はいくる

「N」 道尾秀介

question物事には何でも<王道パターン>というものがあります。小説もまた然り。困窮した女性が王子様と巡り会うシンデレラストーリーや、正義のヒーローが巨悪を倒す勧善懲悪ものは、古今東西、数多く存在します。こうした王道物語は、結末が読者の期待を裏切らないこともあり、多くの人々に支持されてきました。

一方、これまでの常識を打ち破る新しいパターンもまた、読者を魅了してやみません。かつてイギリスの作家であるアガサ・クリスティーが『そして誰もいなくなった』や『アクロイド殺し』を執筆した際は、その斬新なストーリー展開に文壇が騒然としたのだとか。この二作品のトリックは、あまりに衝撃的で世間の注目を集めすぎたせいか、それ以降、ミステリー界ではむしろ王道としてしばしば登場するようになりました。先日、今まで読んだことがないような形の小説を手にしましたが、これもいずれ王道パターンになる日が来るのかな?道尾秀介さん『N』です。

 

こんな人におすすめ

これまでになかったような形式のミステリーが読みたい人

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女性教師が見た教え子の奇行の真相、不吉な言葉を話すオウムの謎、元教師がダブリンで出会った少女の悲しい運命、恋人の死体を始末してくれた男の秘密、看護師が異国の地で目にした小さな奇跡、女性刑事とペット探偵が臨む殺人事件の顛末・・・・・どこから読むか。どこで終わらせるか。読者の選択で登場人物の運命が変わる。直木賞受賞作家が描く、まったく新しいミステリー短編集

 

<各章の登場人物や出来事が繋がっている>という小説ならたくさんあります。<第〇章の事件の謎が最終章で解き明かされる>という小説も珍しくありません。本作のユニークな点は、どの章からどういう順番で読み進め、最後のどの章で締めくくるかで作風ががらりと変わってくるところでしょう。話自体は章ごとに独立しているのでどこから読んでも問題ないのですが、<第〇章→第×章の順番で読めば希望あるヒューマンミステリーだけど、第×章→第〇章の順番で読めば救いのないイヤミス>ということも・・・・・私はとりあえず収録順番通りに読んだので、そのままご紹介します。

「名のない毒液と花」・・・なりゆきで、ペット探偵業を営む夫と、その同僚・江添と共に迷い犬探しをすることになった女性教師。捜索中、とある小島で、顔見知りの男子生徒と出くわすが、彼の行動には不審な点があり・・・・・

話そのものよりも、<真鍋利香(まなべ・りか)という名前にちなんで理科教師になった>という主人公設定がやけに印象に残りました。ここだけ見れば駄洒落ですが、作風はかっちりした構成のサスペンス。ペット探偵・江添のキャラクターも魅力的で、独立したシリーズものの主人公になれそうです。でも、このラストって・・・まさか・・・

 

「落ちない魔球と鳥」・・・高校生の主人公は、海辺で野球の練習中、突然現れたオウムが「死んでくれない?」と話すところを見る。主人公は兄を理不尽な形で喪ったばかりであり、どうにもオウムの発言が気にかかる。見捨てておけず、オウムの飼い主探しを始めるが・・・・・

「名もない~」のペット探偵・江添が再登場。相変わらず的確な仕事ぶりを見せてくれます。人間の言葉を真似するというオウムの習性の絡め方が面白いですね。主人公の兄の死の真相はやるせないものでしたが・・・・・終盤、素晴らしい光景を見た主人公の心境に変化が訪れていることを願ってやみません。

 

「笑わない少女の死」・・・定年退職後、一人でアイルランド旅行を決行した元教師の主人公。英語はほとんど分からないながらも、道中、物乞いをする少女と親しくなる。少女は母と死別後、叔母と二人で暮らしているらしい。主人公は、少女が大事にしている箱が気になって・・・・・

満場一致で収録作品中一番救いのない話でしょう。一ページ目で少女の死が描写されるため、悲しい話になるとは思っていましたが、まさかここまでとは。悪意を持った登場人物は一人もいないというところが、余計にやるせないです。この主人公、今後、立ち直れるのかな・・・・・

 

「飛べない雄蜂の嘘」・・・女性研究者の主人公は、暴力癖のある恋人に殺されそうになるも、突如現れた正体不明の男に助けられる。何やら訳ありらしいその男を、主人公は自宅に匿った。次第に距離を縮めていく二人だが、ある日、刑事が現れて・・・・・

「落ちない~」で、絶対ただの脇役ではないであろう存在感を見せていたニシキモさんが、主要登場人物となります。たぶん何かしら事情があるんだろうなと思っていたけれど、まさかそういうことだったとはね。ただ、主人公は新たな人生を始め、夢を叶えることができて良かった!「笑わない~」で落ち込んだ後だったので、いい口直しになりました。

 

「消えない硝子の星」・・・アイルランドで看護師として終末医療に携わる主人公は、末期癌の女性・ホリーの担当となる。彼女には幼い娘がおり、死後はホリーの妹に引き取ってもらうつもりらしいが、どうも折り合いが良くないようだ。「娘の笑顔が見たい」。そんなホリーの願いを叶えようと試行錯誤する主人公だが・・・・・

「笑わない~」で語られなかった裏事情が明らかになります。ここで主人公となる男性看護師・知真は、「名もない~」に出てきた男子中学生の成長した姿。あの時はあれだけ不安定だった少年が立派な看護師になっているし、ホリー家族も本当はちゃんと全員優しさを持ち合っていたことが分かるし、ラストで起こる奇跡は美しいし、なんて切なくも愛情溢れる話!・・・なのですが、これが「笑わない~」の悲劇に繋がると思うと気分がどん底に落ちます。

 

「眠らない刑事と犬」・・・高級住宅街で起きた老夫婦殺害事件。捜査に当たる女性刑事は、被害者宅から逃げた飼い犬の捜索を、ペット探偵・江添に依頼する。この犬には、犯人のDNAが付着している可能性が高いのだ。有力容疑者は、被害者の隣家に住む引きこもりの青年なのだが・・・・・

ペット探偵・江添の三度目の登場にして、「名もない~」終盤でぼかされていた描写の真相が分かります。なので、この話はできれば「名もない~」の後に読んだ方が面白さが増すのではないでしょうか。肝心の殺人事件の真相及び女性刑事の秘密はかなり重苦しいものですが、ここからやり直すことができないわけでもないので、なんとか再出発を果たしてほしいです。

収録作品数は六話であり、順番を入れ替えることで可能となる読み方は全部で七二〇通り!一ページ目に各話の冒頭部分が掲載されているので、ぱっと見て面白そうなものから読んでいくのもいいかもしれません。ただ、繰り返しますが「笑わない~」は本当に希望のない話なので、これを最後にする時は覚悟が必要ですよ。

 

読者の数だけ読み方がある度★★★★★

章ごとに印刷が上下逆なのはミスではありません度★★★★★

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コメント

  1. しんくん より:

    道尾秀介さんは何冊か読みましたが久しぶりだと感じました。
    ヒューマンドラマをミステリーに絡めた独特の作風を久しぶりに読みたくなりました。これまでにない形式、順番を入れ替えることでストーリーが変わる?と言ったところが興味深いです。

    1. ライオンまる より:

      私も久しぶりの道尾作品でした。
      なかなか特殊な形態で、とても新鮮でしたよ。
      読む順番を変えても整合性が取れる構成にするのは、さぞかし大変だったろうなと思います。

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