はいくる

「3分で不穏!ゾクッとするイヤミスの物語」 このミステリーがすごい!編集部

傑作選。読んで字のごとく、特定のジャンルや著者の作品の中から、良作を選りすぐったもののことです。基本、すでに世に出ている作品から選ばれるので、新作だと思って手を伸ばしたら「知ってるやつばかりじゃん!」とショックを受けることもあり得ます。

とはいえ、対象作品を読み尽くしていない場合は、傑作選はとても有難い存在です。何しろ収録されているのは、ほぼ確実にレベルの高い作品ばかり。読んでガッカリする可能性は低いです。「この人の作品、他にはどんなのがあるんだろう」「こういうジャンルってあんまり知らないから、とりあえずお勧め作品を読んでみたいな」という時にはぴったりですよ。例えば、「今までイヤミスを読んだことってなかったから、お勧めがあれば読んでみよう」という方には、これなんていかがでしょうか。「このミステリーがすごい!」編集部による『3分で不穏!ゾクッとするイヤミスの物語』です。

 

こんな人におすすめ

イヤミス専門のアンソロジーが読みたい人

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終わりなき姉妹の愛憎劇、か弱い生き物に注がれる妄執の行方、罪人を苦しめる声の意外な正体、人体消失の謎に隠された戦慄の真実、過去に苦しむ男が知った恐ろしい秘密、結婚記念日に繰り返される問答の行方、虐げられる少年が踏み出した禁断の一歩、評判の銘菓に込められた悲痛な思い・・・・・読めばきっと虜になる。珠玉のイヤミス傑作選

 

「このミステリーがすごい!」編集部によるアンソロジーは大好きで、今までに何度かブログでも取り上げました。そんなシリーズの中からイヤミス作品のみを選りすぐったのが本作です。収録作品は全部で二十五話。過去に紹介した話もあるので、今回はそれ以外をレビューします。

 

「ふたり、いつまでも  中山七里」・・・姉は、昏睡状態となって眠る妹を見つめ続ける。ざまあみろ。いつもいつも人の物を欲しがって、おまけに恋人まで奪いやがって。いい気味だ。内心ほくそ笑む姉を待ち受けていた運命とは・・・

第一話を飾るのは、安定安心の中山七里さん。こういう姉妹のドロドロは小説でお馴染みのテーマですが、この話が面白いのは、愛憎劇の<その先>があるところでしょう。想像を絶する地獄を味わう羽目になった姉は哀れなものの、よく考えてみると、この人も結構いい性格していますからね。まさに、人を呪わば穴二つです。

 

「かわいそうなうさぎ 武田綾乃」・・・幼い妹に両親の関心を奪われ、孤独を味わう少年。ひょんなことからうさぎを手に入れた少年は、家族の目を盗んでこっそり飼うことにする。このうさぎには、ぼくしか家族がいないんだ。少年は、寂しさを紛らわすかのようにうさぎに愛情を注ぐが、ついに家族にすべてがバレてしまい・・・

少年がうさぎを可愛がっていた真の理由に唖然・・・こういう心理は誰でも多かれ少なかれ持っているのでしょうが、語り手が幼子であることと、最後に一線超えてしまったことで、悲惨さ倍増に感じられました。この家族の今後が心配でなりません。

 

「ゴミの問題 高山聖史」・・・<わたし>は定年退職後、町内会の副班長を任される。町内会の仕事は面倒なものが多く、何かと悩ましい。前任の班長など職務放棄して逃げ出してしまったが、幸い、後任者が頑張ってくれている。今、一番厄介なのは、ルールを無視してよその地区にゴミを捨てに行く町民がいることで・・・

ゴミ出しルールを守らない無頼漢の問題と見せかけて、その奥にさらにもう一幕あるという構成がお見事でした。よく読んでみると、最初から伏線は張ってあったんですね。酷い真実を知ってしまった副班長は、これからどうするのでしょう。意外に有能っぽいゴミ出し男が協力してくれないかしら・・・

 

「夏色の残像 深津十一」・・・ログハウスとミステリー小説の蔵書が売りのペンション<ウッディ・アンド・ミステリー>。このペンション近くの森で、女性が突如消失するという事態が起こる。実はこれ、オーナーが客に対して仕掛けたミステリーイベント。面白がった客は、張り切って謎解きに挑むのだが・・・・・

そんな場合じゃないのですが、「うまい!座布団一枚!」と言いそうになりました。こういう事態にこういう対応ができるオーナー、人間としてはともかく商売人としてはかなり優秀では?ラストの薄氷を踏むような雰囲気を含め、すごく好みです。

 

「誰にも言えない赤い傘の物語 貴戸湊太」・・・男がこの世で一番怖いもの、それは赤い傘だ。学生時代、男は赤い傘をさした女性をひき逃げしたことがある。未だに捜査の手は及んでこないものの、宙を舞った赤い傘が瞼に焼き付いて離れない。歳月が流れ、結婚して子どもをもうけてからも、男は赤い傘を避け続けるが・・・・・

轢き逃げ事件に怯える主人公→意外な解決→と思いきや暗転→さらに暗転という怒涛の展開がスリリングでした。冒頭数行はそういう意味だったのね。主人公本人も悔やんでいる通り、轢き逃げなどせず、その場で通報していれば万事解決だったのになぁ。すべてが明らかになった後、彼らはどういう選択をするのでしょうか。

 

「誰にも言えない拠りどころの話 深沢仁」・・・地味で冴えない派遣社員・真知子と関係を持った管理職の男。当初は妻子持ちだということを隠していたが、間もなくバレてしまう。こんな鈍臭い女なら、ちょっと脅してやれば騒いだりしないだろう。そう確信する男だが、別れ話の日以降、真知子は明るく積極的になり始める。さらに、なぜか頻繁に首のネックレスを握るような仕草を繰り返していて・・・・・

女を侮って弄んだ上、「フラれたくせに、なんで溌剌としているんだ」と悶々とする主人公、めっちゃ腹立つ!!!なので、終盤で痛い目に遭う展開は、妙に痛快だったりします。とはいえ、真知子が傷ついたこともまた事実。願わくば、彼女がこれ以上、辛い思いをしないでほしいのですが・・・

 

「夏の夜の不幸な連鎖 桂修司」・・・優にとって、今回の夏の旅行は憂鬱なことばかり。叔父親子と合同で別荘に出かけたのだが、何かと金の無心ばかりする叔父のせいで、両親の機嫌も悪いのだ。その夜、叔父と一緒に出掛けた両親がいつまで経っても帰らない。やがて一人で戻って来た叔父は、優を外に連れ出そうとして・・・・・

連れ出された家人がいつまで経っても戻ってこないという展開は、実際の未解決事件<青ゲット殺人事件>を思い起こさせます。今回は少年視点ということで、ハラハラ感もいや増すというもの。終盤のあんまりな真相と、その後の少年の行動が衝撃的でした。いや、<家族を守る>って、そういう意味じゃないと思うよ!!

 

「星天上の下で 辻堂ゆめ」・・・夜の浜辺で、男は最愛の明美と熱いひと時を過ごす。絵をプレゼントすると、いつもビックリしていた明美。よく手作りのお菓子を振る舞ってくれた明美。彼女を愛する気持ちは変わらない。それでも男は、明美に別れを告げることにして・・・・・

主人公の男がヤバい奴ということは、序盤の段階でなんとなく察することができます。それでも、まさかここまでのことをしでかしていたとは、さすがに予想外。裁きを受けてなお、静かな狂気の世界に浸り続ける様子が恐ろしかったです。明美、救いがなさすぎる・・・

 

「獲物 塔山郁」・・・深夜のバス停で、標的となる女を物色する男。やがて一人の少女に目を付けるも、寸前で逃げられてしまう。少女は公園の公衆トイレの一室に立てこもるも、これくらい蹴破るのは朝飯前。ほくそ笑む男に向けて、少女は奇妙なことを言い始め・・・

悪党が足元をすくわれ、地獄に堕ちる展開は大好物・・・なんですが、この話の場合、子どもが巻き込まれているのでスッキリ痛快とは言い難いです。この子、今後もこんなことを続けていくのかなぁ。人を慕う心は持ち合わせているようなので、真っ当な大人が救ってあげてほしいものです。

 

前述した通り、すでに他作品に収録された短編ばかりなので、「このシリーズはすべて読破した!」という方には不向きだと思います。私は八割が未読だったので、楽しく読むことができました。購読派の方は、まず収録作品を確かめてから買うことをお勧めします。

 

イヤミス好きには間違いなく刺さる度★★★★★

書下ろし作品はないのでご注意を!度★★★★☆

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コメント

  1. しんくん より:

    中山七里さんと辻堂ゆめさん以外は知らない作家さんですが、なかなか興味深い短編集ばかりで面白そうです。25話もあるとは重たいようで怖いものみたさであっという間に読んでしまいそうです。他の作家さんも楽しみで新しい開拓も出来そうです。

    1. ライオンまる より:

      中山七里さんや辻堂ゆめさんと比べると、知名度はやや低い作家さんの作品も多いですが、総じてレベルが高かったです。
      やっぱり私はイヤミスが好きだなと、しみじみ実感してしまいました。

  2. ウグイスアオマメ より:

    「ぼんぼん彩句」図書館に予約して百数十人待ち!十か月くらい待ってやっと
    順番がきました。
    一晩で読み終えました。面白かったですが現代のホラーなので、娘や孫娘がいる身としてはDVやイジメ等の内容は、ちょっと苦手というか腹が立つ話でした。江戸時代が舞台の「おそろし」の方がありえない事なので安心して読めます。

    「ハイクル」さんは、ひょっとして「俳句来る」なんですか?
    俳句がとても好きなので、これからもよろしく!!

    1. ライオンまる より:

      予約本到着、おめでとうございます!
      イライラムカムカくる描写も多かったですが、それでも読ませる筆力に圧倒されました。
      宮部みゆきさんの人気の理由がよく分かります。

      「はいくる」は、「俳句」と、「ハーイ」と気軽に来る感じを掛け合わせて作った言葉です。
      俳句に関する記述は少ないですが、どうぞよろしくお願いします。

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