私が子どもの頃、前世をテーマにした漫画やアニメが人気でした。その流れで、「自分の前世は何だったのだろう」と考えたことも一度や二度ではありません。外国人だったり、特殊な能力を持っていたり、異世界の住人だったり・・・今では<中二病>と呼ばれてしまうのでしょうが、あれこれ空想を巡らすのは楽しかったです。
しかし、よくよく考えてみれば、仮に前世が存在したとしても、楽しいものとは限らないですよね。ウィルスやアメーバだったかもしれないし、奴隷として悲惨な最期を遂げたかもしれないし、憎悪と軽蔑を一身に受ける極悪人だったかもしれない。そんな前世、思い出さない方が間違いなく心穏やかなはずです。今回ご紹介する作品には、厄介な前世問題と関わってしまった主人公が登場します。恩田陸さんの『不安な童話』です。
こんな人におすすめ
前世が絡んだサイコミステリーが読みたい人
私はハサミで刺し殺されたことがある---――二十五年前に亡くなった画家・高槻倫子の遺作展で、強烈なフラッシュバックにより失神した万由子。初めて見るはずなのになぜか知っている作品の数々、ハサミで刺し殺された記憶。後日、万由子のもとに、倫子の遺児である秒が訪れ、「あなたは母の生まれ変わりに違いない」と告げる。馬鹿げた話だと思いつつ、万由子になぜか倫子に関する記憶があることも事実。万由子は半信半疑ながら、謎を解くため、倫子の遺作四枚を指定された四人の友人知人に渡す仕事に付き合うことにする。その直後、万由子の身辺で不審な出来事が起こり始め・・・・・読者を記憶の迷宮に誘う、著者渾身のミステリー
序盤から<生まれ変わり>というワードが繰り返されること、私が直前に読んだ恩田作品が『愚かな薔薇』だったこともあり、「恩田陸さんお得意のファンタジー風味の小説かな?」と思いましたが、蓋を開けてみればしっかりした構成のミステリーでした。何より題名がセンス抜群なんですよ。『不安な童話』。言葉通り、最初から最後まで漂い続ける、恐怖や憎悪とは少し違う不安感、正体の見えないモヤモヤした感じが最高に好みです。
大学で教授秘書として働く主人公・真由子は、没後二十五年目を迎える女流画家・高槻倫子の遺作展で不思議な現象を経験します。なぜか万由子には知らないはずの倫子の作品に関する記憶があり、ハサミで刺し殺される光景をフラッシュバックしてしまうのです。その場で失神した万由子を、後日、倫子の息子である秒が訪ねて来ました。「母は生前、死んでも必ず戻ってくると語っていた。あなたは母の生まれ変わりに違いないから、その死の真相を解明する手助けをしてほしい」。倫子は何者かにハサミで刺殺されており、未だに犯人は見つかっていないのです。生まれ変わりなど信じられないものの、万由子に倫子にまつわる記憶があることも事実。倫子は遺言で、遺作の中の指定した四枚を四人の友人知人に渡すよう希望しており、万由子は秒とともにその仕事を行うことにします。その直後から、関係者が巻き込まれる事故や事件。果たしてこれは、非業の死を遂げた倫子の呪いなのでしょうか。
他作品の紹介記事でも書きましたが、恩田陸さんは『Q&A』『ユージニア』などのように、探偵役による謎解きなどは行わず、結末の解釈を読者に委ねるタイプの小説をたくさん書かれています。それはそれで面白いのですが、ミステリー好きなら、時には明確な謎解きと真相を読みたくなるもの。その点、本作は伏線がすべて回収され、前世の謎を含むすべての出来事が解明され、とても面白かったです。万由子の、本来あるはずのない記憶の真相が、まさかそういうことだったとはね。
真相解明までの道のりを盛り上げてくれるのは、複雑かつ個性的なキャラクター造形がなされた登場人物達です。一人称ヒロインということもあり、主人公・真由子は比較的ニュートラルな設定がなされていますが、その他の主要登場人物達のキャラ立ち具合と来たら!とぼけたようで観察眼の鋭い万由子の上司・浦田先生、エキセントリックな画廊経営者・澪子、洒脱な成功者でありながら隠された一面を持つ矢作、上品な佇まいの裏側に秘密を隠す倫子の旧友・景子etcetcそして何より、もう死んでいるにも関わらず、回想にのみ登場する高槻倫子の存在感が凄まじいです。誰をも魅了する美貌と才能。周囲の人間を「私のグレーテル」「私のお月さま」などと呼ぶ独特のセンス。傲慢で、他者を慮ることが一切できないトラブルメーカー・・・なんて嫌な女なんだと思う一方、不思議と目を離せない吸引力があるんですよ。遺作を渡された矢作や景子が、彼女に振り回されつつ、絶縁して完全に忘れ去ることができなかった気持ちがよく分かります。
もう一つ、作中での絵画の扱われ方もすごく印象的でした。『蜜蜂と遠雷』で素晴らしい音楽描写を見せてくれた恩田陸さんですが、絵画の描写もなかなかどうして秀逸です。最重要登場人物である高槻倫子が画家なせいもあり、本作には何枚もの絵が出てきます。冒頭の遺作展で並ぶ、童話をモチーフにした不気味な絵。四人の友人知人に贈られた、彼らの傷を抉る遺作の数々。それらに込められた倫子の愛憎、妄執、狂気の恐ろしいこと。でも、ホラー大好きな私としては、童話の暗黒面を描いた絵画展、ちょっと行ってみたかったりします。
最近、『スキマワラシ』『夢違』『愚かな薔薇』と、ファンタジー寄りの恩田作品を続けて読んできましたが、やっぱりこの方のミステリーって面白いなとしみじみ再認識。『木曜組曲』が好きな読者なら、きっと気に入ると思います。プロローグとエピローグは実はしっかり繋がっているので、読み込んでおいた方がいいですよ。
伏線回収のやり方がお見事!度★★★★☆
前世なんてあるわけない・・・?度★☆☆☆☆
前世を題材にした小説や漫画、ドラマもありますが恩田陸さんだと独特な世界がありそうです。
「夜のピクニック」「蜜蜂と遠雷」のような分かりやすい作品もあれば「ユージニア」「図書室の海」「失われた地図」など意味が分からないまま読み終わった作品もあるのでこれはどちらか?気になります。
自分の前世は何か?中学生の頃、誕生日の数字を当てはめて出た結果は当時は何となく分かるような気がしましたが、この歳になるとますます納得出来ると感じます。
前世も気になりますが、生まれ変わったらどうなるかが気になる歳でもあります。
時にシュールな世界を描くこともある恩田陸さんですが、本作は論理的な謎解きがなされるミステリーです。
真相をはっきり描写した上で、そこはかとなくホラーの香りを漂わせているところも好みでした。
そう言えば以前、今生でどれだけ善行を積むかでポイントが溜まり、そのポイント数に応じて来世を決められるという話を見たことがあります。
仮に来世がそういう決め方をされるんだとしたら、私は何に生まれ変われるのでしょう・・・?
こんにちは、ライオンまるさん。
この物語は、まさに本格ミステリですね。
特に天才画家・高槻倫子と彼女にまつわるものの描写が凄くいいですね。
映像がリアルに浮かぶ文章で、万由子と秒が4人の人物に会っている時に浮かぶ情景もくっきり鮮やかです。
「輪廻転生」や「幻視」「既視感」といった超自然的要素を取り入れ、ホラー的な雰囲気を持ちながらも、話は現実的に進んでいきますね。
数々の伏線が、見事に生かされた結末には驚かされました。
恩田陸さんが、ここまでミステリを書ける方だとは知りませんでした。
こんにちは、オーウェンさん。
最近の恩田作品を読み慣れていると、あまりの緻密さに驚いてしまうくらいの本格ミステリだと思います。
ホラーかな?ファンタジーかな?と思わせつつ、ロジカルな謎解きに結び付ける構成が実にお見事!
主人公コンビが結構好きなので、本作の後に再登場の機会がなく、ちょっと寂しいです。