はいくる

「幻想即興曲 響季姉妹探偵 ショパン篇」 西澤保彦

創作の世界において、姉妹というのは良くも悪くも濃密な関係になりがちです。私がイヤミスやホラーが好きだから余計にそう感じるのかもしれませんが、兄弟より複雑な愛憎劇が展開されることもしばしば・・・女同士という性別ゆえに、そういう描写がなされるのでしょうか。

ですが、現実がそうであるように、物語の中の姉妹だって毎回毎回いがみ合っているわけではありません。赤川次郎さんの『ふたり』『三姉妹探偵団シリーズ』や綿矢りささんの『手のひらの京』のように、固い絆で結ばれた姉妹もたくさん存在します。この作品の姉妹もそうですよ。西澤保彦さん『幻想即興曲 響季姉妹探偵 ショパン篇』です。

 

こんな人におすすめ

クラシック音楽をテーマにしたミステリーが読みたい人

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の曲に込められていたのは愛か、憎しみか---――四十年前、静かな田舎町で起きた殺人事件。逮捕されたのは、被害男性の妻・美奈子だった。事件発生時刻、美奈子が現場とは違う場所でピアノを弾いていたという目撃証言が出たが、なぜか彼女はこのアリバイを頑強に否定。罪を認め、刑に服す道を選んだ。一連の出来事に納得がいかない女子大生は、再検証の意味も込めて事件をモデルにしたミステリー小説を執筆するも、これが思わぬ波乱を巻き起こし・・・・・時を経て、この小説を読んだ編集者の姉とピアニストの妹は、原稿から一体何を読み取るのか。美貌の姉妹探偵シリーズ、ここに開幕

 

タイトルにある『幻想即興曲』とは、ショパンの作品の中でも一、二を争うであろう有名ピアノ曲のことです。映画やドラマでもよく使用されますし、浅田真央さんがこの曲で滑ったこともあるので、聞けば多くの人が「ああ、これね」と思うことでしょう。激しくもどこか哀愁漂うメロディと、本作の雰囲気がぴったりマッチしていました。

 

とあるのどかな田舎町で、住民の男性が白昼堂々刺し殺されるという事件が起こります。容疑者となったのは、被害者の妻であるピアニスト・美奈子。この話を聞いた女子小学生・麻里は仰天しました。麻里は事件発生時、美奈子が現場から離れた場所で一心不乱にショパンの幻想即興曲を弾くところを目撃していたのです。当然、美奈子のアリバイ成立・・・と思いきや、美奈子はなぜか麻里の証言を頑として認めず、夫の殺害を自供。殺人犯として服役中、病死するという最期を迎えます。美奈子に犯行は不可能なのに、なぜ罪を認めたのか。女子大生となった麻里は、長年の疑問を整理するため、事件をテーマにした小説を書き始めるのですが---――事件から四十年の時を経て、この原稿は編集者である智香子、ピアニストの永依子の姉妹の手に渡ります。小説を読んだ姉妹がたどり着いた真相は、一体どんなものだったのでしょうか。

 

本作は『人格転移の殺人』や『スナッチ』とは一八〇度違う、SF要素一切なしの長編ミステリーです。警察がゴリゴリに捜査するタイプではなく、過去に起きた事件について表紙の姉妹が語り合うという安楽椅子探偵モノ。西澤保彦さんのこの作風、やっぱり好きなんだよなぁ。明らかになった真相はかなり痛ましいのですが、とにかく姉妹の会話がきゃぴきゃぴと楽しそうなので、あまり嫌な気分にはなりません。西澤ワールドには、希望もへったくれもない結末を迎える家族がわんさか登場するので、本作の姉妹の仲良しぶりには癒されました。

 

とはいえ、メインテーマとなる殺人事件の真相は、西澤節全開の重苦しいものです。本作の場合、殺人事件そのものはもちろんのこと、そこに至るまでの経緯と、事件後に起こる悲劇がこれまた酷いんですよ。関係者のほぼ全員、何かが少しずれていたら真っ当な人生歩んでいたんだろうなと思わせるところが、余計に悲惨というか・・・前半の展開がちょっと緩めな分、真相が分かる後半の哀れさ切なさが印象的でした。

 

あと一つ、見どころとして挙げておきたいのは、所々に散りばめられた小ネタの数々です。貸本屋や三億円事件のような昭和ネタに、幻想即興曲にまつわるショパンとその友人ユリア・フォンタナのエピソード。懐かしく感じるものもあれば、「そうだったんだ!」と目を丸くしてしまうようなものもあり、とても面白かったです。ただのあるあるネタで終わらせず、ちゃんと謎解きに絡めてくる辺り、西澤保彦さんの筆力の高さを感じさせますね。

 

逆に引っかかる点を挙げるとすれば、主役の姉妹に同性愛を思わせる描写があるところでしょうか。西澤保彦さんの著作にはよくあることなので、私などは特にどうとも思いませんが、慣れていないと「え、この二人って同性愛者なの!?しかも作中で何の説明もなし!?」と驚くかもしれません。あと、<響季姉妹探偵>と銘打たれている割に姉妹が謎解きする部分は少なく、狂言回し的な役回りなのが物足りないと言えば物足りないかも。本作はシリーズ物らしいので、次作はがっつり推理してくれることを期待します。

 

そりゃ殺意を抱きもするよね・・・度★★★★☆

幻想即興曲を聞いてから読むのをオススメ!度★★★★★

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コメント

  1. しんくん より:

     これはシリーズものなんですね。
     一作目から読みたいです。
     重苦しい殺人事件のミステリーに仲良しの姉妹が協力する設定は、救いもありそうで読んでみたいです。
     ショパン、音楽、ミステリーと言えば中山七里さんの岬洋介シリーズを思い出します。兄弟と姉妹がミステリーを解き明かすという設定は最近読んだぎんなみ商店街の事件簿がありこれはお薦めしたい作品です。
     森絵都さんの「つきのふね」借りて来ました。
     児童書のコーナーにありました。

    1. ライオンまる より:

      シリーズ物とのことですが、現在刊行されているのはこの一作だけです。
      好きな作風なので、今後も大いに期待しています。
      「ぎんなみ商店街~」というと、兄弟篇と姉妹篇がある作品ですよね。
      注目していたのですが、俄然、読みたい気持ちが高まりました。
      こちらは中山七里さんの「ヒポクラテスの悲嘆」を読み終えました。
      今回、光崎教授の登場は若干控え目でしたが、相変わらずの慧眼っぷりにシビれました。

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