄を張りたかった海老丸の気持ちも分かる気がするんですよね。海老丸の右往左往っぷりが切実で、見ていて憐れにもなりました。占い師が教えてくれた、人類最古の盗聴装置には「ほほう」です。

 

「人類最初の誘拐」・・・紀元前三〇七一年のエジプト。首都で暮らす浮浪児達のグループは、暮らしのため、書記官を誘拐して家族から金を取ろうとする。どうにか書記官を拉致することに成功するものの、攫う時のいざこざのせいで書記官は記憶喪失になってしまい・・・

誘拐という犯罪の凶悪性や、浮浪児達の暮らしの過酷さから、どんな決着するのだろうとハラハラしましたが、意外に心温まるオチで一安心です。考えてみれば昔は逆探知や防犯カメラなどなかったわけですから、営利誘拐の成功率もずっと高かったのでしょう。ところで鵜飼教授、ピラミッドの中で行方不明になったんかい(笑)

 

「人類最初の密室殺人」・・・弥生時代。ヒミコはヤマの国を治める女王・ヤソミコに仕える化粧師だ。ヤソミコは凶暴な性格で独裁政治を行い、犯罪の疑いがかかった者を皆、<山の裁き>として洞窟に閉じ込める。無実の者は生きて出てくるとのことだが、今まで中に入った人間は全員、無残な死体となって見つかった。そして今日も、新たな罪人が洞窟に入ることになり・・・・・

ヒミコが出てきた時点で、古代史ファンなら胸がときめくと思います。歴史ロマン溢れる用語とは裏腹に、話自体は一番ミステリー色が濃厚でした。ヤソミコによる密室殺人のトリックがなかなか凝っているし、ヒミコの真っすぐな人柄も好感度大。第四話もそうですが、懸命に生きてきた人間が報われる話にはホッとさせられますね。

 

犯罪が出てくるといっても謎解き要素はほぼなく、解説の鵜飼氏がすらすら一部始終を語ってくれるというだけ。自分で真相を推理したいという方には物足りないかもしれませんので、ご注意ください。ところで本作の表紙・挿絵担当のつのがいさんは、手塚プロダクション公認のイラストレーターとのこと。確かに作風が手塚治虫さんそっくりで、「もしかして、手塚漫画を小説化したの?」と思ってしまいました。色々作品を描かれている方のようなので、探してみようと思います。

 

どれもとても意外な展開!度★★★★★

ラストの電波障害はただの事故・・・?★☆☆☆☆

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コメント

  1. しんくん より:

    題名みて聖書か神話の類かと思いましたが、意外に理論的で根拠がある短篇集ですね。「人類最初の~」ということで紀元前やヒミコの時代まで遡るとは斬新な発想で面白そうです。
     未読の作家さんですが期待出来そうです。

    1. ライオンまる より:

      私ももっとファンタジックな話と思っていたので、いい意味で期待を裏切られました。
      完全フィクションながら、きっと古代の人間はこんな風に物事を考えていたんだろうな・・・と思わせるだけの説得力がありましたよ。
      手塚治虫ファンなので、挿絵もかなり面白かったです。

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