この世で最も許されざる犯罪の一つ、児童虐待。漢字で書けばたったの四文字ですが、そこにはいくつもの種別があります。殴る蹴るといった暴力を振るう身体的虐待、子どもを性欲の対象とする性的虐待、罵ったり兄弟姉妹間で扱いに差を付けたりする心理的虐待。以前は児童虐待と言えばこの三種類のうちどれかに区分されることが多かったようですが、現在よく取り沙汰される虐待はもう一つあります。それが、生活する上で必要な世話を怠り、最悪、死に至らしめることもある<育児放棄>です。日本は諸外国と比べて治安が良く、子どもが戸外に一人でいたり、車内にずっと放置されていても問題視されにくかったため、一昔前は虐待事件として扱われることも少なかったようです。
育児放棄を扱った小説といえば、当ブログで過去に美輪和音さんの『ウェンディのあやまち』を取り上げました。また、山田詠美さんは、二〇一〇年に大阪で起きた幼児二人の餓死事件をもとに『つみびと』を執筆されています。最近読んだこの作品にも、胸が痛くなるような育児放棄が出てきました。降田天さんの『朝と夕の犯罪』です。
こんな人におすすめ
児童虐待をテーマにしたミステリーに興味がある人
父親と共に車上生活を送る幼い兄弟、アサヒとユウヒ。やがて父親は死に、兄弟は離れ離れになるが、十年後に意外な形で再会した。彼らはとある目論見を抱えて狂言誘拐を実行するも、事件は思わぬ方向に向かい始め・・・・・八年後、マンションの一室で女児が餓死、その兄が衰弱死寸前で保護されるという事件が発生。兄妹の母親が逮捕されるも、この事件は、八年前の狂言誘拐事件と深い繋がりがあった。母親を担当することになった捜査一課刑事・烏丸靖子は事件の真相に辿り着けるのか。なぜか捜査のそこここに現れる神倉駅前交番の警察官・狩野雷太の真意とは。日本推理作家協会賞受賞作家が贈る、やるせないヒューマンミステリー
『偽りの春 神倉駅前交番 狩野雷太の推理』に続く、狩野雷太シリーズ第二弾です。狩野雷太の掴み所のなさ、柔和なようでいて余人の追随を許さない観察眼の鋭さは相変わらずインパクト大!へらへらしているようで実は曲者~というと、中山七里さんの著書に登場する毒島刑事とも共通しますが、狩野の場合、根底には人に対する優しさや思いやりがあります。おかげで、児童虐待という悲惨極まりないテーマを扱っているにも関わらず、一筋の光を感じることができました。
物語を構成する章は二つです。第一部の主人公は、大学生のアサヒ。無職の父と幼い弟・ユウヒと共に、窃盗に手を染めながら車上生活を送り、その父が不審死を遂げたという過去を持っています。その後、別れて暮らしていた実母と継父との家庭に引き取られ、表面上、平凡な日々を送っていたアサヒの前に、父の死を機に離れ離れとなったユウヒが現れます。ユウヒが持ちかけたのは、名家の娘・松葉美織を巻き込んだ狂言誘拐。アサヒは躊躇うものの、とある理由から了承せざる得なくなり、誘拐は実行されます。誰も傷つかないはずの計画でしたが、事件はあまりに奇妙な形で幕引きされることになりました。
第二部は、それから八年後、マンションの一室内で女児の遺体と、衰弱した男児が発見されたことから始まります。間もなく兄妹の母親の身柄が確保されますが、なんとこの女性は、八年前の狂言誘拐以降、行方をくらませていた松葉美織でした。なぜ子ども達はこんな悲惨な目に遭うことになったのか。美織はなぜ八年もの間、失踪していたのか。謎は深まりますが、美織は子ども達を放置したこと以外は完全黙秘を貫き、捜査陣は苛立ちを感じ始めます。そんな中、担当刑事である烏丸靖子の前に現れた男。それは靖子と旧知の仲であり、過去に起きた出来事から交番勤務となった警察官・狩野雷太でした。果たして靖子は、狩野は、この事件の謎を解き明かすことができるのでしょうか。
作中にはいくつもの虐待が出てきますが、中でもメインテーマとなっているのは育児放棄です。第二部で登場する、飢えと渇きに苛まれて衰弱した幼い兄妹。また、第一部のアサヒとユウヒの父にしたって、子ども達にまともな食事も衣服も与えず、通学もさせず、盗みを覚えさせて暮らしているわけですから、育児放棄と言っていいでしょう。人の価値に年齢は無関係なのでしょうが、やはり子どもが辛い目に遭う場面は、悲惨さが際立ちます。幼い娘を死に至らしめた美織はもちろんだけど、アサヒ・ユウヒ兄弟の父親の弱さや身勝手さが腹立たしくて・・・親子三人だけの冒険物語でも作っているつもりだったんでしょうか。だとしたら、子ども巻き込まずに一人でやれ!と怒鳴りつけてやりたいです。
また、本作はミステリーとしての構成もかなりしっかりしています。第一部で起きた狂言誘拐の、あまりに不可解な展開。第二部で起きた子ども達の悲劇と、沈黙し続ける美織の謎。これらががっちり絡み合い、伏線を完璧に回収した上で真相に至る場面はまさに圧巻でした。中盤まではいまいち目立たない狩野雷太が、クライマックスで実にいい仕事をしてくれるんですよ。何気ない日常場面、悲惨な暴力場面の中にまで伏線が仕込まれているので、一行たりとも気を抜かずに読むことをお勧めします。
子どもが容赦なく犠牲になる箇所もあり、それなりに読者を選ぶかもしれませんが、前述した通り読後感は悪くないです。正直、『女王はかえらない』並の後味悪さだったらどうしようかと思っていたので、ラストではほっとさせられました。『偽りの春 神倉駅前交番 狩野雷太の推理』とは完全に独立した話なものの、狩野が交番勤務になった過去や、元同僚の葉桜が出てくるため、読んでおけば面白さ倍増だと思います。
虐待の連鎖が止まりますように度★★★★★
落としのテクニックが見事すぎる度★★★★☆
降田天さんは「女王はかえらない」以来です。
読む前には柚木麻子さんの「王妃の帰還」のようなイメージでした。
読み応えはありますが全く笑えない内容でした。
最近児童虐待の報道もそれをテーマにした作品も増えていますが今になって児童虐待が増えているのではなく表に出ることが多くなってきただけだと感じます。
今読んでいる辻堂ゆめさんの「トリカゴ」も櫛木理宇さんの鴉を操る刑事の作品もそうでした。
これはシリーズなんですね。
1作目から読みたいです。
中山七里さん人面瘡シリーズの二作目面白かったです。
「女王はかえらない」はインパクト強かったですね。
本作はテーマこそ重いものの、希望はあります。
仰る通り、児童虐待がもはや日常的にすらなりつつある昨今、現実にもこういう救いがあってほしいとつくづく思いました。
「人面島」、もう読了されたんですね!
一作目ラストでジンさんの存在について衝撃発現がありましたが、その辺りについて触れられているのか、すごく気になります。