はいくる

「変な家」 雨穴

一昔前、小説家としてデビューするための方法は、主に三つでした。新人賞を受賞すること。自ら作品を出版社に持ち込むこと。自費出版すること。そこに加え、近年は新たなデビューへの道ができました。それは、インターネット上で小説を公開することです。小説投稿サイトなどを使えば公開は容易、閲覧者から感想をもらいやすいといったメリットがある反面、容易ゆえに競争相手が凄まじく多いこと、ネット界特有の誹謗中傷に晒される危険もあることなど、それなりにデメリットもあります。もっとも、どんな物事にも長所短所は必ずあるわけですから、プロ作家になるための手段が増えるのはやはり喜ばしいことなのでしょう。

ネット上で著作を公開し、評判を集めてデビューした作家さんとしては、住野よるさんがいます。新人賞を獲れなかった『君の膵臓を食べたい』を、小説投稿サイト<小説家になろう>に投稿したところ大人気となり、見事デビューを果たしたのだとか。それからこの作品も、ネット上で評判を集めて書籍化されたそうですよ。YouTuber兼ウェブライターでもある雨穴さん『変な家』です。

 

こんな人におすすめ

家にまつわるサイコサスペンスが読みたい人

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始まりは、知人からの何気ない相談事だった---――ライター・雨穴に知人が見せた一枚の間取り図。一見何の変哲もない一軒家に見せるそれは、実はあまりに不可思議なものだった。用途不明の謎の空間、窓のない子ども部屋、妙に数が多い屋内の扉。疑問に思った雨穴が知り合いの設計士に間取り図を見せたところ、彼は衝撃的な推測を語り始め・・・・・奇妙な家を舞台に描かれる、恐怖と狂気に満ちたサイコサスペンス

 

二〇二〇年十月、雨穴さんはこの『変な家』をHP上で公開、続いてこれを動画にした作品をYouTubeにアップしたところ、どちらも大人気となりました。本作は、ネットで公開された『変な家』に後日談を付けてまとめたものです。ネット版だけでは謎が明かされない部分が多く、ホラーの雰囲気が強かったのですが、書籍版ではしっかり謎解きがなされ、後味の悪い(褒め言葉)サスペンスに仕上がっています。どちらの雰囲気が好きか、読み比べてみてもいいかもしれませんね。

 

ライターである雨穴さんは、知人から相談を持ち掛けられます。内容は「購入を考えている中古住宅があるのだが、間取りがどうも妙で気味が悪い。ライターとしての経験を活かした意見がほしい」というもの。見せられた間取り図によると、その家には台所とリビングの間に、狭い上に扉もなく侵入不可能な謎の空間がありました。雨穴さんが間取り図を旧知の仲である設計士・栗原さんに見せたところ、彼はさらに、子ども部屋が二重扉になっていて窓もないこと、脱衣所が隣りの部屋から丸見えの造りになっていることなども指摘。そこから推論を重ねた二人は、ある恐ろしい可能性に気付きます。この家は、内部で家人が訪問客を殺害できるような造りになっているのではないか。馬鹿げた妄想だと割り切る雨穴さんのもとに、相談を持ち掛けてきた知人から電話が入ります。「あの買おうとしていた家の近所で、バラバラ死体が見つかった」と・・・・・引っかかりを覚え、情報収集のため間取り図をブログで公開した雨穴さん。そんな彼に届いた、とある女性からの連絡。それは、戦慄の世界への入り口でもありました。

 

導入部の雰囲気としては、小野不由美さんの『残穢』に近いものがあります。ただ、あちらが純然たるホラーだったのに対し、本作は謎解きのあるサスペンスミステリー。しかも、後半は澤村伊智さんばりのどろどろ因習スリラーになり、いい意味で裏切られた気分です。<ネット公開作品=現代的>という先入観があったせいかもしれません。いきなり<一族に伝わる血塗られた言い伝え>などが出てきて戸惑う読者もいるかもしれませんが、私はこういう雰囲気大好きなのでOKです。

 

また、因習ホラーやサスペンスにありがちな読みにくさは皆無です。基本的にすべての文章が雨穴さんと関係者の会話形式で進む上、要所要所で間取り図や家系図等が挟まれ、状況を頭の中で整理しながら読み進めることができました。特にこの間取り図の使い方が秀逸なんですよ!どうということのない部屋や扉の配置にいくつも違和感が仕込んであり、それらをつなぎ合わせていくと一つの可能性に行き当たる・・・私は物件案内の間取り図を見て、ここがリビングならテレビはここ、などとぼんやり考えるのが結構好きなんですが、今後は間取り図を見る目が変わってしまいそうです。

 

ただ、本作はミステリーとして読むと、ちょっと物足りないかもしれませんね。もともとネット公開という形式上、あまりページ数を増やすわけにはいかなかったのでしょうが、地道な調査や推理場面は基本ナシ。全編通し、<優れた頭脳を持っている探偵役が推理を語る>か<すべての事情を把握する関係者が知っている情報を話してくれる>という流れですんなり進んでいきます。気合いを入れて謎解きに挑むというよりは、ミステリー入門として読むのに向いているのではないでしょうか。なお、ネット上では『変な家』以外にも『消えていくカナの日記』『中古住宅で発見された、不気味なビデオテープ』という、雨穴さんのサスペンス作品を読むことができます。どちらもとても面白いので、『変な家』が気に入った方はぜひ読んでみてください。

 

小説読むのが苦手な方にもおすすめ度★★★★☆

これにてすっきり一件落着!度★☆☆☆☆

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コメント

  1. しんくん より:

     建築関係には疎いですが間取り図を見た瞬間、何故部屋が真ん中にあるのか?明らかに監禁する為に造られたと感じました。
     独白形式のような間接的に語られる文章のせいかそれほど怖さを感じることなく酷い因習も距離を置いたような感覚で読みやすく感じました。
     他にも作品があるのですね。
     楽しみです。
     櫛木理宇さんに近いようで何故か違うイメージです。

    1. ライオンまる より:

      ものすごくおどろおどろしい恐怖譚にできそうなところを、いい意味で軽く平易にまとめてありましたよね。
      他の作品は今のところネット上で全部読めるので、ご興味があればぜひ!
      動画版もなかなか面白いですよ。

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